世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
「えっ、どうしてユークがいるんですか?それに、その制服」
ユークレースは臙脂色の学院の制服を着ている。
しかし彼は14歳で、ヴァレリー様の一歳下の弟だ。つまり来年学院に入学するはずなのだが…。
「入学試験なんて、僕には簡単だったからな」
「ユークは飛び級制度を使ったんですよ」
偉そうに胸を張るユークレースに、ヴァレリー様がにっこり笑って補足をする。
飛び級での入学制度の事は、私も一応聞いた事がある。特に優秀な能力を持ち、何らかの理由で早くに卒業したい者が利用するものだ。
普通の入学試験は基礎学力を確認するだけのもので、貴族出身ならよほどの事が無い限り通るのだが、飛び級だとずっと難しい試験を通らなければいけない。
騎士課程はめったに希望者がいないが、魔術師課程にはたまにいるという。
「来年まで待ってたら、お前達は3年になってすぐ卒業だろ。だから今年来た」
「まあ…」
挑むような目で私を見るユークレースに少し感心する。
そう言えば私はユークレースに勝ち逃げ状態だしな。彼としては、魔術戦で私にリベンジしたいのかもしれない。
「あれ?でも一体いつから準備を?入学試験は昨年のうちに行われるものでは…」
「そこはまあ、うちも一応公爵家ですので」
再びヴァレリー様が笑う。
なるほど…公爵家の権力でゴリ押ししたのか。ブロシャン公爵は相変わらずこの天才少年に甘いようだ。
まあユークレースなら学業成績も良さそうだし、魔力量も桁違いだから、十分に入学基準を満たしていたのだろう。
「本当にびっくりしたけど、私たちと一緒に学院に通いたいなんてユークも可愛い所があるわ」
そう言ったカーネリア様に、ヴァレリー様が答える。
「実は2ヶ月前にはもう来ていて、武芸大会も見ていたんですよ」
「え!?」
思わず驚いてしまう。そんな前から王都に来ていたのか。
「そうだ。そこの奴や王子がお前に負けるのもちゃんと見てたぞ」
ユークレースに指をさされ、スピネルがムッとする。
「ユーク、皆様にはちゃんと敬称をつけて呼びなさい」
あまりに不遜な態度に、ヴァレリー様が注意をする。こういう所はちゃんと姉弟っぽい。
「来てたなら教えて下さっても良かったのに…」
女子会の時だってヴァレリー様は一言もそんな事を言わなかった。口ぶりからすると、カーネリア様も聞いていなかったらしいが。
「皆さんを驚かせたくて、今まで黙っていたんです」
ヴァレリー様がにこにこして、ユークレースは「ふふん」と偉そうな顔で口の端を吊り上げる。
「それにユークったら、あの大会を見てからずいぶん一生懸命に修業をしていて。入学までにはもっと強くなるから、それまで言うなって」
「よ、余計なことを言うな!!」
何やら怒っているユークレースに、私は密かにほっとしていた。
彼は祖父の魔鎌公が亡くなって落ち込んでいるのではないかと思っていたが、思っていたより元気そう…というか、前よりずいぶん大人びたような気がする。
態度は相変わらず生意気なのだが、どこか角が丸くなって落ち着いたような…。以前のような刺々しさを感じない。
ユークレースなりに、色々と考える事があったのだろうか。
「…私も、ユークと一緒に学院に通えるのは嬉しいです」
呟くように言う。
前世のユークレースは、学院に通うことはできなかった。その前に、短い生涯を閉じてしまった。
その彼が、今こうして元気にこの場にいる事が嬉しい。
ユークレースが水色の目を見開いてこちらを見て、私はその視線に不敵な笑みを返す。
「魔術戦なら、いつでもお相手しますよ。好きなだけ挑んできて下さい」
「…その言葉、忘れるなよ。絶対、そのうち僕が勝つからな!」
「ええ、もちろんです」
魔術師の訓練は基本的に対魔獣を想定して行われるが、殿下を守るためには対人戦が重要になって来る可能性が高いのだ。私としても対戦相手が得られるのは有り難い。
そんな私達を見て、カーネリア様とヴァレリー様は微笑ましげにうなずき合っていた。
殿下はどこか安心した顔で、スピネルはどうでも良さそうに頬杖をついている。
「だったら、私も協力するわよ。リナーリア様は本来支援魔術師なんだし、騎士と組んだ方が力を発揮できるわ」
腰に手を当てながら、カーネリア様が言う。
「もう一人はスピネルお兄様でも呼べばいいし。王子殿下にお願いしてもいいわ」
「はあ!?」
「…俺は、別に構わないが」
スピネルが抗議の声を上げ、殿下は私の方をちらりと見てから言った。
「ほら、二人共協力してくれるって。良かったわね!」
「良かったですねえ」
「頑張ってね」
「俺はやるなんて言ってねえぞ!」
スピネルが吠えるが、ユークレースは馬鹿にするようにふんと鼻を鳴らした。
「別にお前なんか来なくて良い。僕はやる気のない奴に興味はない」
「…ああん?」
スピネルがユークレースを睨みつける。
水霊祭の時から思っていたが、どうもこの二人は相性が良くないっぽいな。
ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めたスピネルとユークレース、そこに割って入ったカーネリア様の3人は、ヴァレリー様に任せて放っておく事にした。
それより殿下がだいぶ空腹そうだ。二人でビュッフェの方に向かおうとすると、遠巻きにこちらを見ている新入生たちの声が耳に入った。
「なんだあいつすげえ…王子の従者と喧嘩してんぞ」
「ブロシャンの末弟だろ。天才魔術師とかいう…飛び級試験受けたって本当だったのか」
「いやそれより羨ましすぎだろ。なんであんな美人に囲まれてるんだよ」
ボソボソ喋る声が聞こえる。
何かユークレースが一目置かれている…?
ふむ…よくは分からないが、少なくとも舐められるよりはずっといい。
無用の波風は立てないに越した事はないが、舐め腐った態度の奴らには分からせてやった方が良いのも確かだ。最初に実力を示しておくのは悪くないと思う。
私も前世では舐められないよう色々努力したものだ。
今世では特にその必要がなかったので何もしなかったが、いざという時はユークレースに加勢してやろう。うん。
ビュッフェであれこれ取り、少し遅めの昼食を食べ始めた。
「…ほう。夏休みにバドミントンをやったのか」
ビーフシチューを食べながら殿下が言う。
ちなみに、一皿目はあっという間に平らげたのでこれは二皿目だ。
「はい。カーネリア様の主催で大会形式の試合をしたんですが、とても楽しかったです」
パンをちぎりながら答えると、横からスピネルが「それは偶然だな」と言った。
「殿下と俺も夏休みに結構やったんだよ。バドミントン」
何でも二人はこの夏、近衛騎士団の集中鍛錬に参加していたのだそうだ。
近衛騎士団には誰かが持ち込んだラケットやシャトルが数組あり、鍛錬の合間に息抜きとして、騎士たちと共にバドミントンをやっていたらしい。
「息抜きだっつってんのに、殿下がムキになって続けるもんだからヘトヘトだった」
「む…」
半眼で見るスピネルに、殿下が気まずそうな顔になる。また負けず嫌いを発揮していたらしい。
「じゃあ、お二人共バドミントンができるんですね。ぜひ一度ご一緒したいです!」
ヴァレリー様が両手を合わせて言った。
あのスポーツ交流会にはヴァレリー様ももちろん参加していたのだが、彼女はかなり上手かったな。
「それでしたら、学院にもありますよ。ラケットとシャトル」
「え?そうなの?」
びっくりして訊き返すカーネリア様に、私はうなずく。
「近頃流行っていますし、学院の授業に取り入れたらどうかという話があって、試しに数組購入したばかりなんです。生徒なら自由に使えますよ。ネットやコートはありませんけど…」
一応エントランスの掲示板に告知されていたのだが、まだあまり知られてないんだよな。私は生徒会で手続きの書類を見たので知っている。
「だったら、今から皆でやりましょうよ!」
目を輝かせたカーネリア様に、ヴァレリー様が「いいですね!」と同意する。
「そうですね。私もこの後は予定がありませんし」
「僕はそんなもの興味な…」
「あら?もしかしてやった事ないの?スポーツだって貴族の嗜みよ、それくらいできなきゃ学院ではやっていけないわよ?」
「何だと…!?」
ユークレースは嫌がる素振りだが、何だかんだとカーネリア様に丸め込まれそうな感じだ。
「殿下とスピネルはどうですか?」
尋ねると、二人共楽しげにうなずいた。
「いいな。やろう」
「ま、付き合ってやるよ」