世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第114話 空転

一旦その場は解散し、各々運動着に着替えてからグラウンドに集合した。

ラケットやシャトルも用具倉庫から持ってきた。特に利用者はいなかったので、ちゃんと人数分ある。

「じゃあ、早速試合しましょ!」

「ちょっと待て、僕はやった事ないんだぞ!」

やる気満々のカーネリア様にユークレースが慌てる。

「あ、そうだったわね。じゃあ、まず私が教えてあげる」

二人は道具を持って端の方へと移動した。初めてでも、彼女に任せておけば大丈夫だろう。

 

「…では、私たちはダブルスなんてどうですか?2対2でやる試合です」

「いいんじゃないか」

ヴァレリー様の提案に殿下が同意した。私とスピネルも異論はない。

 

 

ペアは殿下が私と、そしてスピネルがヴァレリー様と組むことになった。

棒を使ってグラウンドに適当に線を引き、試合を始める。

まずはダブルスに慣れるため、様子見で軽く打ち合いだ。

私は最初勝手が分からずまごついてしまったが、そこは殿下がかなりカバーしてくれた。さすがに上手い。

スピネルとヴァレリー様は元から上手いのもあり、短時間でもそれなりのコンビネーションだ。

ヴァレリー様は動くたびにぼよんぼよんしているが、あれは邪魔にならないのだろうか…。

 

少し経った所で、シャトルを手にしたスピネルが私を見て「だいぶ慣れてきたみたいだな」と言った。

「はい。動き方が分かってきました」

殿下の守備範囲は広い。私は無理をせず自分が確実に打てそうな所だけ打てばいいのだ。

そう考えれば、ある程度対処できるようになってきた。

「よし、じゃあちょっと球を速くするぞ」

「えっ」

 

スピネルが打ったシャトルを、殿下が軽快な音と共に打ち返した。

そこにすっと位置を合わせたスピネルがラケットを振りかぶる。

「ちゃんと打ち返せよ、リナーリア!」

宣言通り、シャトルは私めがけて飛んでくる。明らかにさっきまでより速い。

「わ、わわっ」

私は慌ててラケットを振り、それは見事にスカッと空振った。

 

 

 

「…お前目は良いのに、反応が鈍いんだよ。あと、下半身がフラフラしてるから慌てるとフォームがぐちゃぐちゃになる」

「うぐ…」

一旦試合を中断したスピネルに指摘され、私は呻いた。

「もうちょい腰を落として、体勢を安定させろ。落ち着いてやればさっきの球くらい十分に返せるはずだぞ」

「腰を落とす…」

試しに少し腰を曲げてみると、スピネルが「ブッ」と吹き出した。

「何で笑うんですか!!」

「だってお前、そのへっぴり腰…」

「悪かったですね!」

くそう…そう言われても、自分ではどこが悪いのかよく分からない。どこがおかしいんだ。

「殿下、ちょっと直してやれよ」

笑い続けるスピネルに殿下が「分かった」と答え、ラケットを地面に置く。

 

 

「…膝を曲げて、腰を落とす」

私へ寄り添った殿下が右肩に触れた。

「重心はもっと前、腰をこのくらいの位置に」

左腰をぐっと掴まれた。されるがままに重心を動かす。

「脇はもう少し締めて、ラケットをあまり強く握り過ぎない方がいい」

腕の位置を直され、ラケットを握った手を掌で包まれる。

…顔が近い。

ほんの目と鼻の先に、少し日に焼けた肌と翠の瞳がある。

すぐ耳元で声が聴こえた。

「リナーリア、身体に余計な力が入っている。もっと力を抜くんだ」

「は、ははは、はい!」

 

「リナーリア、だからもっと力を…」

言いかけた殿下は私の顔を見て、ぱっと手を離すと一歩下がった。

「す…、すまない」

「い、いえ!?何もすまなくありませんが!?」

顔が熱い。動悸が激しい。

物凄く恥ずかしくて、殿下の顔をまともに見ることができない。

 

 

「あらあら…まあまあ…!」

やたらと嬉しそうな声が聴こえ、私は振り返った。カーネリア様だ。

さっきまでユークレースと打ち合っていたはずなのに、ニマニマと笑いながら口元に手を当ててこちらを見ている。

横のユークレースは物凄く不機嫌そうな顔だ。

「おい…僕たちは一体何を見せられているんだ」

それを聞いたスピネルが肩をすくめる。

「現実だろ?」

「厳しいですねえ」

ヴァレリー様が頬に手を当てて言った。

「な、何の話ですか!?」

 

「ペタラ様から聞いてたけど、本当だったのね」

何を聞いたんだ。カーネリア様は何故そんなに嬉しそうなんだ。

ひどく喉が渇く。

「…あの、私、少し休憩します。殿下はどうぞ続けて下さい」

「あ…ああ」

一拍遅れた殿下の返事が聞こえる。

「じゃ、俺もちょっと休む。2対1ってのもなんだし」

スピネルも抜けるらしく、ヴァレリー様と殿下とで試合を続けるようだ。

 

 

 

とにかく喉が渇いていたので、少し離れた場所にある水飲み場に行った。

レバーを捻ると、地下から引き上げられた冷たい水が魔導具を通って浄化されて出て来る。

喉を潤すついでにばしゃばしゃと顔を洗うと、少し頭が冷えた。

 

…何だか醜態を晒してしまった。

袖でごしごし顔を拭いていると、横からハンカチが差し出された。スピネルだ。

「ハンカチくらい持ち歩けよ、お前」

「すみません…」

ありがたく受け取って顔を拭く。

普段はちゃんと持っているのだが、運動着に着替えた時に置いてきてしまったのだ。

 

また女らしくないとか叱られるかと思ったが、スピネルは目を細めて優しく言った。

「そういう所もなるべく直していけよ。…まあ、お前なら心配いらないかもしれないが」

「な、なんですか。気持ち悪いんですが」

「気持ち悪いってなんだてめえ」

「だって、いつもはもっと手厳しいじゃないですか」

どういうつもりかと思わず警戒すると、スピネルはムッとして腕を組んだ。

「やっとお前にも自覚が出てきたみたいだから安心してんだよ、俺は」

「自覚?」

スピネルは「ああ」と言うと、今度はからかうような顔になった。

「ようやく殿下を男として意識するようになったじゃねえか」

 

 

「…な、何言ってるんですか!私と殿下は友人ですし、そんな目で見たりしてませんよ!?」

私は慌てて反論した。そんな事は断じてない。

「この期に及んで何言ってんだ。どう見てもしてただろ」

「してないったらしてません」

「じゃあさっきのは何だよ?」

「…あれは、ただ、びっくりしただけです!」

つい大声を出した私にスピネルが呆れる。

「何ムキになってんだお前…」

「なってません!」

 

「…私と殿下は友人です。男性として意識したりしません」

きっぱりと言う。そんな誤解をされては困る。

「いや、何でだよ」

「何でって」

「今まで友人だったからって、異性として見たら駄目なんて事ないだろ」

 

「…それは」

言葉に詰まる。でも、駄目なのだ。

「まあ戸惑うのも分からないでもないけどな。いっぺん落ち着いて、ゆっくり考えてみろよ」

 

…ゆっくり考える?何をだ。

そんな必要はない。

()()()()()()()()

 

 

「……」

「…おい、どうした?しっかりしろ」

肩を揺さぶられて、私は顔を上げた。

「何急にぼーっとしてんだよ」

「あ、すみません」

「あのなあ…」

スピネルは何か言いかけ、急に言葉を切った。

眉をひそめてじっと私を見つめる。

「…前からおかしいとは思ってたが。お前…」

 

その時、向こうからカーネリア様とユークレースがやって来るのが見えた。

二人も水分補給をしに来たらしい。

「あら?どうしたの、お兄様?」

「…何でもねえ」

スピネルはそう言って踵を返し、殿下たちのいる方へと戻っていった。

「…?何かあったの?」

不思議そうにするカーネリア様に、私は首を横に振る。

「いえ、特に何も」

 

 

 

その後もペアを組み替えたりシングル戦に変えたりしてバドミントンは続けられたが、私はすっかり調子が狂ってしまってグダグダだった。

初心者のユークレースにも負ける始末だ。

かなりバカにされて悔しかったが、カーネリア様に「あまり調子に乗らないの!」と叱られているユークレースを見たら少し溜飲が下がった。

 

殿下とヴァレリー様のペアはなかなか息が合っていた。

持参してきたらしいタオルを殿下に差し出す彼女を見ながら、彼女なら殿下にふさわしいのではないかと思う。

彼女は可愛らしく、賢く、よく気がつく。人当たりも良い。

…もっとも、私の人を見る目など当てにならないのだが。

でも彼女は良い子だと思うし、カーネリア様や他の貴族たちも彼女をよく出来たご令嬢として高く評価しているようだし、いや別に誰かに判断を委ねるわけではないのだが…とぐるぐる考えていたら、上の空な事をカーネリア様に注意された。

「試合中によそ見をしていたら危ないわ」と言われ、その通りだと反省する。

 

なお、最後にはカーネリア様が「見たい」とせがんだため、殿下とスピネルの試合が行われた。

ズドーンとかバゴーンとか、同じラケットから発生しているとは思えない音を立てて高速で飛び交うシャトルに、私を含めた他の四人はぽかんとしていた。

バドミントンってこんな激しいスポーツだったのか…?

勝負がつかないので皆で止めに入り、そこで終了となった。

 

 

「では、また明日」

「はい。また明日」

帰り際にはちゃんと殿下の顔をまともに見られるようになっていて安心する。

スピネルもいつも通りの態度だったが、何だか少し居心地が悪い。

私がおかしな反応をしたから悪いのだが。

もっとしっかりしなければ…と思いながら、夕暮れの中を歩いて寮に帰った。

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