世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第117話 挿絵師と報酬・1

休日、私はスピネルと共に馬車に揺られていた。

小説「暁の少女と6人の騎士」の挿絵を描いているという正体不明の画家、ジャイロに会いに行くためだ。

ジャイロからの返事をスピネルが持ってきたのは、つい昨日のことだった。

 

 

「…え、もう返事が来たんですか?」

「ああ…まあな」

うなずいたスピネルは、懐から一つの封筒を取り出して私に手渡した。しかし何故かすごく微妙な表情だ。

早速封を開けて読もうとする私に、スピネルは言葉を続ける。

「詳しくは中に書いてあると思うが、ジャイロはお前の依頼を引き受けるに当たって一つ条件があるそうだ」

「条件?なんでしょうか」

「謝礼はいらないから、その代わりにお前に絵のモデルになって欲しいんだと」

「私を絵のモデル…は!?モデル!?」

慌てて手紙に目を走らせる。

そこには確かに、スピネルが言った通りの内容が書かれていた。絵を描く代わりに、一日モデルをやってほしいと。

「お前の都合さえ良けりゃ、明日早速アトリエに来て欲しいってよ。どうする?」

「明日!?」

 

 

…という訳だ。

いきなり明日というのには驚いたが、早ければ早い方がいい。

私は王宮魔術師団に行く予定をキャンセルし、ジャイロのアトリエへと行くことにした。

アトリエにはスピネルが案内してくれると言い、朝から馬車で迎えに来てくれた。

「アトリエは下町の住宅街にあるんだ。俺は行った事ないが、御者はいつもレグランド兄貴が使ってる奴だ。ちゃんと場所を知ってるから問題ない。本当は兄貴も一緒に来られたら良かったんだが、今日は外せない用事があるから、お前によろしく言っといてくれってさ」

「そうなんですか。近衛騎士も忙しいですしね」

「いや、デートだってよ」

「…そ、そうですか…」

相変わらずの色男ぶりらしい。

 

 

「…あの、今日は一緒に来てくださってありがとうございます」

向かいに座るスピネルに礼を言う。

スピネルは案内だと言ったが、実質付き添い兼護衛だ。スピネルだってそんなに暇ではないだろうに。

「別に気にしなくて良い。俺もあの絵を描いたのがどんな奴か気になってたしな」

そう言えば、スピネルはジャイロの別名義の絵をよく知っているみたいなんだよな。

一体どんな絵なんだろう。

 

「考えてみれば、貴方と二人で出かけるなんて初めてですね」

結構長い付き合いになるが、スピネルがいる時はいつも殿下が一緒にいるから、二人だけで行動した事自体ほとんどない。

「そうだな。…ちなみに殿下は今日、同じ学年の男連中とバドミントン大会に参加だそうだ。主催はアーゲンなんだが、お前らがやったスポーツ交流会の話を聞いてやりたくなったらしいな」

「へえ…」

そう言えば特に新学期になってから、殿下がアーゲンと話している所をちらほら見かける。

次期公爵である彼と仲良くしておくのはとても重要なので、良い事だ。

別に今までだって仲が悪かった訳ではないが。

 

 

馬車はゴトゴトと揺れ、王都の西側の方へ向かっていく。やや雑多な印象の通りだ。

そのうち、一本の細い路地の前で馬車は停まった。

御者が私たちに声をかけてくる。

「ここの路地を抜けた先がアトリエです」

「分かった。ありがとう」

「お帰りの時は、呼び鈴の魔導具をお使い下さい。お迎えに上がります」

「ああ。よろしく頼む」

 

 

スピネルの後について、狭い路地を歩く。

上を見上げると、建物の住民のものらしき洗濯物がいくつも揺れていた。こんな所、今世では始めて歩くな。

「あ、あそこだな」

スピネルが路地の先を指差した。

そこだけやけに派手な青に塗られたドアには、小さく「アトリエ」とだけ書かれたプレートが付いている。

 

 

スピネルがドアをノックをし、「スピネル・ブーランジェです」と名乗る。

ややあってからガチャリと音を立ててドアが開き、中から顎髭を生やした一人の男が姿を表した。

「やあ、こんにちは。待っていたよ。中へどうぞ」

 

アトリエの中、まず目に入ったのは奥の大きな机だ。

何枚もの紙が散らばっていて、ペン立てには筆がたくさん入っている。横の棚にずらりと並んでいるのはインクや絵の具のようだ。

それから、大きな本棚。

何かの本がぎっしりと並んでいる。中綴じにした薄い本が多いようだ。何の本だろう。

「散らかっていて済まないね。そこに掛けてくれ」

隅の方にある、来客用らしきソファを勧められる。

 

 

「…改めて、初めまして。僕はギロルという。春…」

「ゴホン!」

自己紹介の途中で、スピネルが大きく咳払いをした。

「ああ、済まない。本の挿絵などを描く絵師だ。ジャイロというのはペンネームの一つだよ」

ギロルと名乗った男は柔らかく微笑んだ。

絵師というから何となく偏屈そうな人物を想像していたのだが、全く違った。かなりの男前だ。

少し垂れ目の彫りの深い顔立ちで、低くてすごく良い声をしているので、役者だと言われても信じるだろう。

 

「初めまして、リナーリア・ジャローシスと申します」

「スピネル・ブーランジェです。兄から、お噂はかねがね」

「はは、どうせろくな噂じゃないだろう」

そう言ってギロルは笑った。

「レグランドと僕は同級生でね。学生時代はよく一緒に遊んだものだ。僕は卒業後、騎士にはならずこの通り絵師になったんだが、今でも親しくしてもらっているよ」

という事は、この人もどこかの貴族家の出身なのか。

学院にも通っていたようだが、それで絵の仕事を選ぶなんて珍しい。

 

「僕も、君たちの噂はレグランドから聞いている。武芸大会も見に行かせてもらったよ。氷狼を従える君の姿は実に美しかった。それでぜひ一度、君をモデルに絵を描いてみたいと思っていたんだ」

「そうなんですか…」

恥ずかしくてコメントしづらいな…。

 

 

「でもまずは、君の依頼の話だね。…最初に念を押しておくけど、僕の正体やこのアトリエの事は口外しないでくれ。あの小説の挿絵は知り合いの伝手で引き受けたものだけど、ちょっと事情があってね。僕の正体を読者には知られたくないんだ」

「分かりました。お約束します」

私の返事にギロルは一つうなずき、話を続ける。

「君の依頼は、白銀の騎士と黒の騎士の絵を一枚。そして、謝礼として今日一日僕の絵のモデルをやる。これでいいかな?」

「はい。大丈夫です」

「よし。じゃあ騎士の絵だけど、もうラフを何枚か描いているんだ。少し待っていてくれ」

 

ギロルは立ち上がり、机の方へ行った。

そこから数枚の紙を手に取り、またこちらへ戻ってくる。

「この中から好きな構図を選んでくれ」

「はい」

私は受け取った紙を眺めた。鉛筆の粗い線でそれぞれ二人の騎士が描かれている。

 

一枚目は鎧姿の二人が剣を鍔迫り合いさせている絵だ。

「わ、かっこいいですね」

「ラフなのに迫力あるもんだな」

横から覗き込んだスピネルが感心したように言う。

 

二枚目は二人が轡を並べて馬に乗っている絵。

「こちらもかっこいいですね」

「そうだな」

こっちは一枚目に比べて親しげな印象の強い絵だ。悪くない。

 

そして三枚目を見て、私はズバーン!!と音を立てて紙をテーブルに叩きつけた。

「な、何ですかこの絵は!!」

「あれ?きっとそれが一番気に入ってもらえると思ったんだけど、違ったかな?」

「断じて違います!!!!」

私は力いっぱい否定した。

三枚目は裸の二人が組んずほぐれつしている絵だった。

これはまるで春画ではないか。

 

「こんな淫らな絵を彼女に渡すわけには行きません!ダメです!!…スピネル!!そんな目で見るのはやめて下さい!!」

スピネルは完全に引いた顔で私を見ていた。

違う。これは私の趣味などではない、絶対に。

 

 

三枚目は見なかった事にしてテーブルに伏せ、一枚目と二枚目を両手に持って見比べる。

一枚目も捨てがたいが、ここはやはり二枚目だろうか。

ミメットは二人が戦っているよりも、親しげにしている絵の方が好きそうな気がする。全く自信はないが…。

「こちらでお願いします」

「分かった。小説の挿絵と同じようなタッチの白黒画でいいんだよね?」

「はい」

「なら2日もあれば描けるから、3日後には君の所に届けられるよ」

それを聞いて私は驚いてしまった。絵というのはもっと時間がかかるものだと思っていたからだ。

 

「そんなに早く出来上がるんですか?」

ギロルは当然だという風にうなずく。

「油絵と違ってペン画だからね。しかも色を塗らずに挿絵風に仕上げるなら、時間はそんなにかからない」

「そうなんですね…」

それにしても早い気がするが、元々描くのが早いタイプなのかもしれない。

モデルをやるのが今日一日だけで良いというのも、今日だけである程度描ける自信があるからなのだろう。

油絵で描かれる肖像画なんかは1ヶ月以上かかるし、何度もモデルをやらなければならないので大変なのだが。

 

「では、よろしくお願いします」

「ああ。任せてくれ」

ギロルはゆったりと微笑んだ。

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