世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第120話 不自由の中でも

「リナーリア、今日はどうだった?」

放課後、次々と人が減っていく教室の中で殿下に声をかけられた。

「殿下!聞いて下さい、今日も一緒にランチをして、ちょっとだけ会話もできたんですよ!やりました!」

私は笑顔で報告した。これはもちろん、ミメットのことである。

 

私は最初の勧誘以来、どんなにすげなくされても毎日頑張ってミメットに話しかけていた。

トルトベイトには「そんなに無理をしなくても良いんだよ」と言われたが、彼女を説得する事を諦めたくなかったのだ。

そんな私に根負けしたのか、ミメットは今週になってから昼食に同席するのを許してくれるようになった。

ミメットはやはりほとんど話さず、主に私とレヴィナ嬢が会話する事になるのだが、ミメットもたまには小さく同意したり答えを返してくれたりしている。

 

 

…これは放課後皆に協力してもらい、努力した結果だ。

まず、リチア様やペタラ様には黒銀というものについて説明してもらった。

相変わらず難解だったし、知りたくもない知識が大量に増えてしまったが、とりあえずミメットの地雷を踏み抜かない程度には理解できた…と思う。

他にも、いくつか役に立ちそうな言葉や知識を教えてもらった。

 

そしてカーネリア様、ヴァレリー様、スフェン先輩には、若い貴族女性の間での流行についてレクチャーしてもらった。

私は流行に疎い。いつもすっかり流行りきった頃に人に聞いて知るのだが、今回はまだあまり知られていないもの、これから流行りそうなものについて教えてもらった。

カーネリア様は食べ物、ヴァレリー様はファッション、先輩は音楽や演劇などの芸術方面にそれぞれ強く、とても助かった。

ミメットもやはり女の子なので、そういう流行り物には興味があるようなのだ。

最先端魔術についてなら、私も詳しいんだけどなあ…それどころか少し先の技術まで知ってるんだけどなあ…。

どうして誰も興味を示してくれないんだ。

殿下もこればかりはちんぷんかんぷんだしな…。

今度ユークに話をしてみようかな。多分彼だけは食いついてくれる。

 

 

そんなあれこれが実ったのか、今日などはほんの数回ではあるが、会話を続ける事ができた。

レヴィナ嬢にも密かに助けてもらっている。

彼女とは一度、ミメット抜きでこっそり話をした。

リチア様を通して呼び出したのだが、最初は何故私がミメットと仲良くなりたいのか、ずいぶん訝しんでいたようだ。

しかし同席したリチア様の口添えもあってちゃんと分かってくれたようで、協力すると約束してくれた。

私が話題を出した際、その話題がミメット好みかどうか目配せして教えてくれるのだ。

たまに何を言いたいのか分からない目をしている事もあって困るが、それでもミメットの反応を読み取るよりも遥かに分かりやすい。

 

おかげでミメットと少しは打ち解けてきた気がする。

やはり頑張れば心は通じるものなのだ。通じているはずだ。多分。

生徒会入りの件はまだ了承してくれていないが…。

だが、そこについては切り札がある。

 

 

「…今日はついに、例の物が届く予定なんです。これで今度こそ承諾させてみせます!」

殿下に向かい、握りこぶしを作ってみせる。

「ああ、ジャイロとやらの絵か。もう届くのか」

そう、予定通りなら今日にはギロル…ジャイロに頼んだ絵が到着するのだ。それを餌にすれば、きっとミメットも生徒会に入ると言ってくれるはず。

「上手くいくといいな」

殿下はそう言ってわずかに微笑んだ。

それから、「ところで」とやけに真剣な顔になる。

 

「…君はそのジャイロの所で、絵のモデルをやったんだろう。豊穣の女神の衣装を着たとスピネルから聞いた」

「ああ、そうなんです。すごく疲れました…。おかげで騎士の絵を描いてもらえたので良かったんですが…」

「その絵を、俺も見たいんだが」

「え?」

そんなに真剣に言うほどギロルの絵が見たいのか。もしかしてファンなのかな。

 

「分かりました、構いませんよ。ミメット様に渡す前にお見せします」

「いや違うそっちじゃない」

殿下は真顔で間髪入れずに否定した。

「君の絵だ。君をモデルにした絵が見たい」

「えっ。そっちですか?」

びっくりして殿下の顔を見返す。

何故そんなものが見たいのか、というか恥ずかしい。

ギロルはモデルが私だとはっきり分からないように描くと言っていたが、殿下に見られると思うと物凄く恥ずかしい。

 

「…あの、でも、どんな絵になっているか分かりませんよ。似ても似つかないものになっているかも…それに、殿下が見て面白いものかどうか…」

「それでも構わない。見たい」

殿下はきっぱりと言った。

うう…、そんな風に言われると断れない。

「…分かりました。完成までにはしばらくかかると言っていましたが、できたら連絡をくれるそうなので、一緒に見に行きましょう」

「ああ。よろしく頼む」

 

 

うーむ、そうなると、またお忍びで行くことになるのかな。住宅街の、しかも結構奥の方だったし。

「アトリエは下町にあるんです。行く時はスピネルに相談しましょう。護衛の手配ですとか、色々準備が必要でしょうし」

スピネルと私だけならともかく、殿下も行くならちゃんと予定を立てて護衛も数人連れて行かないといけない。

ギロルにも事前に連絡しておく必要がある。いきなり殿下を連れて行ったら驚くだろうし。

そう言うと、殿下は何だか残念そうな顔になった。

「どうかなさいましたか?」

「…俺も、スピネルのように君と二人だけで出かけられたら良いんだが」

 

眉を曇らせた殿下に、少し首を傾げる。

「二人だけで、ですか」

「いや、すまない。少し羨ましかっただけだ。護衛たちは俺のために働いてくれている。こんな風に思うのは、俺のわがままだと分かっているんだが…」

「殿下…」

武芸大会以来、殿下の護衛は増えているはずだ。どこに行くにもぞろぞろ連れて行かないといけない。

幼い頃からそれに慣れている殿下でも、少々窮屈に感じてしまっているのかも知れない。

「俺と一緒だと、君にも不自由な思いをさせてしまう。すまない」

 

 

「…殿下!」

申し訳無さそうにする殿下の顔を、私は正面から見た。

「そんな事を気になさる必要はありません。それは私だって、もっと自由に…殿下と二人でどこかに出かけられたら、きっと楽しいだろうと思いますが…」

殿下はいつも我慢ばかりなさっている。

祭礼だとか視察だとかで王都を出る事があっても、自由にどこかを見て歩ける訳ではない。常に護衛や沢山の人に囲まれ、行き先も決められている。

本当はカエルのたくさんいる沼だとか、眺めの良い丘だとか、もっと静かで人のいない場所にだって、色々行ってみたいだろうに。

…それなのに、私のことまで気に病まないで欲しい。

 

「それでも私は、殿下と一緒にいられるだけで楽しいです。不自由だったとしても、殿下と一緒なら、きっとどこに行っても楽しいです」

「リナーリア…」

殿下は目を見開いて私の顔を見つめ、それから一瞬俯いた。

 

 

「…ありがとう。俺も、君がいてくれればそれだけでとても嬉しいし、楽しい」

もう一度顔を上げた殿下の表情は、先程とは打って変わって朗らかだった。

「一緒に絵を見に行こう。楽しみにしている」

「はい!」

ちょっと恥ずかしいけれど、殿下が楽しんでくれるならそれでいい。

思わず嬉しくなって笑った私に、殿下もまた微笑みを返してくれた。

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