世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第123話 貴重な素材(後)

コーネルには、私が学院に行っている間は好きにしていいと言ってある。

寮の部屋の掃除やら洗濯やらだけでは時間が余るというからだ。

大抵は縫い物だとか小物作りだとか、小銭を稼げるようなちょっとした手仕事をしていると言うが、出かけることだってもちろんある。

 

彼女は私の母から、私が使う消耗品類を買うためのお金を預かっているので、砂糖漬けはそのお金で買ってきたらしい。

私はフルーツの砂糖漬けを水で割ったり、搾った果汁に砂糖を加えた果実水の類がかなり好きなのだ。

夏場の暑くて食欲がない時でも果実水なら飲めるので、昔からよく家の者が作ってくれていた。

今年は少し残暑が厳しいので、こういう気遣いはありがたい。

 

 

魔術で氷を作り、果実水の入った二つのグラスへと落とす。

スプーンでかき混ぜるとカランと音を立てて氷が回った。

果実水はこうやって冷やして飲むのが一番美味しいのだ。

 

「最近、ずっとそれを弄っていらっしゃいますね」

果実水を飲みながら、コーネルがちらりと小瓶を見る。

「あ、はい。これで護符を作りたいんですが、とても貴重な素材なので慎重にやっているんです。多分二度と手に入らないので」

「そんなに貴重なんですか」

「はい。内緒ですよ」

何しろ古代の竜の鱗だ。

こんな貴重な素材を個人的に使ってしまう事への罪悪感もあるが、魔術師の性か、好奇心には勝てそうもない。

 

「上手く行けば凄いものが出来ると思います。殿下に差し上げるのも良いかも知れません」

どんな効果を付けるかにもよるが、良い物が出来たなら殿下に使って欲しいな。

そう思ったのだが、コーネルは何故か難しい表情になった。

「…私はお嬢様がお持ちになった方がいいと思います」

「え?そうですか?」

「はい」

真剣な顔でうなずかれてしまう。

うーん…まあ確かに、怪しげな素材で作られたものを殿下にお渡しするのもどうかとは思うしな。

予期しない不具合が出るかもしれないし、誰かに見咎められて調べられたりしても困る。

やっぱり自分用にする方が良いだろうか。

 

 

少し悩んでいると、果実水のグラスに目を落としたコーネルがぽつりと「お嬢様」と呟いた。

「…覚えていらっしゃいますか。王子殿下と初めてお会いになった時のこと。お嬢様は、わんわんお泣きになっていました」

「…ええ、はい…」

物凄く恥ずかしい思い出だ。忘れられる訳がない。

「お嬢様は昔は結構な泣き虫でした。まだお小さい頃、ヴォルツ様が剣の稽古で怪我をした時、血を見たお嬢様がびっくりして泣き出してしまった事がありました。でもヴォルツ様が心配だからと言って、泣きながらもずっと傍を離れようとしませんでした」

そ、そんな事もあったかな…。確か前世の記憶が戻る前のことだ。

「ヴォルツ様がジャローシス家の中でもお嬢様を特別大事に思っているのは、その時のことをずっと覚えているからですよ」

「そうなんですか!?」

それは完全に初耳だ。何となく私に甘いような気はしていたが。

 

「…でも、お嬢様は…王子殿下と出会われてからは、泣いている所をほとんど見なくなりました」

「……」

それはそうだ。記憶が戻ってからの私は、見た目は少女でも中身は20歳の男だった訳だし。

子供の身体にどうしても精神が引っ張られてしまうらしく、全てを堪える事はできなかったが、なるべく我慢して泣かないようにしていた。

 

「他にも、あの時からずいぶんお変わりになりました。虫や生き物に興味を持ったり、魔術の本ばかり読み始めたり、難しい言葉を使うようになったり…」

「…そ、そうですね…」

改めて言われると、あの頃の私は傍から見て相当様子がおかしかったように思う。

前世の記憶と今の自分との齟齬を埋めるのに必死だったため、あまり周りのことを考える余裕はなかったが。

 

「旦那様や奥様は、王子殿下に会って変わったんだろうと仰っていました。王子殿下のために、お嬢様なりに考えて頑張っているのだろうと。私もきっとそうなのだろうと思いました。…でも、どれほど変わっても皆何も言わなかったのは、お嬢様のお優しい所は変わっていなかったから…」

コーネルは自分の胸元を握りしめた。そこには、先日私が贈った護符のネックレスがある。

「そうして頑張ることが、お嬢様自身の幸せに繋がると思っていたからです」

 

 

「…あの、どうして急にそんな話を?」

私は戸惑いながら尋ねた。

コーネルがこんなに長く話をするのは珍しい。なにか大切な事を伝えたいのだと思うが。

「お嬢様は近頃時々、ぼーっとしてらっしゃる事があります。自分でお気付きですか?」

「…え」

そんなつもりは全くなかった。覚えがない。

 

「それに、隣室の方に聞きました。時々夜中にうなされているようだと。お嬢様は子供の頃も、時々夜中にうなされておいででした。もう何年も前に治まったと思っていたのですが…」

…これも心当たりがない。

子供の頃の話なら分かる。特に記憶が戻ったばかりの頃は時々あったのだ。前世の夢を見てうなされることが。

コーネルの言う通り、ここ数年はそういう事も減っていたはずだが…。

でも確かに最近、朝起きた時に妙な疲労感があったりする。

 

 

「何かお悩みがあるのではないですか?心配事だとか…」

やっと分かった。コーネルはどうやら、私の事がひどく心配らしい。

確かに私には、小さな事から大きな事まで色んな悩みはある。

だがそれは今までだってずっと抱えてきたものだ。近頃急にという訳ではない。

ぼーっとしているという話も私自身にそんな覚えはないし、身体だっていたって健康だ。

うなされているのは少し気になるが、体調に異変を来したりはしていないし。

 

「大丈夫ですよ、コーネル。それはまあ、悩みがないとは言いませんが…。それほど心配するような事は何もありません」

私は本心からそう言った。

「ぼーっとしたりうなされていたのは、少し疲れていただけだと思います。近頃は残暑が厳しくて寝苦しかったですし、眠りが浅くなっていたのかも知れません。睡眠不足なのかも…」

今世の私は比較的よく寝ている。

前世で夜更かしをして本ばかり読んでいたら目が悪くなってしまったのを反省したのと、コーネルが「お肌に良くありません」と言って怒るからだ。

だからなるべくちゃんと睡眠時間を取るようにしているのだが、暑くて眠りが浅くなったり、夢見が悪い時はどうしても睡眠不足になりがちだ。

 

「しかし、お嬢様…」

「本当に大丈夫です。でも、今日からはもう少し早くベッドに入るようにします」

それを聞いたコーネルはじっと私の顔を見た。

しばらくそうして見つめてから、「…そうですか」と呟く。

 

 

「ですが、何か思い悩んだ時は必ず誰かにお話し下さい。私でなくても、カーネリア様やスフェン様、ラズライト様…それから、スピネル様。皆様、必ずお嬢様の力になって下さいます」

コーネルは真剣な表情で言い含めるように言う。

「私はお嬢様が心配です。…王子殿下の事はもちろん大事だと思います。でも、お嬢様ご自身のことも大切になさって下さい」

 

…彼女にこれ以上余計な心配をかけたくない。

それに、今の私にはたくさん信頼できる人がいる。たくさんの信頼や好意を寄せてもらっている。

何もかも全てという訳にはいかないけれど、できる限りその人達に報いていきたい。

だから私は、素直にコーネルの言葉にうなずいた。

「分かりました。何か困った時は、きっと誰かに話します」

コーネルは少し複雑そうな顔をしてから、私へと一つ頭を下げて「お願いします」と念を押した。

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