世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第125話 仕立て屋(前)

ギロルのアトリエを出た後は、レグランドの案内で小洒落たレストランに行ってのランチだ。

名物だという牛肉のパイ包み焼きに舌鼓を打ちながら雑談をする。

「殿下はもうすぐ視察に出発されるんですよね」

「ああ。今年はまた日程を縮める事になったから、あまり遠くまでは行かないが」

「それは…、残念ですね」

 

社交シーズンが終わった秋は、毎年恒例の王子による各地への視察の時期だ。

いくつかの領を周り、見聞を広めたり各領の貴族や住民たちと親交を深めたりする。

元々、学院在学中の三年間は日程を短縮し行き先も絞るものだが、今年はどうやら去年よりも更に縮小する予定のようだ。

王都を離れるとなると危険が増える。なので私としては日程短縮は望ましいのだが、殿下にとって視察は数少ない外に出られる機会なのだ。やはり気の毒になってしまう。

「まあ、仕方ないさ。学業も大事だし、視察は来年以降だってあるんだしな」

そう言ったスピネルに、殿下も「そうだな」と答える。

思っていたより気にしていない感じかな。少し安心だ。

 

 

「この後は仕立て屋に行くんですよね」

「ああ。最近城下町に新しくできた店で、貴族向けから裕福な平民向けまで色んな服を作ってるらしい。ずいぶん大きくて洒落た店だって話だ」

私の問いにスピネルが答えてくれる。

なんでも、お洒落に敏感な貴族の間では近頃評判の店らしい。

そこで殿下やスピネルの服を頼みたいのだという。

 

殿下の服と言えば基本的に、昔から馴染みの仕立て屋を城に呼んで仕立ててもらうものだが、今回はお忍びの時などに着る平民っぽい服が欲しいのだそうだ。

近頃逞しくなったせいで以前の服が合わなくなってきたかららしい。

そこで今回、ギロルのアトリエに行くついでに店を見てみようかという事になった。

私も特に問題はない。前回は私の買い物に付き合ってもらったのだし。

「近頃流行りの仕立て屋というのがどういうものか、少し見てみたいしな」

殿下がそう言ったのはちょっと意外だった。流行り物にはあまり興味がないと思っていたのに。

でも、様々なものに感心を示すのは悪いことではあるまい。

 

「僕は行ったことがあるんだけど、なかなか面白い店だよ。女の子ならきっと楽しめるんじゃないかな」

レグランドは私の方を見てにっこり笑った。さすが、モテる男は流行りにも敏感なようだ。

私自身はそんなに興味はないが、まあカーネリア様やミメットへの良い土産話になりそうかな。

どうも私の身長はもう、あまり伸びないみたいだからなあ…。特に新しく服を仕立てる必要は感じない。ちょっと悲しい。

 

 

 

件の仕立て屋はここから歩いていける距離だという。そのために近い場所にあるレストランを選んでいたらしい。

「店主は普通よりも広い店を作りたかったみたいでね、それで商店街からは少し離れた所を選んで建てたらしいよ」

「へえ…」

仕立て屋でそんなに広いなんてどういう店なんだろう。工房がすごく大きいとかかな。

そんな事を考えつつ、昼下がりの人で賑わう通りをのんびりと歩く。

もうすっかり秋で朝晩などは冷えるようになったが、この時間は柔らかな日差しが暖かい。良い季節だ。

 

 

やがて、大きな建物が見えてきた。

看板には巨大な鋏が飾りつけられていて、どうやらあれが仕立て屋らしい。

「本当に大きなお店なんですね」

店の入口の横はショーウィンドウになっていて、男性と女性の人形が一体ずつ飾られている。

女性の人形はピンク色のワンピースを着ているが、スカートの丈が少し短めで、変わった形の襟が付いている。先進的な感じがするデザインだ。

 

「いらっしゃいませ~!」

店内に入ると、若い女性店員が明るく出迎えてくれた。かなり派手な化粧だ。

「わあ…、すごいですね」

壁際には色とりどりの布がぎっしりと棚に並べられている。

何より目を引くのが、いくつも立てられたトルソーだ。コートやドレスだけでなく、シャツやベスト、ブラウス、ワンピースなども飾られている。

さらに、ハンガーに掛けられた服もたくさん置かれているようだ。

 

「当店で展示されている服は、全てが試着…つまり、実際に身に着けて試してみる事ができます~。それで気に入った場合に、改めてご注文いただく仕組みです~」

「…気に入らなければ注文しなくてもいいのか?」

説明した店員に、殿下が少し目を丸くした。

「はい~。ご注文の際には、丈の調整の他、生地の色を変えたりボタンを変えるなど、細かなデザイン変更も承っております!あ、もちろん、展示品をそのままお買い上げいただくこともできますよぉ」

 

「実際に着て試せるというのは良いですね」

仕立て屋に服を注文すると、仮縫いかあるいは完成した時まで着てみる事はできない。

いざ納品されて袖を通したら何だかイメージが違ったり、思っていたより似合わなくてがっかり…なんてこともよくあるのだ。

…と言っても私の場合、用意された服をそのまま着るだけなのでそんな経験はないのだが…。

お洒落にこだわる御婦人や殿方にとっては、試着というのは嬉しいものではないだろうか。

 

 

「じゃあまず、俺たちの服から見ていくか」

そう言ってスピネルが指し示した先には、様々な男性服が並べられている。

仕立てた場合の参考価格も添えられているが、普通の仕立て屋より安めのようだ。元から大まかなデザインや型紙が作られているからか。

前に行った護符屋のシステムに少し似ているなと思う。

洋服もこれからはオーダーメイドではなく、量産を前提としたものが流行っていくのかもしれない。

 

「着てみたい服がありましたらお申し付け下さい~。試着のお手伝いをいたします」

愛想の良い店員に見守られながら、トルソーやハンガーにかけられた服を見ていく。

「これとか…こっちとかどうだ」

手に取っているのは大体スピネルだ。殿下はうなずきながらそれを受け取るばかりである。

まあ何となく想像はしていたが…。私も一応見てみるが、どうもよく分からない。

 

 

「一旦試着なさってみてはいかがですか?」

両手に何枚も服を抱えた所で、店員がそう声をかけてくる。

「そうだな。とりあえず着てみろよ」

「うむ」

店員の案内で、殿下は奥の試着室へ入って行った。

 

「お前は何かないのか?勧めたい服とか」

「それが、どれも全部良さそうに見えてしまって…選ぶのが難しいです」

スピネルと話しつつ周辺の服を見て待っていると、殿下が少し躊躇いがちな様子でカーテンを開けて出てきた。

 

 

「…どうだろうか」

殿下が着ているのは、控えめにフリルがあしらわれたシンプルなシャツだった。

しかしボタンが鮮やかな青い色をしているのがお洒落に見える。ガラスボタンだろうか。

「すごくよくお似合いです!」

「うん、いいんじゃないか?」

「そうか。ありがとう」

「じゃ、次だな」

 

次に着て出てきたのは、シャツとセットになったベストだ。胸元で切り替えが入っているのがこれまたお洒落である。

「これもお似合いです!」

「ああ。悪くない」

私の隣でスピネルやレグランドもうなずく。

 

次は少し変わった刺繍の入ったコート。

「これもかっこいいですね!さすがです」

「まあ、そうだな」

 

そして次。

「こちらもお似合いです!かっこいい!」

「……」

 

さらに次。

「さすが!何でも似合いますね!!」

「…お前の感想マジで全然参考になんねーな!!!」

褒め称える私に、スピネルが思い切り突っ込みを入れた。

 

 

「えっ、だって、似合ってますし…かっこいいですし…」

「それは分かるが、語彙力ゼロか!!もうちょっと何かないのかよ!」

「そ、そんな事言われても…」

服なんてどう褒めたらいいのか分からない。実際似合ってるんだからそれで良いじゃないか。

「はああああ…」

スピネルは深々とため息をつき、レグランドは口元を抑えて笑っている。

 

「じゃあせめて、どれが一番良かったとかないのか」

「ええと…」

私は少し考え込む。

「最初のシャツと、あとこっちの…」

「これはもう少し落ち着いた色の方が良くないか?」

「そうかも知れません」

「俺はこれが…」

私とスピネル、それから殿下本人の意見も取り入れ、採寸をしていくつかの服を注文する事になった。

 

 

 

その後はスピネルの服も選んだ。

しかしここでも私は「似合ってます」と「かっこいいです」を連発し、死ぬほど呆れられた。

「褒めてるじゃないですか!何が不満なんですか!」

「全部同じ事しか言わないんじゃ褒められてる気がしねえよ!!」

「むぐ…」

 

流行りに疎いという私の弱点が完全に出てしまった。

ヴァレリー様に女性のファッションだけじゃなく、男性のファッションについても教えてもらうんだった…。

「だって、貴方なら何を着たって本当に似合うじゃないですか」

顔がいいと得だよな…と思いつつそう言うと、スピネルはものすごく嫌そうな顔をした。

褒めてるっていうのに何故そんな顔をするんだ。

ちなみにレグランドは後ろでずっと笑っていた。笑いすぎだろ。

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