世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第126話 仕立て屋(後)

「じゃ、後はお前のだな」

採寸を終え、自分の注文も済ませたスピネルが私の方を見ながら言った。

「私は別に必要ありませんよ。服なら足りてますし」

「お前な…せっかく仕立て屋に来てるんだからちょっとは興味持てよ…」

スピネルががくりと肩を落とす。

「君なら何を着ても可愛いだろうけど、この機会に流行りの服を作ってみてもいいんじゃないかな?お洒落を楽しむというのも良いものだよ」

レグランドもそう言って笑ったが、必要ないものを作るのもなあ。

服は決して安いものではないし、私は無駄遣いは好きではない。

 

「リナーリア、さっきは君に俺の服を選んでもらった。だから今度は俺たちで君の服を選べたらと思うんだが…」

「で、でも」

殿下にまで勧められて困ってしまう。

「ほら、こう言ってんだから見に行こうぜ。見て気に入らなきゃ、別に頼まなくたっていいんだし」

「…そうですね。分かりました」

別に急いで帰る必要もないのだし、少しくらい見て行ってもいいだろう。

 

 

 

「つー訳で、どれがいいと思う?」

女性服が並べられた辺りに来た途端、スピネルはそう言って殿下の肩に手を置いた。

「…俺が選ぶのか?」

「さっき自分でそう言ったろ」

スピネルはどうやら手伝う気はないらしい。殿下が困った顔になる。

「しかし、俺だけではどういうものが良いか分からん」

「そんなん簡単だろ。好みのやつを選べばいい」

「こ、好みと言われても」

「こいつに着て欲しい服を選べってことだよ。ほら」

「……」

 

殿下はものすごく難しい顔をして、並んだ服を真剣に見始めた。

ええと…これ、私はただ待っていればいいのか?何だか申し訳ないけども。

「お手並み拝見だね。スピネル、お前は選ばなくていいのかい?」

「嫌だよ。面倒くさい」

肩をすくめるスピネルに、レグランドは少し苦笑した。

 

 

やがて、殿下が一着のワンピースを手に持ってこちらにやって来た。

「…これがいいと思うんだが…」

「一着だけでいいのか?」

「ああ」

スピネルの問いにうなずきながら、殿下は私にワンピースを手渡した。

「まあ、お目が高い!そちらは本日店に出したばかりの最新作なんですよ~。お客様が試着の一人目です」

女性店員がニコニコと笑う。

 

試着室に入り、店員に手伝ってもらってワンピースを身に着けた。

肌触りの良い、かなり上質な生地で作られた服だ。

「大変良くお似合いですよ~。お連れ様にも見ていただきましょう」

「はい」

 

 

おずおずとカーテンを開けて表に出ると、「おお…」という声が上がった。

視線が集中して少し恥ずかしい。

殿下が選んだワンピースは、アイボリーホワイトの生地に白や淡いピンクの糸で小花の刺繍が施されたものだった。

胸元やふんわり広がったスカートの裾、腰に巻くリボンには美しいレースが使われている。とても上品なデザインだ。

 

レグランドとスピネルの兄弟が、にやにや笑いを浮かべつつ殿下を見る。

「ははあ、なるほどー。こういうのが好みなんですね。分かります分かります」

「清純系な。分かりやすいよなあ」

「別に良いだろう!!」

殿下は赤くなって怒った。

「いやいや褒めてるんですよ。彼女の魅力をよくご存知だ」

「そうだな。よく似合ってる」

 

 

うーん、とりあえず皆褒めてくれてるって事でいいのかな…。

少々落ち着かない気分で袖やら裾やらを見下ろしていると、殿下が私の方を見た。

「とても良く似合っていると思う。…気に入ってもらえただろうか」

 

…正直に言えば、私にはやっぱり分からない。

とても可愛らしい服だということは分かるけど。

でも殿下が私のために選んでくれて、よく似合うと言ってくれたのなら、気に入らないはずがないのだ。

「…はい。とても」

そう微笑むと、殿下は嬉しそうに笑った。

 

「では、その服は俺から君に贈ろう」

「え!?」

私はびっくりして、慌てて両手を振った。

「そんな、いただけません」

小物だとか花くらいならともかく、服というのはかなり値が張る。しかもこのワンピースは、使われている生地や刺繍を見ても良い品だ。

いや値段など殿下にとっては問題ではないのだろうが、そもそも服など友人同士で贈り合うようなものではない。贈るとすれば、家族だとか恋人同士くらいだと思う。

「今日付き合ってくれた礼だ。…それに、つまり…俺が君に、この服を着てほしいんだ」

 

 

「……」

そんな目で私を見つめるのはやめて欲しい。

ひどく恥ずかしくなって、何も言葉が出てこなくなってしまう。

思わず黙り込んだ私の肩に、ぽんと手が乗せられる。レグランドだ。

「ここはありがたく受け取っておきなよ。男に恥をかかせちゃいけないよ?」

ぱちりとウィンクをしつつそう言われる。私は迷いながらも小さくうなずいた。

「分かりました。…あの、ありがとうございます。大切に着ます」

「ああ」

殿下はもう一度微笑んだ。

 

「じゃあ、今着てるやつをそのまま買い取りでいいんじゃないか?サイズも問題なさそうだし」

スピネルの言葉に、私は腕を持ち上げてみた。動きにくさは特に感じないし、ウエスト部分はリボンで調整できる。

「そうですね。大丈夫そうです」

「では、これは買い取りで頼む」

殿下に声をかけられた店員は「ありがとうございます~」と頭を下げた。

 

 

「よろしければ、このまま着て行かれますか?」

「良いんですか?」

「はい。着ていた服は紙袋にお入れします~」

もう一度着替えるのも面倒だし、せっかく選んでいただいたのだからそうしようかなと思っていると、スピネルが少し首をひねった。

「そうすると上着も必要だな。それじゃ寒いだろ」

「着てきたものがありますが」

「あれは合わないだろ、デザインが」

「……」

そうか。コーディネートの事まで考えていなかった。

 

「なんかその辺のやつから好きなの選べよ。一着が二着になったって大して変わらないし」

「そうだな。そうするといい」

殿下もそう言うので、並んでいる上着から何か選ぶことになった。

しかし好きなのと言われてもな…。

とりあえず髪色に合わせて青っぽいやつ選んでおけばいいかな。

 

「ええと…これとか」

金糸で縁取りのされた青い上着を手に取ると、スピネルが横から私の手元を覗き込んだ。

「そのワンピースに合わせるなら、隣の色違いのやつの方がいいんじゃないか」

「こっちですか?」

こちらはくすんだ落ち着いたピンク色だ。ハンガーから外し、ワンピースの上に羽織ってみる。

 

「うん、やっぱ合ってるな」

「ああ。よく似合っている」

殿下も褒めてくれた。

普段はあまり身に着けない色だが、スピネルの見立てに間違いはなかったようだ。

「では、これにします。…ありがとうございます」

隣を見上げて礼を言うと、スピネルは口の端を持ち上げて少し笑った。

 

 

 

帰り際、入口近くにある棚がふと目に入った。

最初に男性服の方に行ってしまったので気付かなかったが、結構目立つ場所だ。

「…あの、これってもしかして…」

「お客様もご存知ですか?こちら、近頃巷で大変人気の品なんですよ~!」

店員がニコニコ笑いながら手に取ったのは、ふかふかな毛で作られた真っ白なウサギ耳だった。

 

「…大変人気の品…」

どう見ても、私が芸術発表会で着けたのと同じ物である。

「ええ!なんと、あのエスメラルド王子殿下が考案されたアイテムなんですよぉ!!」

後ろでゴホッ!と殿下が咳き込んだ。

「お祭りやパーティーでの出し物で使うのはもちろん、お洒落のために身に着ける方もいらっしゃいますよ~。一番人気がこちらの白いウサギ耳でして、王子殿下が恋人に着けて欲しいと思って考えられたものだとか!なかなかユニークなご趣味ですよね~」

殿下がゴホゴホとさらに激しくむせ込んでいるのが聴こえる。

 

 

「……」

一体なんと言えばいいのか。

完全に誤解なのだが、今の私たちはお忍びな訳で、それは違うと否定する事もできない。

レグランドは笑いをこらえつつ殿下の背中をさすっているが、スピネルは声こそ出さないものの腹を抱えて笑っていた。こいつ…。

「このつけ耳というファッションアイテムは、とても画期的な発想だと王都の仕立て屋たちが揃って舌を巻いたそうです。値段も手頃ですし合わせる服を選ばないので、貴族の方だけでなく平民の間でも人気が出始めております~」

 

値札を見ると、確かに服に比べると遥かに安い。

この値段なら服を頼むついでにと買う者もいそうだが…そうか、本当に流行っているのか…。

「王子殿下は大変優秀な方とお聞きしますが、このような分野にも優れた感性をお持ちと知って、私たちとしても嬉しい限りなんですよ~!」

「まあ」

恋人云々の誤解はともかく、殿下が民から親しみを持ってもらえるのは私としても嬉しい。

 

「ちなみに二番人気がこちらの猫耳ですね。尻尾とセットで購入される方も多いんですよぉ」

「そうなんですか…」

店員の言葉にうなずきつつ、私はまだ笑っているスピネルの足を踏みつけた。

「痛って!!」

「笑いすぎです」

ようやくこいつの足を踏めたな。満足だ。

 

 

…とりあえず、店員による熱心な売り込みは丁重に断った。

仕立て屋を出た後は、カフェに行きお茶を飲んで一休みだ。

前回と同じ店だったが、ここの紅茶はやはり美味しい。また茶葉を買っていく事にする。

それから、馬車で送ってもらい寮に帰った。

 

 

 

「とても素敵です、お嬢様。本当にお似合いです」

「ありがとうございます」

コーネルは嬉しそうに私の服を絶賛してくれた。

昔からよく私の服を見立ててくれている彼女に褒められると、何となく安心するな。

別に殿下やスピネルの褒め言葉を信用していない訳ではないのだが、どうも落ち着かない気持ちになってしまうし。

 

「ご実家に帰られる際には持っていって、旦那様方にも見せて差し上げましょう。きっとお喜びになられます」

「…そうですね」

両親や兄は今年の社交シーズンを終え、すでに領地に帰っている。

去年の年末は私は領地に帰らず王都に残ったのだが、さすがに今年は帰らなければまずそうだ。

できれば王都を離れたくないのだが…。

 

コーネルがクローゼットを開け服をしまう様子を何となく見ていると、奥の方に白いウサギ耳がちらりと見えた。

私が芸術発表会の時に頭に着けたもので、記念にもらってくれとアフラ様に言われ、とりあえず持ち帰ったのだ。

これが本当に巷で流行るとはなあ…。さすが殿下だ。

今度パーティーに行ったら、着けている人がいないか探してみよう。

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