世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
「ミメット様。今日のはさすがに酷かったと思いますよ」
ミメットの好きなミルクたっぷりの紅茶を淹れながら、レヴィナは言った。
彼女はここ数日ずっと、一つ上の学年の銀髪の少年から話しかけられ続けている。
と言っても、デートの誘いだとかそういう色気のある話ではない。
彼は生徒会役員で、生徒会を代表してミメットに生徒会に入って欲しいという勧誘に来ているのだが、それに対する彼女の態度は控えめに言ってもかなり酷い。
「…しょうがないじゃない。リナライト様のお話、本当に長ったらしくて面白くないんだもの」
そう言って唇を尖らせるミメットに、レヴィナはこれ見よがしに「はあ」とため息をついた。
ミメットはレヴィナの家にとって主家に当たる、コーリンガ公爵家の少女である。
世話役として面倒を見るよう父から言いつかっているのだが、レヴィナとしては主人というより友達…いやむしろ、妹に近い存在だ。
何しろとても手がかかる。頑固で捻くれていて、口が悪くて、何かあるとすぐにへそを曲げる。
多分家に色々と問題を抱えているせいなのだろうと思うが、正直かなり面倒くさい性格だ。
それでも、案外可愛い所もあるので嫌いになれないのだが。
「確かにリナライト様のお話は長くてつまらなかったですけど、それは昨日ミメット様が『生徒会の良い所なんて全然分からない』って言ったからでしょう。多分一生懸命説明してくれてたんですよ、あれ。ちっとも伝わってきませんでしたけど」
「…レヴィナの方が酷いと思うの」
「私は面と向かって言ったりしませんし」
「……」
ミメットは眉間にしわを寄せながら、ミルクティーに砂糖をどばどば入れている。
「いい加減承諾して差し上げたらどうです?本当は入ってもいいと思ってますよね?」
「思ってないの。生徒会なんて嫌」
「入ればリナライト様と一緒にいられますよ」
「べ、別にそんなの、嬉しくないの」
ぐるぐるとミルクティーをかき混ぜるミメットに、もう一度レヴィナはため息をつく。
「…でも、好きなんですよね?」
「違うわ!!!」
ミメットは真っ赤になって否定したが、レヴィナに平然と見返されると、ぷいっと目を逸らした。
「…か、顔が好きなだけなの」
「いや好きなんじゃないですか」
「顔よ!!顔だけなの!!」
「まあ確かに顔は良いですけど」
眼鏡のせいでやや地味な印象を受ける彼だが、よく見ると整った顔をしている。美少年と言っていい。
「私はちょっとヒョロすぎると思いますけどね」
「そこが良いんじゃないの!汗臭いそこらの男とは違うの!!」
「やっぱり好きなんじゃないですか…」
「……!!」
とても分かりやすい。
今の所彼がミメットの気持ちに気付いている様子は全くないが、こういう態度を見せれば少しは違いそうなのに…とレヴィナは思う。
これならどんな朴念仁でもさすがに通じると思うし。
…そもそものきっかけは、ガーデンパーティーに行ったミメットが蜂に襲われている所を、彼が助けたかららしい。
その日レヴィナはどうしても出席したい会合があり、ミメットを一人でパーティーに送り出していた。
多分いつもみたいに隅っこで一人ぼっちで過ごし、不機嫌な様子で帰ってくるんだろうな…と少しの罪悪感を抱いていたのだが、翌日会ったミメットは上機嫌で非常に興奮していた。
「…私、白銀の騎士様に会ったの!!」と。
白銀の騎士は、ミメットやレヴィナが愛読している小説に出てくるキャラクターだ。
中性的な顔立ちのすらりとスマートな美青年で、その通り名が示すように美しく輝く白銀の髪をしている。
ミメットの一番のお気に入りだ。
そしてミメットが会ったという「白銀の騎士様」は、第一王子の従者であるリナライトという少年のことに違いなかった。
レヴィナは正直、首を傾げざるを得なかった。
彼とは別に初対面ではない。今まで何度かお茶会などで同席している。ミメットはまるで会話をしておらず、ろくに顔も見ていなかったようだが。
そしてレヴィナが見た所、彼は別に白銀の騎士に似てはいなかった。
そもそも彼は騎士ではなく魔術師のはずだ。
中性的な顔立ちで細身というのは共通しているが、細身ではあっても騎士らしくちゃんと鍛えている白銀の騎士とは違う。すらりとしていると言うより、何だか頼りない感じの細さだ。
髪色だって、銀ではあるが白銀ではない。もっと青っぽい、かなり珍しい髪色だ。
…でもまあ、危機を助けられたミメットにとっては、彼こそが運命の騎士に見えたのだろう。
しかも彼はミメットがずっと気にしている漆黒の髪を、「私は綺麗な色だと思います」と褒めてくれたらしい。
これがどうやらてきめんに効いたようだ。
レヴィナからすると頼りない印象が強いが、ミメットにとってはそこも良いらしい。
元々大抵の人間が苦手な彼女だが、ごつくて逞しい、いわゆる男臭い男が一番苦手なのだ。どうも怖いらしいのだが、彼はそういうタイプの男とは正反対だ。
見るからに頭が固そうなのもレヴィナには少々気になるが、遊んでいそうな男よりはずっと良い。
ミメットはどう考えても騙されやすい類の人間だし。
それに、王子の従者というのは都合が良い。
ミメットの父である先代公爵は、彼女が王子に近付く事を望んでいる。
それを助けるよう、レヴィナもまた先代公爵やレヴィナの父から強く言い含められているのだが、ミメット本人はとても嫌がっているのでかなり困っていたのだ。
ミメットさえ乗り気なら、従者というのはきっといい落とし所になるだろう。
王子妃を目指すのがどれほど難しいかは、先代公爵だってよく分かっているはずなのだから。
…また、そういう諸々の打算は別として、単純にミメットを応援したいという気持ちもある。
彼女の複雑な境遇には同情もあるし、長年付き合ってきた愛着だってあるからだ。
本当に面倒くさい性格の少女だが、できれば幸せになって欲しい。
だからレヴィナは今日もこうして、意地を張り続ける彼女を我慢強く説得する。
「…リナライト様、ずいぶん落ち込んでましたよ。そもそもあのお方、そんなにお話し上手ではないんですよ。聞いていれば分かるじゃないですか」
要点をまとめすぎて簡潔になりすぎたり、逆に説明しすぎて長ったらしくなったり。
人の気を惹く話し方というものができない人間らしい。
「そこを頑張って話してくれているのに…あれではもう話しかけてくれないかも知れませんね」
「……」
ミメットはぐっと唇を噛み締めた。
彼が今ミメットの所に通っているのは、教師から生徒会役員に推薦されているミメットをなんとか生徒会に入れさせるためなのだ。
それがなければわざわざ近付いてなど来ないだろうと、本当はミメット自身も分かっている。
そしてミメットが推薦されたのは、ミメットの父である先代公爵が教師へと手を回したからだという事も、もちろん知っている。
だから素直に承諾できないのだと思うが、それでは永遠に前には進めない。
「…あんまり甘えてばかりではだめですよ。黒の騎士だって、試合の後は悔しさをこらえて自ら敗北を認め、白銀の騎士の元へ握手を求めに行ったではありませんか。あそこで歩み寄ったからこそ、二人の間に愛が芽生えたんです。ミメット様も自ら踏み出さないと」
小説のエピソードを例に出し、なるべく優しく言い聞かせると、ミメットはようやく小さくうなずいた。
「…分かったわ」
「分かっていただけましたか」
「次また、生徒会に誘われたら…しょうがないから、入ってもいいの」
「……」
あくまで意地を張るミメットに、レヴィナは少し呆れた。
しかし、今のミメットにはこれが精一杯なのだろう。突っぱね続けるよりはずっとマシだ。
生徒会で彼と一緒に過ごしていけば、もう少し素直になって行くだろう。多分。そのうち。
「…まあ、よろしいと思いますよ。頑張って下さい」
前途は多難だと思いつつ、レヴィナはぞんざいにミメットの恋路を応援した。