世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
「えー、それじゃあ、今夜の肝試しに参加する人は挙手して下さい」
クラス委員のスパーが、名簿を片手に教室内に呼びかける。
ぱらぱらと半分ほどの生徒の手が挙がり、私もまたしぶしぶと手を挙げた。
魔術学院学生寮、毎年夏の恒例行事。それが肝試しだ。
この国の夏には万魂節と呼ばれる死者を弔う祭があるのだが、その時期に夜の学院内で行われる事になっている。
脅かし役をやるのは主に上級生だ。幽霊だとか怪物の仮装をして、参加者を脅かしたり怖がらせる。
そして参加者は2人一組になって矢印で示されたコース通りに学院内を歩き、体育館に置いてある鎮魂の御札を持って帰ってくる。
このペアは大抵の場合、男女で組むものとされている。
この「男女で組む」という時点で何となく察せられるのだが、はっきり言ってカップル向けの、非常にくだらない行事である。
だから参加などするつもりは一切なかったのだが…。
話は、3日前まで遡る。
「…殿下、肝試しに参加なさるんですか…」
「ああ。なかなか面白そうだからな」
興味深そうな顔で殿下はうなずいた。
思わず殿下の隣のスピネルを睨む。こんなものに殿下を参加させるなんてどういうつもりだ。
「なんで俺を睨むんだよ。参加したがってんのは殿下だぞ」
くっ…そうだった。殿下は前世でもこれに参加していたんだった。
まあ学生時代の貴重な思い出になると言われればそうなのかもしれないが、私としてはあまり参加して欲しくない。
夜の学院に来るなんて危険だし、肝試しなんてくだらないからだ。
「お前は肝試しには…」
「参加しません」
「…ははーん」
即答した私にスピネルがニヤついた顔になる。この流れ覚えがあるぞ…。
「さてはお前、怖…」
「怖くありませんよ!!嫌いなだけです!!」
「怖いから嫌いなんだろ?」
「違います!!幽霊なんて別に怖くありませんけど、肝試しって物陰から急に飛び出してきたり大声を上げたりするじゃないですか!ああやって脅かされるのが嫌なんです!人を驚かせて楽しむなんて悪趣味にも程があります!!」
「ああ、ドッキリ系が苦手なのか」
スピネルは少し納得したようだ。
「だいたいあんなの、結局はカップルがイチャイチャするためのイベントじゃないですか。男子はどうせキャーキャー言って怖がる女子にしがみつかれたいだけなんですよ、下心丸出しです。学びの場である学院でそんな事をする必要ありますか?個人で勝手にやってればいいじゃないですか。馬鹿馬鹿しい」
「何でそんな肝試しへの憎しみに溢れてんだよ…偏見持ちすぎだろ」
「貴方みたいな人には分かりません」
私は唇を尖らせた。
そりゃこいつならちゃんと女子をエスコートして肝試しというイベントをエンジョイできるのだろうが、そうはできない人間だって世の中にはいるのだ。
…そう、実は私も前世では嫌々ながら参加した。
殿下が行くと言っているのに私が行かない訳にはいかないからだ。
特に組む相手がいない場合はくじ引きでペアを決めることになるのだが、私と組んだ子はどうやら殿下と組む事を狙っていたらしい。「なんだこいつか…」という目が辛かった。
さらに肝試しの道中も散々で、私の方が先に悲鳴を上げてしまったり、「きゃあっ」としがみつかれてもどうして良いか分からず固まってしまったりして、「こいつ頼りになんねーな」という目で見られて心底辛かった。
でも悲鳴の件は私だけが悪い訳ではないと言いたい。
からかい半分で男の方ばかり脅かしたがる上級生は絶対に何人かはいるのだ。
そんな消し去りたい記憶を思い出しつつ、ふんと横を向く。
「まあいいです。貴方はどうぞ、好きなだけ女の子にキャーキャーくっつかれて楽しんできて下さい」
「いや俺参加しねえし。あとそれ殿下にも刺さってるからな?」
「あっ…」
しまったと思って殿下の方を振り向くと、殿下は少し落ち込んだ顔になっていた。
「あ、いえ、違うんです!殿下にそんな下心なんて一切ないのは分かってますから!殿下は純粋に肝試しに興味があって、参加してみたいだけなんですよね!そこらのすけべ野郎共とは違います!!」
「……」
急いで取り繕ったが、殿下はなぜかますます落ち込んだ顔になった。
あ、あれ…?
「とどめを刺すなよ…」とスピネルが呆れる。
どうやら間違っていたと気付き、私は大いに反省した。
「…申し訳ありません。殿下のお気持ちも理解せず…」
私とした事が、殿下のお心を見誤るなんて。
「あ、いや、俺は」
「殿下もお年頃でいらっしゃいますからね!少しくらい女子にしがみつかれたり頼られたりしたいですよね!大丈夫です!とても健全なお考えだと思います!!」
「…ぐぅ…」
殿下が胸元を抑えて苦しげに呻く。
「肯定しても否定しても死ぬやつじゃねーか!!もうやめてやれ!!!」
…完全に撃沈した殿下が復活するまでにしばしの時を要した。
「えっと、それで、スピネルは参加しないんですか?なぜ?」
「別に興味ねえし。殿下が参加するんなら俺は脅かし役の方だ」
「ああ…なるほど」
夜間の行事に殿下が参加するというのは少々安全面に不安があるが、スピネルが脅かし役として監視に入るのなら安心だ。
私とは違い、年齢的に上級生の中にも入りやすいだろうし。
「それよりお前だ、お前。参加しろよ肝試し」
「は?なぜですか?」
私はもう前世で懲りたのだ、参加などしたくない。
「あれだけ凹ませといて殿下を一人で参加させる気か?殿下がすけべ野郎扱いされてもいいのか?」
「だから、多少の下心は人として当然だと言ってるじゃないですか!別に興味があってもいいと思います!普通ですよ!すけべなのは!!」
「むっ…ぐっ…」
「さっきと言ってる事違うじゃねーか…。つか本当にやめてやれ、殿下が死にそうだ」
「はっ…!?しまった…」
また殿下が落ち込んでおられる。
おかしいな、前世の殿下はこんなに繊細ではなかったんだが…。
いや、その分きっと純朴で心遣いが細やかだということだ。繊細なのは決して悪いことではないはずだ。
「なあ殿下、こいつ…」
「わ、分かっている。自分でちゃんと言う。…リナーリア」
殿下は今度はすぐに復活した。気を取り直したように私の方を見る。
「俺は、君と参加できたら嬉しいんだが」
「…はい?」
思わずぽかんと口を開けた。
「わ、私とですか?」
「ああ。…つまり、最初から君を誘うつもりだったんだが、その…嫌だというなら、断ってくれて構わない」
そうか、私が嫌がっているものだから言い出しにくかったのだ。
何やらダメージを受けていたのはそのせいか。
正直、本当に肝試しなど好きではない。だが、殿下に誘われたなら行くしかない。
殿下と一緒なら、私も楽しめるかもしれないし…多分…少しくらいは。
「…分かりました。そういう事なら参加しますが…」
ちらりとスピネルの方を見る。
「なんだよ?」
「だって、スピネルも脅かし役をやるんですよね?嫌な予感しかしないんですが」
「あー…」
スピネルは少しだけ斜め上を見上げて、それからニタリと笑った。
「まあ、手加減はしてやるよ。程々にな」
「絶対手加減するつもりないですよねそれ!!」
…そうして、肝試しは行われたのだが。
「このバカ!!肝試しで魔術ぶっ放す奴があるか!!!」
「す、すみません…ちょっとびっくりしてしまって、つい、身体が勝手に」
「ちょっとじゃねえよ!!危うく丸焦げになるとこだったじゃねえか!!」
「でもちゃんとすぐ火は消したじゃないですか」
「おかげで俺はずぶ濡れだけどな!!」
「いやあれはお前も悪いぞ。いくら何でも驚かせすぎだ」
「殿下は全然驚いてなかったじゃねえか」
「驚きすぎて動けなかっただけだ」
「そうだったんですか…」
とまあ、こんな感じで散々だった。
うっかり、ほんの少しスピネルが燃えかけて頭上から水をぶちまけただけなのに、あんなに怒る事はないと思う。
殿下もものすごく慌てていたので申し訳ない。
やっぱり肝試しなどろくなものではないと思ったが、殿下は最後には笑って「楽しかった」と言っていたので、まあいいか。
お盆なので番外編です。
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