世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第128話 幽霊の噂

酷い息苦しさと共に目を覚ました。

背中にじっとりと汗をかき、やけに喉が乾いている。

何か夢を見ていた気がする。誰かに呼ばれる夢…、いや、私が誰かを呼ぶ夢だろうか?

いくら考えても思い出せなくてモヤモヤとする。何だか気持ちが悪い。

 

 

いつも通りに登校したが、授業にも集中できずどこかぼんやりとしたまま半日を過ごした。

まあ内容はすでに理解しているので集中しなくても問題ないのだが、真面目に授業をしてくれている教師に申し訳ない。せめて聞いている素振りくらいは見せなければ。

そうして午前の授業を終え、昼食はカーネリア様やユークレースと一緒に取ったのだが…。

 

「…ねえ、リナーリア様、聞いてる?」

「えっ?」

カーネリア様に呼びかけられ、私は慌てて顔を上げた。

「す、すみません、何でしょうか?」

ちっとも話を聞いていなかった。何だろうと聞き返すと、「それ」と指をさされる。

「あ…」

見ると、皿の上には細切れになったオムレツが散らばっている。オムレツと言うよりまるでスクランブルエッグだ。

どうも無意識のうちにナイフとフォークで刻んでしまっていたようだ。これはかなり行儀が悪い。

 

「今日は何だかぼーっとしてるな、お前」

「すみません…」

ユークレースにも突っ込まれてしまい、小さく肩を縮める。

「まあ、上の空になっちゃう気持ちは分からなくもないけど。…早く殿下が帰ってくるといいわね」

そう言ってカーネリア様はクスッと笑った。やたら微笑ましげな顔だ。

「あはは…」

べ、別にそれだけが原因じゃないんだけどな…。

 

 

「そうそう、殿下で思い出したわ。知ってる?近頃お城に幽霊が出るっていう噂」

「ああ、私も知ってます。セナルモント先生の所に調査依頼が来ていましたので」

細切れオムレツを口に運ぶ手を止め、私はうなずいた。

城内のあちこちでぼんやりと光る人影のようなものを見た者がいるので、それについて調べて欲しいという依頼だ。

 

最初はよくある怪談話かと誰も気に留めなかったのだが、この数ヶ月ほどの間に似たような目撃証言がいくつかあったらしい。

主に夜間見かける事が多いそうなのだが、昼間に見た人もいるという。

城の兵や魔術師の間でも「さすがにこれは何かあるのではないか?」という話になって、王宮魔術師の中でも探知魔術のエキスパートであり、いつも暇そうにしているセナルモント先生が調査担当に抜擢されたという訳だ。

 

依頼を受け、先生は城中を周ってさまざまな魔術を使い、怪しいものや不審な痕跡がないか探った。

私も弟子としてそれを少し手伝ったのだが、結局原因らしいものは何も見つからなかった。

先生は「骨折り損だったよ」とぼやいていたが、では一体、目撃者たちが見たものは何だったのか。

調査が終わった後もやはり幽霊を見たという報告があるようで、もう一度改めて調べてくれとも言われているようだ。

 

 

「昼にも見える幽霊なんて、妙よねえ」

「幻影の魔術とかじゃないのか?」

首を傾げるカーネリア様の横で、ユークレースが眉を寄せる。

私はそんな二人へと首を振った。

「うーん、それならもう少し痕跡が残ってもいいと思うんですよね。セナルモント先生でも分からないほど完璧に隠蔽できるとなると、相当の腕を持つ魔術師です。それこそ王宮魔術師級ですね。そんな人が昼夜を問わず、城の中を何度もフラフラしてるとは思えません。目的もさっぱり分かりませんし…」

 

城は警備が厳重なので、こっそり侵入するなど不可能だ。それも何回もとなると、絶対に無理だと言っていい。

貴族やそのお付きなら堂々と正面から城に入る事ができるが、出入りは門番によってしっかり管理されているし、中はたくさんの衛兵が常に見回りをしている。

何度も通っておかしな魔術を使っていたりしたら必ず衛兵に見咎められるだろう。

 

それに証言の中には、何人かが一緒にいたにも関わらず、人影を見たのはそのうちの一人だけだった…なんてものもあった。

だが幻術は普通、その場にいる全員が同じものを見る。対象者を限定した幻術を使おうとすれば、相手に触れながらでないと難しい。

もしそんな近くで魔術を使っていたなら、例え姿隠しの術を併用していたとしても、誰かが絶対に気付くだろう。

つまりこの幽霊話は、魔術ではどうにも説明しにくいのだ。

 

 

「なんだか不気味な話ね…」

「ええ。今の所、まるで原因が分かりません」

「…もしかして、本当に幽霊だったり?」

「はっ、馬鹿馬鹿しい。お前、幽霊なんて信じてるのか?子供じゃあるまいし」

「…ユーク」

せせら笑ったユークレースに、カーネリア様がにっこり笑った。

 

「貴方ってば、本っ当ーに生意気ね!いつになったらレディに対する態度ってものを覚えるのかしら!!」

「一体どこにレディなんている…だっ、痛、痛い!!耳を引っ張るな!」

「ユークは相変わらず懲りないですねえ…」

騒ぐ二人に思わず呆れていると、後ろの席の1年生らしき男子生徒がユークレースの方を振り返り、何だか羨ましそうな顔をしているのが見えた。

ユークはどう見てもお仕置きをされているだけだが…もしかして彼は被虐趣味でもあったりするんだろうか?

まだ若いのに、ちょっと将来が心配になってしまうな。

 

しかし、幽霊騒ぎか。

よりによって城の中でというのが私も気になっている。前世ではこんなおかしな話は聞かなかったし。

モリブデン侯爵の動きと言い、気掛かりな事ばかりだ。

少し不安な気持ちで、私は冷めきったオムレツを再び口に運んだ。

 

 

 

 

「やあ、リナーリア君。王子殿下なら、ついさっき帰ってきた所みたいだよ」

王宮魔術師団の所に行くと、開口一番セナルモント先生にまでそう言われてしまった。

「……」

「あれえ?喜ばないの?」

「いえ、嬉しいですけど…。なんで私にそんな事を言うんですか」

「だって、ずっと待ってたじゃない。平日なのに何度もここに通ってくるし、連絡係の魔術師の様子も気にしてるしさあ。いくら僕でも、それくらいは分かるよぉ」

「そ…そうでしたか?」

ぐうの音も出ない。そんなに分かりやすい行動をしていたつもりはなかったのに。

 

「国王陛下への報告が終わった後でなら、少しくらい殿下に会えるんじゃない?そのうちこっちにテノーレン君が戻ってくるから、会えそうかどうか様子を尋ねてみたら良いよ」

テノーレンは今回の視察でも護衛任務に就いていたらしい。彼に尋ねれば今の殿下の様子は分かると思うが…。

「殿下は長旅でお疲れでしょうし、私は別に」

「またまたぁ。そんな今更恥ずかしがらなくても、君と王子殿下が仲良いって事は城の皆が知ってるよ?遠慮しないでお帰りなさいって言っておいでよ、きっと殿下も喜ぶよ」

「はあ…」

 

確かに先生の言う通り、今更なのかも知れない。

下手に遠慮してこそこそ様子を窺うより、堂々と会いに行った方がずっと手っ取り早いし確実だ。…不審がられて捕まる事もないだろうし。

友人なのだからそれくらいしてもいいはずだ、多分。

「…そうですね。そうします。ありがとうございます、先生」

「うん」

先生はボサボサ頭を揺らしてにっこり笑った。

 

 

それから、先生が新たに書いたという論文を読ませてもらいながらテノーレンを待った。

先生の論文は前世でもいくつか読んだが、そのどれとも内容が違うように思う。

火竜山で私が迷い込んだ遺跡など、前世では発見されていなかったものが見つかっているからその影響だろうか。

あの遺跡の内部に入る事は未だにできていないようだが、火竜山周辺の土の中からは古代の遺物が複数発掘されていると聞く。

 

そんな事を考えていると、扉がノックされてテノーレンが顔を出した。

謁見のためだろう、服の上に王宮魔術師の正式なローブを着込んでいる。

「あ、やっぱりいた。こんにちは、リナーリアさん、セナルモントさん」

「テノーレン様、護衛任務お疲れ様です」

「お疲れ様~」

「ありがとうございます。あの、王子殿下から言伝です。良かったら後で会いたいと」

「殿下がですか?」

「はい。メイドがリナーリアさんの姿を見かけたと教えてくれたので」

 

どうやら私が魔術師団へ行く所を見ていた城のメイドが、気を利かせて殿下に報告したらしい。

昔からずっと通っているから、すっかり顔を覚えられているしな…。

セナルモント先生が「良かったねえ」と笑い、私もそれに照れ笑いを返す。

直接殿下の顔を見られるのは、やはり嬉しい。

殿下も着替えだとか色々あるだろうから、もう少ししたら会いに行ってみよう。


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