世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第131話 事件の始まり(後)※

「あの、ここ…」

こっちは殿下の居室でも応接室でもないよな…とカーフォルの方を見ると、彼は「あれ!?」と慌てた声を上げた。

「す、すみません!まだ不慣れなもので、道を間違えました…!」

どうやら途中で一つ角を曲がり損ねたな、と私は思う。

 

今は新年休みで王宮内は極端に人が少ない。

カーフォルはまだ衛兵になって日が浅い上、様子がいつもと違うので、道を間違えている事になかなか気付けなかったようだ。まあ気付かなかったのは私もなんだが…。

ここに来るまで全く人とすれ違わなかったしなと思い、おや?とその事に不審を感じる。

…いくら何でも、人がいなさすぎじゃないだろうか?

 

この奥は、城の中でも特に重要な場所だ。

王家の財宝が収められた宝物庫や、門外不出の貴重な書物や歴史書などが蔵書されている書庫などがある。

各扉には厳重に鍵がかけられている上、周辺一体に魔術封じの魔法陣が敷かれている魔術封印区画だ。

入れるのは王族やその側近、そしてここの管理権限を持っているごく一部の王宮魔術師くらいで、貴族だってこの辺りには近寄れない。

私も従者だった前世では何度か入ったが、今世では一切来ていない場所だ。

当然、年末年始だろうとしっかり衛兵が立っているはずなのだが…。

 

 

きょろきょろと辺りを見回した私に、カーフォルが困った顔になる。

「あの、向こうに戻…」

「待ってください。何か変です」

声をひそめてそう言うと、彼はすぐに表情を引き締めた。私が真剣な事に気付いたようだ。

「あまりに人がいなさすぎます。いい加減誰かに見咎められても良い頃なのに」

「そう言えば…」

 

「この先は立ち入り禁止の封印区画のはずですが、もう少しだけ奥に行ってみましょう。もし何事もなさそうなら、衛兵に謝って戻れば良いだけなので」

封印区画にはさすがに誰か衛兵がいるはず。それが確認できたら戻ればいい。

「分かりました」

うなずいたカーフォルに私もまたうなずき返し、辺りに注意を払いながら慎重に歩き始めた。

 

 

 

「やっぱり誰もいませんね…」

すぐに、魔術封印区画の入口まで来た。この辺りは窓もないので薄暗くて寒々しい。

普段は明かりも付いていない場所なので、廊下の奥がどうなっているのかよく見えない。

暗い廊下の先に目を凝らすと、柱の陰に何か黒っぽいものが見えた。

革のブーツ。

誰かがそこに倒れている。

 

 

「…大丈夫ですか!?」

駆け寄ろうと足を踏み入れた途端、魔力を乱される独特の感覚が全身を走った。入ってはならない場所なのだと本能的に感じる。

この中では、いくら意識を集中させようと魔術は使えない。魔力を体外に放出できないし、魔力の操作自体も阻害されるので、身体強化すら使えない。

魔導具や護符なども、魔力の流れが乱されるためにほとんどの物が発動できないのだ。

その事にひどく心許ない気持ちになりながら、倒れている人物の傍にかがみ込み、脈と呼吸を確かめる。

 

「こ、この人は…」

カーフォルが戸惑いの声を上げた。

倒れていたのは衛兵だった。30代くらいの男だが、顔に何となく見覚えがある。城内で何度か見かけたはずだ。

ぱっと見た限りでは外傷はないようだし、命に別状はなさそうだ。

「大丈夫。気を失ってるだけのようです」と言った私に、カーフォルがほっとした顔になる。

彼にとってはきっと先輩だろう。

 

しかし、明らかに異常事態だ。この衛兵を気絶させた人間が近くにいる可能性がある。

このままここにいてはまずい。すぐに離れた方がいい。

「急いで、誰か人を呼…」

そう言いながら立ち上がった瞬間、突然目の前で光が弾けた。

「わっ…!?」

 

 

「…抵抗(レジスト)した?」

耳に届いたのは、どこか聞き覚えのある男の声。

振り向くと、奥の方から背の高い男が私へと駆け寄ってくるのが見えた。

咄嗟に魔術を使おうとするが、魔力が乱され集められない。ここが封印区画だった事を思い出し、慌てて踵を返す。

だが、ドレスの上にコートまで着ているのだ。まともに走れる訳もなく、あっという間に腕を掴まれ、口を塞がれる。

「……!!」

必死で振り払おうとするが、相手の力が強くまるで身動きが取れない。

 

「この娘は、第一王子の…」

さらに、奥からいくつかの足音が聞こえた。

二人の男がこちらに近付いてくる。

まず見えたのは、王宮魔術師のローブを纏った50代半ばくらいの痩せぎすの男。

私も顔を知っている。ゲルマンという名前の、結界術を得意とする魔術師だ。

そして、ゲルマンの後ろにいる男の顔を見て驚愕に目を見開く。

 

 

「リナーリアか。なぜお前がこんな所にいる」

癖のある金髪に不遜な表情を浮かべたそいつは、間違いなくオットレだった。

しかもその手に持っているのは、王家の秘宝の王錫と腕輪ではないのか。

国王陛下だけが持つ事を許される宝物だ。

 

私が愕然としているのを見て、オットレが得意げににやにやと笑う。

…まさか、秘宝を宝物庫から持ち出して来たのか。

鍵を盗んだ?ゲルマンの手引きか?

宝物庫の鍵は、いくら王宮魔術師でもそう簡単に触れられるものではないのに。

 

 

…まずい。よりによって秘宝が盗まれる現場に居合わせてしまうなんて。

しかも魔術が使えないこの場所で、完全に身体を拘束され口も塞がれているのだ。

必死に目だけを動かし、状況を把握しようと周囲を見る。

カーフォルは倒れていた衛兵の上に折り重なるようにして倒れているようだ。気を失っているのか、ピクリとも動かない。

どうやって離れた場所から一瞬で意識を奪ったのか。

さっきの光のせい?何かの道具だろうか?だったらなぜ私は意識を失っていないのか?

 

「どうしますか?」

混乱する私をよそに、低い声でオットレたちに尋ねたのは、私を抑え込んでいる男だ。

さっきちらりと見たが、逞しい身体つきの中年の男だった。知らない顔だったと思う。

「この娘は使えます。連れていきましょう、オットレ様」

ゲルマンがそう言い、オットレが偉そうにうなずく。

「そうだな。役に立ちそうだ」

「……!」

 

何とか拘束から逃れようと焦るが、まるで動けない。下手に動こうとするとすごく痛い。身体に力を入れられないよう、腕の関節を捻り上げられているのだ。

私を捕らえている男は騎士か何かだろうか、とにかく武術の心得があるようだ。腕力そのものも強いが、人を拘束する術を知っている。

どうしたらいい。どうやったら逃げられる。

必死で頭を巡らせようとした時、その場に声が響いた。

 

 

「…リナーリア!!」

 

反対側の廊下から飛び出して来たのはスピネルだった。

城を出る所だったのか、旅装らしきものに身を包んでいる。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

「動くな!!」

だが、剣を抜き放ちこちらに駆け寄ろうとしたスピネルは、その声でぴたりと動きを止めた。

「この娘の命が惜しければ、剣を捨てろ」

声を上げたのは、私を捕らえている男だ。

スピネルが憎々しげに睨み付けるが、男は私を捕らえている腕に力を込めた。関節に激痛が走る。

「……!」

「やめろ!!」

がらんと音を立て、スピネルの剣が石床の上に落ちる。

 

「…そいつを放せ」

「ハッ、丸腰のくせに偉そうに。よくそんな口が利けるな?」

せせら笑ったオットレが、手に持った王錫でスピネルを指した。それが何であるか気付いたスピネルの顔に驚きが走る。

「それを、どうやって持ち出した」

「教える訳がないだろう。丁度いい、貴様で試してやる。…()()

 

 

その言葉に従い、スピネルはゆっくりとその場に膝をついた。

相手を支配する力。王家の秘宝、支配者の王錫の力だ。

「てめぇ…」

「ははは、いいざまだな!前から貴様の事は気に食わなかったんだよ…!」

ぎりぎりと歯を食いしばりながら睨むスピネルに、オットレが愉快そうな笑い声を上げる。

 

「…おい、ゲルマン」

「はい」

オットレに呼びかけられたゲルマンが手をかざす。

「ぐっ…」

途端に、スピネルの身体が斜めに傾いた。

ほんの一瞬だけ私と目が合い、そのまま床に倒れ込む。

 

 

…眠りの魔術だ。

信じられない気持ちで、ゲルマンと倒れたスピネルを見る。

ここは封印区画なのに、ゲルマンはどうやって魔術を?

「オットレ様、この男も連れて行きましょう」

「何?こいつもか」

「はい。王子の従者です、利用価値は高いかと」

 

「チッ…」

オットレは忌々しげに舌打ちをしたが、それ以上何も言わなかった。

「その娘も眠らせます。人が来る前に、急ぎましょう」

ゲルマンが私にも手をかざす。

急速に意識が遠のき、目の前が暗転した。

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