世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第132話 馬車の中

ゴトゴトという音と、身体に伝わる振動で目を覚ました。

やけにゴワゴワとした感触が手や頬に当たっている。ゆっくりと目を開けると、薄暗い中に麻布のようなものが目に入った。

「……?」

何だこれは…とぼんやり考えて、それからすぐに意識が覚醒した。

慌てて跳ね起きようとするが、上手くいかない。両手を後ろ手に縛られているし、ゴワゴワした何かが身体を覆っている。

 

「……!?」

「落ち着け!」

ほとんどパニックになりながらもがく私の耳を、低い声が打った。

「…す、スピネル?」

「ああ。すぐ後ろにいる」

聞き間違えるはずもないその声に、わずかながら安心する。

ごろりと転がって何とか後ろを振り向くと、やはり後ろ手に縛られているらしいスピネルが座り込んでいた。

 

 

見上げた天井は幌で覆われていて、どうやら大きめの荷馬車の荷台のようだった。

周りには麻袋がいくつも積み上げられている。匂いからしてきっと小麦袋だろう。

「あの、これは…」

「見ての通りだ。俺たちは小麦袋と一緒に馬車で運ばれてる」

「私、なんか中途半端に袋に入れられてるんですが」

私の身体は鼻のあたりまで麻袋に入れられている状態だった。袋の端が頬に当たってちくちくする。

「最初は袋詰めにされてたんだ。息が苦しいっつって暴れたら、袋の口だけ開けていったんだよ」

言われてみれば、スピネルの足元には空の麻袋が落ちている。足で蹴って袋から抜け出たらしい。

 

 

とりあえず、ずりずりと身体を動かして半身を起こした。スピネルの横で小麦袋に背を預けて座り込む。

まだ腰から下が袋に入った状態だが、スカートが邪魔になり、袋を蹴ってもそれ以上抜け出せないので諦める。

試しに魔力を集中させてみるが、やはり魔術は使えなかった。

周囲の気配でも何となく分かるが、ここには魔術封じの魔法陣が敷かれている。

 

「何があったか覚えてるか?」

「ええ…」

ズキズキと痛む頭を必死に働かせ、今の状況を思い出す。

「なぜ封印区画になんかいたんだ?」

「カーフォルさんが…あ、覚えていますか?タルノウィッツ領で会った、アイキンの叔父さんです」

「ああ…。城の衛兵になったんだったか」

スピネルも、彼が衛兵に採用された事は知っていたらしい。

「彼が案内してくれていたんですが、道を間違えてしまったみたいで、たまたま封印区画近くにまで行ったんです。そこであまりに人がいなさすぎると気が付いたので、不審に思って…。少しだけ奥を覗こうとしたら、衛兵が倒れていて」

 

 

それを聞いたスピネルは大きくため息をついた。

「それでオットレたちに出くわしたのかよ…」

「はい。王錫と腕輪を持ったオットレたちにいきなり襲われて…魔術が使えないので、捕まってしまいました。…すみません」

あそこに入るべきではなかった。辺りに人がいないと気が付いたその時点で、戻って人を呼んでおけば良かったのだ。

そう思うが、今となっては後の祭りである。

 

「スピネルはどうしてあそこに?」

「…城を出る所だったんだよ。でも入口まで行っても、来るはずのお前とすれ違わなかったから」

「よく居場所がわかりましたね」

「途中で、妙な人影を見たから追ってるって言う衛兵に会ったんだよ。何かおかしい気がしたから、そいつが来た方向に走ったら、案の定だ」

なるほど。やけに人がいなかったのは、衛兵が人影を追って持ち場を離れていたせいか。

以前聞いた、城での幽霊騒ぎはまだ収まっていない。

もしかしてあれもオットレやゲルマンの仕業だったんだろうか。一体どうやったのかという疑問は残るが…。

 

 

改めて馬車の中を見回す。

頭が痛むのはきっと、眠りの魔術を長時間かけられたために起こった副作用だ。

あれから既にかなりの時間が経ったと考えるべきだろう。

そして、私たちが詰め込まれていたというこの麻袋。

わざわざ小麦袋に偽装して私たちを運んでいるのは、積荷を調べられるような場所を通らなければならなかったからだろう。

つまり…。

 

「…ここは、王都の外でしょうか」

「多分、そうだろうな」

私よりも早く目を覚ましていたらしいスピネルも、同じ結論に達していたようだ。

馬車で王都の外門を出入りする際には、身分証や積荷の検査が行われる。

平時はそんなに厳しい検査ではないし、王族のオットレが関わっている荷物ならば余計に対応は甘くなるだろう。

一緒に載せた本物の小麦入りの麻袋を開いてその中身を見せ、どこぞの貴族への新年の贈り物だとでも言えば、簡単に通れたに違いない。

 

「途中で一度、転移魔法陣を使ってたっぽい。おかげでどの辺りなのか全く分からねえ」

転移魔法陣は準備にある程度時間がかかるし、安定して使うには魔導具の補助も必要だ。予め用意していなければ使えまい。

…やはりこれは、秘宝を盗み出すために周到に計画された犯行なのだ。

こんな大それた犯行をオットレが一人で考えたとは思えない。

首謀者は恐らくオットレの父、王兄フェルグソンだ。

 

 

「一番可能性が高いのは、フェルグソンがいる王家の直轄領だろうな。奴の派閥のどっかの領って可能性もあるが…」

「ええ…」

王家の直轄領は、王都から北に離れた場所にある。

オレラシア城という名の、このベリル島がまだいくつもの国に分かれていた頃に建てられた古く小さな城があり、その周辺はこの国を象徴する果物である黄金色のリンゴの特産地としても知られている。

 

王子のうち王位を継がなかった者は、大抵の場合何らかの重要な役職に就くのだが、このオレラシア城の城主もその一つだ。城の管理と直轄領の統治が役目である。

国王陛下と王位を争ったフェルグソンは、国政の中枢から遠ざける意味もあり、オレラシア城主へと据えられた。

以前は王族の避暑地として利用されたりもした場所だと言うが、フェルグソンと国王陛下はあまり仲が良くないので、前世で私や殿下が訪れたことはほんの数度しかなかった。今世でも同じようなものだと思う。

 

 

いずれにせよ、外の様子が見えないので場所について今は考えるだけ無駄だろう。

馬車が目的地に着けば分かりそうだが、そうしたらスピネルとはもう自由に会話できない可能性がある。人質同士にのんびりおしゃべりをさせてくれる誘拐犯などいるまい。

今のうちに情報を共有しておかなければ。

 

「オットレと一緒にいた魔術師、王宮魔術師のゲルマンです。結界術が得意な、相当の腕利きだったと思います」

現在、王宮魔術師団のトップに立つ筆頭魔術師はアメシスト様だが、十数年前にアメシスト様と筆頭の座を争ったのがこのゲルマンだったと聞いている。

「結界術…。それであいつ、封印区画でも魔術が使えたってのか?」

「普通のやり方でできる事ではありません。十中八九、禁術を使っています」

王宮の魔術封印は特に高度で複雑な魔法陣をいくつも組み合わせてある。どんな腕利きだろうと、一人で破れるようなものではない。

 

ゲルマンの、どこか暗い印象を受ける顔を思い出す。

物静かな老魔術師で、人を寄せ付けない雰囲気があった。前世でも今世でも私はほとんど会話した事がない。

「かつて筆頭魔術師の座を争ったアメシスト様を恨んでいるという噂も、聞いた事がありますが…。詳しくは私も知りません」

「なるほどな」

それが動機で、こんな犯行に加担したんだろうか。仮にも王族のオットレはともかく、ゲルマンはもし捕まれば極刑は免れないだろうに。

 

 

「とにかく、あいつらの目的は王錫と腕輪を盗むことだった。お前と俺を攫ったのはあくまでついでだろうな」

「そうでしょうね…」

年始で人が少ない時期を狙ってやったんだろうなと思う。

こんな時に王宮の奥にやって来る人間がいるとは、奴らも思わなかったに違いない。

「…カーフォルさんたち、無事だと良いんですが」

「…ああ」

この荷台にいる人間は私とスピネルの二人だけ。

カーフォルや、倒れていたあの衛兵は連れて来られていないようだ。

最悪の場合、口封じされている可能性もある。アイキンの顔を思い出し、心が痛む。

 

 

「今は、自分が助かる事だけを考えろ」

静かな声でスピネルが言った。

「奴らにはお前を生かしておきたい理由がある。大人しくしていれば、危害は加えられないはずだ」

 

以前、スピネルが言った言葉を思い出す。

私には狙われるだけの理由がある。そう思っている人間がいるのだと。

私を捕らえた男も、「第一王子」という単語を口にしていた。

ただの貴族令嬢に過ぎない私に利用価値があるとすれば、それはきっと、殿下への人質としてなのだ。

 

 

「余計な事は言わず、奴らには逆らわないようにしろ。大丈夫だ、お前や俺がいないと殿下も皆ももう気付いてるだろう。必ず助けが来るはずだ」

スピネルは私の目を見つめ、有無を言わせない真剣な声音で言う。

「…お前の事は、必ず守る」

 

 

スピネルだって、私と同じように捕まって縛られている状態だ。

その言葉には、何の根拠もなければ説得力だってない。

そのはずなのに、きっぱりと言い切ったその声は妙に頼もしく感じられて、こんな状況だというのに不思議と少しだけ安心できる。

 

私はひっそりと微笑むと、わざとふてくされた声を出した。

「だったら今すぐ、この縛ってる縄を何とかして下さい。手が痛いです」

「…それは無理だ」

「あと麻袋がちくちくします。絹の袋に替えて下さい」

「無茶言うな」

「お腹も空きました。プリンが食べたいです。フルーツとホイップクリーム付きの」

「お前な…」

 

つんと顔を背けた横で、スピネルが苦笑する気配が感じられた。

「…お前って奴は、本当に…」

わずかに気の抜けた雰囲気に、良かったとほっとする。

スピネルの事は頼りにしているが、彼がいざという時どういう行動を取るかはもう知っている。

また私を庇って、傷付いたりされるのは嫌だ。

スピネルは私にとっても殿下にとっても大切な友人で、この国に必要な人間なのだ。

 

 

…殿下も、きっと心配しているだろうな。

会いたいという気持ちが湧き上がってくるのを堪え、スピネルの顔を見る。

「二人で、必ず無事に帰りましょう」

「ああ」

力強い返事が返ってくる。

 

手も頭も痛いし、麻袋はゴワゴワするし、ずっと揺れているしで本当に最低な状況だけど。

絶対にくじけるものかと、そう強く思った。

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