世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第133話 王兄フェルグソン

夜半過ぎと思われる時刻に、馬車はどこかに到着した。

しばらくそのまま放置され、まさか朝まで荷台の中じゃないだろうな…と思い始めた頃、幌が開いて男が入ってきた。

城で私を捕らえた男だ。

 

「騒ぐな。怪我をしたくなければ大人しく言う事に従え」

「……」

無言でうなずくと、男は手に持っていた小さな輪を持ち上げ、私の喉元に当てた。

一瞬で輪が広がり、パチンという音と共に私の首に巻き付く。

高魔力持ちの犯罪者を捕らえた際に使う、魔術封じの首輪。それを嵌められたのだと気付き、激しい怒りと屈辱が湧く。

思わず男を睨みつけそうになるのを、唇を噛んで何とかこらえた。畜生。

 

 

私が怒りと戦っている間に、スピネルも同じものを嵌められたようだ。

男に「降りろ」と促され、スピネルの後に続いて外に出る。

結構高い荷台だったので飛び降りた拍子にスカートが捲れた気がしたが、それどころじゃないので気にしない事にした。

 

降りてすぐに目に入ったのは、兵士らしい数人の男と魔術師のゲルマン。

それから、高い石壁。

そびえ立つ壁を見上げて確信する。オレラシア城だ。やはり直轄領に連れて来られたらしい。

辺りは暗いしこの至近距離からでは壁の全容など分からないが、これだけ大きな石造りの建物など他にないだろう。

馬車はどうやら、城の裏口に停められたようだ。

 

 

 

明かりを持った兵士の先導で、人気のない暗い廊下を歩く。

やがて一つの部屋の中へと案内された。

応接室のようで、やや古びた調度品が置かれている。

 

ソファの上にふんぞり返っていたのは、想像通りの人物だった。

王兄フェルグソン。

隣にいる息子のオットレとよく似た顔立ちだが、より狡猾そうな雰囲気を持っている男だ。

私とはほとんど関わりがなかったので、今世でも前世でもせいぜい挨拶程度しか交わした事はない。

特に殿下の従者だった前世ではその挨拶すら無視されがちだった。思い出しても腹が立つ。

フェルグソンの顔はほんのり赤らんでいるように見えた。もうかなり遅い時間だと思うが、酒でも飲んでいたのか。

 

「ふむ…秘宝を手に入れるついでに、こんな拾い物をするとはな。運がいい」

フェルグソンがにやにやと笑って私やスピネルをじろじろと見る。ひどく不躾な視線だ。

「…お前の目的は何だ」

笑うフェルグソンに、スピネルが問いかけた。

私は口を出さないようにと馬車の中で言われていたので、隣で黙って様子を見守る。

 

「玉座の簒奪か?」

続いた問いに、フェルグソンは赤らんでいた顔を更に赤くした。

がん、と拳をテーブルに叩きつける。

「簒奪などではない!!正当な権利を取り戻すだけだ!!」

その傲慢な物言いに吐き気がし、思わず顔を背けた。腸が煮えくり返りそうだ。

フェルグソンが玉座に就けなかったのは、その傍若無人な振る舞いを改める事なく繰り返し、周りの貴族たちの信頼を失っていったからだ。

自業自得だと叫んでやりたい。

 

 

「そいつは申し訳ない、フェルグソン殿。悪気はないから、そう怒らないでくれ」

怒りを顕わにするフェルグソンに、スピネルは後ろ手に縛られたままの肩をすくめた。人を食った態度だ。

「口を慎め」

横にいたゲルマンが低い声で言ったが、スピネルはお構いなしに話を続ける。

「まあ、そう言わず聞いてくれ。話によっちゃ、俺もあんたら側に付いてもいい」

「何…?」

フェルグソンとオットレが揃って驚く。

私もまた、びっくりして顔を上げスピネルを振り返った。一体何を言い出すのか。

 

「…そんな言葉を信じると思うのか?お前は王子の従者だろう」

フェルグソンたちもさすがに全く信じていないようだ。胡散臭げにスピネルを睨み付ける。

「俺だってこんな所で殺されるのはごめんなんだよ。…()()で操られるのもな」

スピネルはそう言って、オットレの持っている王錫を顎で示す。

 

「今の時点であんたらに逆らった所で、俺には何も得がない。分かるだろう?」

確かに今、殊更に奴らに逆らってみせても何にもならない。ただいたずらに神経を逆撫でし、自らを危険に晒すだけだ。

しかし、だからと言って…。

「ふむ…」

フェルグソンが考え込むように顎を撫でる。

 

 

口を挟んだのは、話を聞いていたゲルマンだった。

「だが、逆らわないのとこちら側に付くのとでは大きな隔たりがある。こちらに付くと言うのならば当然、フェルグソン様の役に立ってもらうぞ」

「そうだな。…差し当たっては、うちの親父…ブーランジェ公爵をあんたら側に引き入れるための情報…なんてのはどうだ?」

「何だと…?」

鉄面皮を貫いていたゲルマンも、この言葉にはさすがに驚いたようだ。

 

「うちの親父は、10年前から領内での魔石の採掘を王国に申請していた。でも、許可は降りなかった。ブーランジェの権力が増すのを恐れたブロシャン公爵家が邪魔をしたって話だ」

その話は私も知っている。ブーランジェ領内に魔石の鉱脈がある山が見つかったという事で、王宮魔術師団が調査に行くのを前世で何度か見たからだ。

しかし許可が降りなかったのは、その山の地下にはガスが多く含まれていて、採掘は危険だと判断されたのが理由だったはず。

ブロシャン家が邪魔をしたという噂もあった事はあったが、ただの与太話だったはずだ。

 

「この件を親父は根に持っている。魔石の利権は巨大だ。採掘の許可をちらつかせれば、きっと話に乗ってくる」

「……」

半信半疑の様子で考え込むフェルグソンやゲルマンに、スピネルは更に畳み掛ける。

「他にも、パイロープ家やゲータイト家の弱味に、ランメルスベルグ家の隠れた噂。使える情報はいくらでも持ってる。…王子の従者が持つ情報網を、欲しいとは思わないか?」

 

私にも何となく心当たりがあるものもあれば、ないものもある。

今挙げられた家名はどれも大きな権力を持つ家のものばかり。

しかも、現国王陛下やその大きな支持基盤であるブロシャン家派閥とは、付かず離れずの距離を保っている家ばかりだ。

玉座の簒奪を企むなら、そういう家はできるだけ味方につけたいだろう。

 

 

「…逆に問おう。お前はそれで何を望む」

しばしの沈黙の後、再び口を開いたのはゲルマンだ。

「まさか命乞いのためだけに、そんな情報を寄越す訳ではあるまい」

「まあ、まずはこの縄を解くことだな。それから清潔で柔らかいベッドだ。後は温かい食事と酒。こちとら朝から何も飲み食いしてないんだ」

「欲のないことだな」

フェルグソンが眉をしかめる。その程度の望みを言われても、とても信用できないという顔だ。

それを見てスピネルはにやりと笑う。

「いきなり本当の望みを口にするほど俺も馬鹿じゃない。まずはあんたらに信用してもらうのが先決だ」

 

「どう思う、ゲルマン」

フェルグソンはゲルマンに尋ねようとしたが、ゲルマンが答えるよりも早く、イライラした様子のオットレが立ち上がった。

手に持った王錫をスピネルへと向ける。

「まどろっこしい。こうすれば済む話だ。…今の話は本当か?《正直に答えろ》」

 

「…嘘は言っていない」

スピネルはそう答え、それから忌々しげにオットレを睨んだ。

とりあえず納得したのか、「ふん」と鼻を鳴らしながらオットレがもう一度座る。

「オットレ、秘宝の力を軽々しく使うな」

「…はい、父上」

フェルグソンに注意され、オットレは不承不承うなずく。

 

 

 

「…良いだろう。とりあえずは信用してやる」

「それはありがたいね」

フェルグソンの答えにスピネルは嫌味っぽく笑った。それから、「あともう一つ」と付け足して私の方を見る。

「彼女の事は丁重に扱え。あんたらも分かってると思うが、()()()()()()()()()()()()()はするなよ」

ついスピネルの方を見返したが、スピネルはすぐに目を逸らした。

私はただ、困惑したようにうつむく。

 

…スピネルが殿下を裏切るような事をするはずがない。これは演技だ。

先程スピネルは王錫の力で無理矢理答えさせられていたが、その返事は「嘘は言っていない」だった。

嘘ではないからと言って全部が本当だとは限らない。咄嗟に、矛盾せずに答えられる返事をしたのだろう。

だが、下手に私が口を挟んだらボロが出てしまう可能性がある。事前に言われていた通り、この場では黙っているべきだ。

 

 

フェルグソンは少し考えた後、鷹揚ぶった仕草でうなずいた。

「娘は西の塔の部屋に入れろ。口の堅い侍女を一人選んで世話をさせてやれ。この男は地下牢の一番奥だ」

「おい!」

抗議の声を上げたスピネルに、フェルグソンがふふんと笑う。

「清潔なベッドとやらはブーランジェ公爵の話の裏が取れてからだ。だがまあ、食事くらいは融通を利かせてやろう。…連れて行け」

フェルグソンが目配せをすると、後ろに控えていた兵士たちがスピネルの両側に立った。そのまま部屋の外へと連行されて行く。

 

私の前にも、一人の兵士が立った。

「こちらへ」と促され、弱った素振りで小さくうなずく。

今はなるべく大人しくか弱いふりをしておいた方が良いだろう。どの程度効果があるかは分からないが…。

それに、ずっと縛られて馬車に揺られていたのでひどく疲れているのも本当だ。

いざという時のためにできる限り身体は休めよう。

 

去り際、オットレが私の方を見てにやにやと笑っていた。

粘つくような視線に鳥肌が立つ。気色悪い。

覚えていろ。必ず裁きを受けさせて、玉座の簒奪など企んだ事を後悔させてやる。

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