世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

171 / 292
挿話・22 静かな決意

「…二人はまだ見つからないのか」

エスメラルドの問いかけに、王宮魔術師のセナルモントは静かに首肯した。

「はい。何も…」

その隣に立った近衛騎士団長のスタナムも、わずかな悔しさを顔に滲ませて答える。

「申し訳ありません。力は尽くしているのですが…」

 

その言葉が嘘ではない事は、二人の顔色を見れば分かる。

特にセナルモントだ。目元には隈が浮き、はっきりと疲れが見て取れる。

リナーリアとスピネルの二人が姿を消してから既に4日。

その間、最も懸命に二人を探していたのは間違いなくこのセナルモントだろう。休みもろくに取っていないに違いない。

なぜならこの魔術師は、リナーリアの師匠でもあるのだ。変わり者だがとても優秀な魔術師だと彼女が自慢するのを、エスメラルドも聞いた事がある。

とても優しい先生なのだ、とも。

 

 

 

4日前、朝から尋ねてくるはずだったリナーリアは、昼近くになっても姿を表さなかった。

不審に思ったエスメラルドは侍女に命じ、城の入口まで様子を見に行かせたのだが、侍女は少し慌てた様子で兵士を伴い戻ってきた。

リナーリアはもう数時間前には城に到着していたと言う。

門番がそれを確認していたし、使用人のための待合所には、彼女が連れてきた使用人と護衛がしっかりと待っていた。

 

数人の兵士が急いで城の中を捜し回ったが、彼女はどこにもいなかった。案内を担当したはずの衛兵もいない。

城内を警備中の衛兵のうちの一人はこう言った。

「リナーリア様を探しているというスピネル様に会いました。しかし自分は怪しい人影を追っている最中だったので、姿は見ていないと答えてそのまま別れました」

また別の兵士はこう言った。

「スピネル様がリナーリア様を連れてどこかへ行くのを見ましたが、王子殿下の所に向かっているものと思い、気に留めませんでした」

 

スピネルはその日、ブーランジェ領への里帰りに出立したはずだった。

話を聞くためすぐに彼の後を追おうとしたが、しかし彼が乗るはずの馬車は表に停まったままだった。

途方に暮れていた御者が言うには、先に荷物を積んだ後ずっと待たされているのだと言う。

彼の姿もまた城内のどこにもなく、彼が城を出る所を見た者もいない。

 

 

…いくら何でも、これはおかしい。

顔色を変えたエスメラルドにより、新年休みの中でも出仕していた数名の近衛騎士と王宮魔術師が呼ばれ、人手を集めて改めて城内とその周辺が捜索される事になった。

しかし夜遅くまで捜しても、二人の姿は見つからない。

 

その代わり、リナーリアを案内していたはずのカーフォルという衛兵が、物置の隅で気絶している所を発見された。

カーフォルはすぐに目を覚ましたが、その記憶は曖昧だった。

城の入口で彼女と会い、王子の所まで案内しようとした事までは覚えているが、その後はあやふやでほとんど思い出せないと言う。

スピネルを見たかという問いには、「分からない」という答えだった。

 

 

 

翌日は捜索範囲を大幅に広げ、知らせを聞いて駆けつけたセナルモントや緊急招集された騎士、兵士、魔術師たちによって更なる捜索がされたが、やはり二人は見つからなかった。

城内で二人を見たという証言がわずかに得られただけで、その先が全く分からない。

 

セナルモントはまず、人探しのための探索魔術を繰り返し使ったが、それには何も引っかからなかった。

セナルモントは探知魔術においては王宮魔術師団の中でも一二を争うという。その彼にも見つけられないのなら、魔術的な隠蔽が施されている可能性が高い。

そこで、城内で魔術が使われた痕跡そのものを探ってみる事になった。

優秀な騎士や魔術師である二人を捕らえようと思えば、麻痺や眠りといった魔術の使用や戦闘は避けられない。きっと何か痕跡が残っているはず。

しかし、それもまた早々に暗礁に乗り上げていた。

 

 

「…城内にはやはり、ほとんど痕跡がありません。幻影魔術の痕跡はいくつもありましたが、これらは恐らくわざと残されたものです。どれを辿ってみても、ごくありふれた誰でも使える魔術構成にしか行き着かない。使用者の特定には至りません」

「手がかりらしきものをわざと多く残し、捜索者の目をそちらに向けて時を稼ぐ。そうしている間に、本当の痕跡は時間経過によって消えたり、あるいは隠されてしまったりするのです。これは魔術の痕跡に限らず、足跡だとか匂いだとか、そういったものでも同じです」

セナルモントの説明を補足したのはスタナムだった。

スタナムの方は騎士や兵士を使った人海戦術により、物理的な痕跡や目撃者証言を探しているのだが、やはり目ぼしい情報は得られていない様子だ。

 

セナルモントが説明を続ける。

「城の外…王都内についても調査していますが、王都にはたくさんの魔術師がおりますし、彼らは日常的に様々な魔術を使っています。それらのノイズを排除しつつ調べるのは難しいですし、時間も経過しております。何か見つかる可能性は低いでしょう」

「…うむ」

「外門については、魔術処理が施された馬車が通過した形跡はありました。しかし当日はちょうど、新年の祝いの品が特に多く王都と各領とを行き来する日でして…。品物を日持ちをさせるための凍結魔術や、家畜を静かに運ぶための鎮静や眠りの魔術がかけられた馬車も多かったのです。それらの中に紛れていたのならば、追跡は非常に困難です」

 

「……」

エスメラルドは無言で唇を噛んだ。

分かっていた事だが、改めて「何の手がかりもない」と聞かされると焦燥感が募る。

ただこうして報告を待つだけの自分がもどかしく、腹立たしくて仕方がない。

二人が今頃はどこかで苦しみ困っているのではないかと思うと、居ても立っても居られない気持ちになる。

 

 

 

「…これは間違いなく、周到に用意した上で行われた犯行と思います。しかし恐らく、その最中で想定外の事態も起こっています」

「想定外?」

顔を上げ聞き返したエスメラルドに、セナルモントは真剣にうなずいた。

「例えば、リナーリア君を案内したカーフォルという衛兵。彼の記憶には明らかな改竄の跡が残っています。これだけ周到ならばもっと巧妙に改竄できても良いはずなのに、わざとぐちゃぐちゃに荒らしてごまかしている」

カーフォルは、事件当日までの一週間ほどの記憶が一部曖昧になっているという。事件とは特に関係ない記憶でも、はっきり覚えていたり全く覚えていなかったりするそうなのだ。

魔術によって記憶を荒らされている、とカーフォルを診た医術師は言っていた。

 

「細かな隠蔽をするだけの時間がなかった…そう考えるのが自然だと思います。そもそもリナーリア君やスピネル殿が目的なら、城の外で狙った方がずっと簡単だ。つまり、犯人の目的は別にあり、二人はそれに巻き込まれただけなのではないかと僕は思います」

「だが…」

セナルモントの言葉にスタナムは何かを反論しかけたが、エスメラルドの方を見てそのまま口を噤んだ。

 

…スタナムが何を疑い、そして何を憚って口を噤んだのか、それは分かっている。

しかしその可能性は考える必要のないものだ。

エスメラルドは、彼を信じている。

 

 

あの日、スピネルが里帰りのために用意したはずの馬車の行き先は、ブーランジェ領ではなかった。

御者の男によれば、王都からほど近い宿場町に行く予定だったと言う。

その宿場町には乗り換える予定だったらしい別の馬車もあったのだが、そちらは「東に向かう」という曖昧な予定しか聞かされていなかった。

そして前もって馬車に積まれていた荷物には、携帯食料やカンテラ、コンパスといった、旅人のような道具類が入っていた。

更に、ここ数ヶ月の間は行先不明の外出が多かっただとか、王都内で魔術師らしき人物と会っているのを見かけただとかいう証言も複数出てきた。

 

スピネルの父であるブーランジェ公爵は今回の件の知らせを聞き、複数の転移魔法陣を経由してすぐに王都へと戻って来た。

到着したその足で登城した公爵に何か知らないかと尋ねた所、公爵はスピネルからは「新年休みの間は武者修行をしてくる」と聞かされていたと言う。

詳しい行き先は知らないとの事だった。

 

ブーランジェ公爵は私兵を投じて捜索に参加する事を願い出たが、状況を鑑み、それは許可できないという判断が近衛騎士団長によってなされた。

公爵は現在、王都の屋敷内で自主的に謹慎している状態だ。

 

 

 

…客観的に見て、スピネルは怪しいのだろう。

最後にリナーリアと一緒にいる所を目撃された人間であり、ここ最近は不審な行動が目立っていた。

彼がリナーリアを攫った犯人で、不審な行動はその準備のためだったのではないか?という疑いが出て来るのは理解できる。

動機だって分かりやすい。スピネルにとって彼女が特別な存在なのは明らかだ。

 

ここ最近何かを調べ回っている様子だったのはエスメラルドも知っていた。王宮魔術師団や図書館で何かの資料を読んでいたという話も聞いた。

だが何を調べていたのか、エスメラルドを始め誰も聞かされていないのだ。

城の外で魔術師に会っていたというのも知らない。

 

しかしスピネルが彼女の事を欲したとして、こんなやり方は決してしない、とエスメラルドは強く思う。

頼れる従者であり親友でもある彼が、主を裏切り彼女を傷付けるような真似をする訳がない。

二人は何らかの事件に巻き込まれ、それで姿を消したのだ。

誰にも言わず何かを調べていたのも、理由があってやっていたに違いない。

 

 

 

「…ジャローシス侯爵は、明日到着予定だったか」

尋ねると、スタナムが答えた。

「王宮の兵士数名と魔術師とで迎えに行かせました。リナーリア様の護衛騎士も同行しています。魔術師には転移魔法陣用の魔導具を持たせましたので、今夜のうちに到着するかと」

リナーリアの両親であるジャローシス侯爵夫妻は現在、嫡男であるラズライトを領に残し王都に向かっているはずだ。この島の東端にある遠い領なので、到着には時間がかかっている。

 

「到着したら知らせてくれ。俺も会おう」

「はっ。…しかし殿下、お疲れなのでは?顔色が優れませんが」

「…そうか?」

ここ数日あまり眠れていないせいかもしれない。寝付けないし、夢見も悪い。

だが今本当に辛い思いをしているのも、労苦を重ねているのも、自分などではないのだ。

 

「お前たちの方こそよほど顔色が悪い。後は部下に任せ、今日のところは一旦休め」

「…はい。ありがとうございます」

スタナムとセナルモントはそれぞれ礼をすると、部屋を退出していった。

その後ろ姿を見送り、窓際へと歩み寄る。

 

 

窓の外を見上げると、灰色の雲が垂れ込めていた。

まるで今の状況のようだと思い、頭を振ってそれを振り払う。下らない考えだ。

 

…冷静になれ、と自らに言い聞かせる。

この曇り空だっていつかは晴れる。

兵や魔術師たちは必死に捜索を続けてくれているのだ、必ず手がかりは見つかるはず。

それにあの二人は強い。今もきっとどこかで、無事に帰るために戦っている。

 

揺らぐな。信じろ。

ただ不安に慄き、心配を続けた所で何にもならない。二人のために今できる事をするべきだ。

自分に一体何ができるのか、しばし考えを巡らせる。

 

 

まずは毅然とした姿を皆に見せる事だ。

上に立つ者が、落ち込み動揺している姿など見せてはいけない。

それに皆は自分に遠慮して耳に入れないようにしているようだが、陰では口さがない者たちがこの件について、横恋慕だの駆け落ちだのと面白おかしく噂話をしている事には気が付いている。

今はほとんどの貴族が王都を留守にしているが、耳聡い貴族たちもあれこれと想像を広げているだろう。

二人が戻って来た時、そんな風評に晒されるのは不条理だ。

そんな事は決してあり得ないし、エスメラルドは二人が無事帰って来ると信じているのだと、態度をもって示さなければ。

 

他にできる事と言えば、捜索に加わっている者たちの労をねぎらう事だろうか。

彼らもきっと、何の収穫も得られていない現状には落胆している。いたわり、励ましてやるべきだ。

ただ、捜索中に顔を出して邪魔になってはいけない。

朝集まった所にでも行けばいいだろうか。後で誰かに相談してみよう。

 

 

今すぐできる事は少ない。だが、それを情けなく思うのは後回しだ。

あの二人には今までたくさんのものをもらってきた。少しずつでもそれを返すために、やれる事は何でもやろう。

重たい雲を睨み付けながら、静かにそう決意した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。