世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第136話 起死回生の一手(前)

囚われて8日目、兵士に連れられたスピネルが会いに来た。

「リナーリア、元気だったか。不都合はないか」

「げ、元気、です。ふ、不都合は、いっぱいありますけど…」

久し振りに人と会話できる事につい気持ちが昂ぶり、少しどもってしまった。スピネルがわずかに眉を曇らせる。

 

「…多少の不都合は仕方がない。もう少しの間我慢してくれ」

「はい…。あの、スピネルはどうですか?」

「俺は元気だ。この通り、ある程度自由にもさせてもらっている」

スピネルは私と同じく魔術封じの首輪を着けたままだし、剣もないが、手枷はされていなかった。服装もきちんとしているし、顔色も悪くないように見える。

何より、こうして私に会いに来ている。フェルグソンたちから多少の信用を得られたという事か。

 

「約束は必ず守る。だからお前は、信じて待ってろ」

スピネルはそう言うと、兵士に促されて去って行った。

ほんの短い時間だったが、彼の顔を見られて物凄く安心した。

元気そうで本当に良かった。

…大丈夫だ。きっと大丈夫。

 

 

 

そして10日目。既に日にちの感覚がおかしくて自信がないが、多分10日目。

何だか眠いのはよく眠れていないからだろう。

睡眠時間は嫌というほどあるのだが、一日中何もしていなくて身体が疲れていないからか、眠りが浅くなっているようだ。いくら寝ても寝た気がしない。

何か暇を潰せるもの、できれば本が欲しい。

あるいは紙とペンだ。だが魔術を封じているとは言え、魔法陣の知識を持つ魔術師にそんなものを渡す訳がない。

こういう時普通の人はどうするんだろうと考え、すぐにバカな考えだと気付いた。

普通の人は、窓もろくにないような部屋に10日も閉じ込められたりしない。

 

デーナとは相変わらずほとんどコミュニケーションを取れていないが、それでも少しずつ反応が増えてきた気がする。

今朝などは、後ろ髪に寝癖がついている事を教えたらかすかに照れ笑いをしていた。

ちょっとは心を開いてくれたのだろうか。

「城内で背の高い赤毛の人を見ませんでしたか」という問いにも、小さくうなずいてくれた。

それ以上の事は聞けなかったが、スピネルがある程度自由にしていると言っていたのは本当らしい。

 

 

ベッドに腰掛け、ただ壁を見つめてぼーっとしていると、誰かが塔を登ってくる足音が聞こえた。

何だろう。時計はないが、今が食事の時間ではない事くらい分かる。

それに足音がデーナと違って大きい。男の足音のような気がする。

そう思っている間にがちゃがちゃと鍵が開けられ、扉の向こうから人が姿を表した。

 

「…オットレ様」

正直言って敬称を付けるのも腹立たしいが、怒らせてもまずい。なるべく感情を消して呼びかける。

オットレは口の端を吊り上げて笑った。

「思っていたより元気そうだな、リナーリア」

「……」

どんな嫌味だ。相変わらず癪に障る。

 

 

「私に何の御用ですか?」

椅子に座り偉そうに足を組んだオットレに、そう尋ねてみる。

「僕はそろそろ王都に戻るからな、その前に顔を見に来た。もっと早く来たかったのにゲルマンがうるさくてな」

そう言えば、そろそろ学院は新学期が始まる頃か。日にちの感覚が薄れていたから忘れていた。

かなり遠い領の者を除き、生徒たちは王都に戻って来ている頃だろう。

…王都では私やスピネルの扱いはどうなっているんだろう。

学院が始まれば、私たちが行方不明という話はあっという間に広まってしまいそうだ。もう広まっているかもしれないが。

生徒に広まれば、当然親の貴族たちにも広まる。

 

「王都がどうなっているか気になるか?」

その問いに、私は無言でうなずいた。こいつに聞くのは業腹だが、情報は喉から手が出るほど欲しい。

「エスメラルドは多くの兵や魔術師を動かしてお前たちの行方を捜索してるようだ。特に手がかりは得られていないらしいがな」

オットレはにやにやと笑いながら言った。

やはりそうか、と思う。

私たちが拉致されたのは魔術封印区画だ。いくら探知魔術を使っても魔術的な痕跡は見つけられない。

そして封印区画外の痕跡については、秘宝を盗むという計画を立てた時点で万全に対策していただろう。

 

「さらに王都では、あの赤毛野郎がお前を攫ったとか、駆け落ちしただとか噂が流れてる」

「え…えっ!?」

赤毛野郎とはスピネルの事だろう。なぜそんな噂が。

確かに私たちが付き合っているとかいう噂が流れていた時期もあったが、近頃は消えていたはずなのに。

いや、二人同時に姿を消したならそういう可能性も疑えるのか…あるいは、フェルグソンたちが目くらましのためにわざとそういう噂を流した?

 

動揺する私を、オットレが見下ろす。

「エスメラルドは、その噂を信じたそうだ」

「……!」

そんなはずがないと、そう叫びそうになるのを咄嗟に飲み込む。

こいつに言った所で何にもならない。それどころかきっと、面白がられるだけだ。

 

 

だが、私のその沈黙をオットレは別の意味に捉えたらしい。

「ふん…僕もすっかり騙されたぞ。てっきりエスメラルドの女だと思っていたのに、赤毛野郎の方と恋仲だったとはな。それともあれか?二股をかけていたのか?」

「な、何を」

何を言ってるんだこいつ。アホか?脳が腐ってるのか?今すぐぶん殴ってやろうか?

そんな考えが一瞬で頭に浮かんだが頑張って堪えた。クソ。魔術さえ使えれば…。

 

「せっかく隠してたのに残念だったな。王都じゃもう色々バレてるそうだ。赤毛野郎がせっせとお前に会いに行ってた事も、逢引用の馬車を用意してた事もな」

…何の事だかさっぱり分からん。

スピネルが私に会いに来ていた?もしかして、スピネルが度々城を留守にしていた件か?私は全く行き先なんか知らないんだが。

それに馬車ってなんだ。何の心当たりもない。

「そのせいでブーランジェ公爵は王都で謹慎中だ。孝行息子を持ったものだな」

 

「……」

オットレが嘘を言っているようには見えない。

王都の人々の間でスピネルが疑われているのは確か、という事か…?

だが、あくまで疑われているだけのはずだ。そうでなければ、ブーランジェ公爵は謹慎では済まずに捕らえられているだろう。

 

 

「赤毛野郎は、あっさりお前との仲を認めたぞ。もうエスメラルドの元には戻れないと思ったらしいな。僕たちに協力する代わり、僕が王となった暁にはお前と結婚させろと言ってきた」

「えっ…」

思わず混乱しそうになる頭を必死で回転させる。

…そうか、私の安全を確保するためだ。

それなら私は殿下への切り札だけでなく、スピネルに対しての褒美としても扱われる。スピネルが生きている限りは殺されない。

 

「エスメラルドには同情するよ。自分の従者に女を寝取られるなんて」

オットレはいちいち下卑た言い方をする。最低な奴だ。

「それでも必死にお前を探している所を見ると、よほど未練があるんだろうなぁ?」

ニヤついたその顔が非常に不愉快だ。

…こんな奴の言う事を気にする必要などない、と自分に言い聞かせる。

こいつになど分かる訳がないのだ。

殿下とスピネルの間にある友情も、信頼も、忠節も。

 

 

 

「おい…何とか言ったらどうだ」

ひたすら黙っていると、突然ひどく苛立った声で言われて顔を上げた。

「…どいつもこいつも、苛々するんだよ。秘宝を取ってきたのも王位継承権を持っているのも、この僕なんだぞ」

「……?」

急に機嫌を悪くしたオットレに戸惑う。いきなりどうしたんだ?

 

「…なのにゲルマンもフランケも、父上にばかり従って!僕の言う事は聞こうとしない!!」

がん、と拳をテーブルに叩きつける。その音に驚き、少しだけ肩が揺れた。

よく分からないが、父親の下についている今の境遇に不満があるという事か…?

私から見れば、オットレはフェルグソンそっくりすぎて片腹痛いのだが。

 

「あの赤毛野郎もだ!!父上にはへつらう癖に、僕の事は無視だ!本当に気に入らない…!」

オットレが立ち上がり、憤懣を露わにした顔で私を見下ろす。

その形相に思わず後ずさりしそうになったが、今の私はベッドに腰掛けているので下がるに下がれない。

「…いい顔だな。取り澄ましているよりずっと可愛げがある」

オットレが浮かべた笑みに、背筋がぞわりと粟立った。まずい、と本能が警鐘を鳴らす。

逃げなければと思うが、逃げ場がない。




19時台に後編投稿します。
なんとかピンチを脱する所まで行きますのでご安心下さい…。
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