世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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挿話・23 光明(後)

 それからしばらく後、エスメラルド、スタナム、セナルモントは再び会議室に集まっていた。

 更に、筆頭王宮魔術師のアメシストもいる。

 王宮魔術師団のトップに立つこの老魔術師は高齢と持病のため、表立った業務からはほとんど退いている。今回の事件でもセナルモントなどに調査を任せているのだが、宝物庫周辺の魔術封印を管理している人物でもあるため、急遽呼ばれたのだ。

 このアメシストはエスメラルドの剣の師匠であるペントランドとは同期であり、友人でもあるというが、年の割に若いペントランドと比べるとずっと年上に見える。

 

 

「…まさか、秘宝が盗み出されていたとは…」

 苦々しげに口を開いたのはスタナムだ。

 慌てて開けられた宝物庫の中からは、王家の秘宝である王錫と腕輪が綺麗に消え去っていた。

 侯爵令嬢と王子の従者が揃って姿を消しただけでも大事件なのに、秘宝が盗まれたとなると国家の問題にまで発展する。

 とりあえず大急ぎで他に被害がないか確認させているが、今の所他の財宝に手が付けられた様子はないようだ。

 

「一体どうやって盗み出したんだ。あそこは厳重に鍵がかけられているし、魔術封印区画になっているだろう」

「少なくとも、魔術封印の魔法陣に異常は見られませんでした。また、鍵が持ち出された形跡もありません」

 エスメラルドの疑問にアメシストが答える。

「考えられるとしたら、封印の効果を消すような魔法陣か魔導具…そういったものを体内に仕込む方法でしょうか。それで封印区画内で解錠の魔術を使い、宝物庫に侵入した…」

 

「そんな事ができるのか?」

「禁術を使用したならば…。しかし、人体に対して行う術になりますから非常に危険です。失敗すれば命を落とすか、良くても二度と魔術を使えなくなる。正気の沙汰ではない」

 アメシストは深い皺の刻まれた顔を厳しく強張らせて言う。

 人体への禁術の危険さは、昨年のタルノウィッツの事件でエスメラルドもいくらか知っている。生半な覚悟でできることではないはずだ。

 

「盗まれたのが新年パレードの後なのは間違いありません。パレード後、私とアメシスト殿とで確認し、宝物庫に収めましたので」

「いつ盗まれたかは分からないのか?」

 付け加えたスタナムに、エスメラルドは問いかける。スタナムとアメシストが揃って首を振った。

「普段は一切扉を開けない場所です。次に確認をするのは一ヶ月後の予定でした」

「魔術封印区画では、あらゆる魔力が乱され霧散します。禁術で一時的に魔術を使ったなら、痕跡は残りません」

 

 

 

「…リナーリア君は、秘宝を盗んだ犯人に捕らえられたという事でしょうか。スピネル殿も…」

 しばしの沈黙の後、口を開いたのはセナルモントだ。

「先程は話が途中になってしまいましたが、殿下はなぜあれがリナーリア殿の使い魔だと?」

 改めてスタナムに尋ねられ、エスメラルドは説明をする。

「あれは、ミナミアカシアガエルというとても珍しいカエルだ。ジャローシス領にのみ棲む固有種で、あの領の者かよほどのカエル好きでなければ知らないだろう。俺とリナーリアが親しくなったのは、このカエルがきっかけだったんだ」

 

 …今からもう6年以上も前の事だ。

 城の薔薇園で彼女と、一緒にあのカエルを見ようと約束をした。

 そうしてジャローシス屋敷を訪れたエスメラルドは、彼女と友人になったのだ。

 あの時の彼女の笑顔と、胸に湧き上がった不思議な温かい気持ちを、決して忘れはしない。

 

「なるほど…そういう事でしたか」

 納得したスタナムに、セナルモントが呟く。

「何かリナーリア君の魔力が込められたものがあれば、この血文字に残留した魔力と比較し、本人のものか確認できるんですが…。ジャローシス侯爵に連絡を取ってみましょう」

「それなら俺が持っている」

 エスメラルドは服の中に手を入れると、首から護符を外した。

「彼女が自ら作った護符だ。視察に行く前に贈られたもので、まだ魔力が残っている」

 手渡されたセナルモントが、血文字の隣に護符を置き両手をかざす。魔力の淡い光がその両手から放たれた。

 

 

 しばらく集中した後、セナルモントは一同を見回した。

「…間違いありません。同じ魔力が込められています」

「やはりそうか」

「先程の様子を見るに、その『ミナミアカシアガエル』というのがメッセージを表示するキーワードだったようです。王子殿下なら言い当ててみせると、リナーリア君は思ったのでしょう」

 使い魔でメッセージを届ける際、キーワードを設定するのはよくある事だ。もし途中で敵に見つかったとしても、キーワードが分からない者にはメッセージを見られる心配はない。

 

「リナーリア君は恐らく、犯人の顔を見てしまったために連れ去られた。そして、隙を見てこの使い魔を作り出し、殿下の元へ送った」

「私もそう思います。スピネル殿も一緒にいる可能性が高いでしょう」

「ええ…」

 皆、次々に同意する。ようやく手がかりが得られたのだ。

 

「しかし、これは…。…彼女の血、なのでは」

 テーブルに残った赤黒い文字を見ながら、ひどく言いにくそうにスタナムは言った。

 セナルモントとアメシストもまた、眉を曇らせる。

「…リナーリア君はまだ若いですが、とても優秀な魔術師だという事は知られています。囚えておくなら魔術封じの魔導具が必須でしょう。その状況で使い魔を作ろうとすれば、自らの血液を魔力源及び媒介とするしかないかと…」

 

「リナーリアは無事なのか」

 これがリナーリア本人の血を使った魔術だと気付いていなかったエスメラルドは、顔色を変えてセナルモントに尋ねた。

「大丈夫だと思います。彼女はとても魔力量が多い。この程度の使い魔を作るのに、それほど多量の血液はいりません。魔術制御にも優れているので、必要量を見誤る事はないでしょう」

 セナルモントはきっぱりとそう答えた。自分の弟子の魔術の腕を信頼しているのだろう。

 その迷いのない言葉に、エスメラルドは少しだけ胸を撫で下ろす。

 

 

 黙って護符を眺めていたアメシストが言った。

「王子殿下。私にもこの護符を調べさせていただいてもよろしいでしょうか」

「構わない」

 アメシストは左手の上に護符を乗せると、右手をその上にかざした。魔力の光が輝く。

「…これは、なるほど。防護の魔法陣の中に、追跡の魔法陣が含まれております。これなら容易に目印にできる」

「目印?」

「リナーリア殿は王都の外にいる可能性が高い。そのような遠い場所から使い魔を送ろうとすれば、何か目印になるものが必要なのです」

「ああ、そういう事か」

 エスメラルドは納得したが、スタナムは訝しげな顔になった。

「しかし、どうやって殿下の元まで来たのでしょうか…?あんな小さなカエルなら、移動にはだいぶ時間が掛かるでしょう。しかもかなり変わった色でした。よく人目につかなかったものだ」

 

 

 エスメラルドはわずかに沈黙し、テーブルの血文字を見つめた。

「…実はあのカエルは、オットレの髪から飛び出してきたんだ」

「な…!?」

 3人が驚いてエスメラルドを見る。

「オットレはそれに気付いていないようだった。俺に向かって、スピネルとリナーリアを裏切り者呼ばわりして…それから、そのうち思い知るだろうとも言っていた…」

 嫌味を言ってくるのはいつもの事だが、今日はひときわ下衆な言い方だった。そして、妙な確信があるようにも見えた。

 

「ではまさか、オットレ様がこの件に関わって…」

「いや、待て。決めつけるには早い」

 言いかけたセナルモントをスタナムが制したのは、オットレが王族だからだろう。曖昧な憶測で嫌疑をかけられる相手ではない。

 

 

「…追跡の魔法陣には、対になる魔法陣が必須です。殿下、同じような護符をリナーリア殿が持っていた心当たりはありませんか?」

 そう言ったのはアメシストだった。エスメラルドはすぐに思い出す。

「リナーリアは自分用の護符も作って身に着けていた。とても珍しい素材で作ったものだと」

「……!やっぱり!」

 セナルモントとアメシストが何やらうなずき合う。

 

「逆探知の魔術を使えば、リナーリア君の居場所を見つけられるかもしれません」

「本当か!?」

 尋ね返したエスメラルドに、セナルモントは「はい」と真剣な表情でうなずいた。

「彼女がその護符をまだ身に着けている可能性は高い。細かく場所を絞り込むのには時間がかかりますが…」

 居場所さえ分かれば、リナーリアが今どういう状況なのかある程度推察できる。一緒にいるだろうスピネルもだ。

 

 

「僕がやります。彼女は僕の大切な弟子だ。必ず見つけ出してみせます」

「分かった。セナルモント、すぐに魔術にかかってくれ」

「はい!」

「スタナムはオットレについて調べてくれ。伯父上…フェルグソンについてもだ」

「はっ!」

 もしオットレが関わっているなら、その父フェルグソンも無関係ではないだろう。

 命を受け、セナルモントとスタナムが動き出す。

 

「アメシストは俺と来てくれ。父上に報告したい」

「はい」

 エスメラルドの父カルセドニー国王は、数日前から風邪を引いて臥せっている。

 しかし今朝にはだいぶ症状が落ち着き、熱も下がったと聞いた。短時間なら会えるだろう。

 

 …まだ二人の行方がはっきりした訳ではない。

 しかし、確かに光明は見え始めていた。

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