世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
固いベッドの上、ごろりと寝返りを打つ。
多分15日目の夜、今日もやっぱり寝付けない。
殿下はどうしているだろうか。私の送った使い魔はちゃんと届いただろうか。
王都に戻ると言っていたオットレにくっつけておけば、きっと殿下の近くまで行けるだろうと思ったのだが、魔術が使えない今の私では上手く行ったかどうか確認しようがない。
ただ、錯乱したふりをして暴れたおかげか私の待遇は少しだけ良くなった。
本が欲しいと訴えたら古い本が数冊届けられたし、食事の時間以外でもたまにデーナが様子を見に来たりする。
デーナはどうやら私が魔術師だと知らずに世話をしていたらしく、あの後ちょっと怯えた様子だった。悪いことをしてしまったと思い、申し訳なかったと謝って改めてお礼を言ったら、やっと安心してくれたようだ。
せっかく少しくだけた表情を見せるようになってきた所だったのに、また振り出しに戻って距離を取られるのは辛いので、私としても安心した。
何となくだが、彼女はきっと孤独な境遇なのだと思う。私には想像しかできないが、言葉を喋れないというのは、とてつもなく大きなハンデだ。
それと、2回ほどスピネルが会いに来た。口止めをされているのだろう、大した事は聞けなかったが、着実にフェルグソンの信頼を得てきているようだ。
…スピネルは多分、私に何があったか知っているのだと思う。何も言わなかったが、私を見てどこかほっとしているようだった。知られたくなかった。オットレは殺す。絶対殺す。
思い出すと何かに当たり散らしたくなって来るので、どうにか忘れようと努力していると、遠くからかすかに騒がしい音が聴こえる事に気が付いた。
何だろうと耳を澄ませていると、誰かが階段を登ってくるのが分かった。やけに慌てたような足音だ。
こんな夜中におかしい。何かあったのか。
ベッドを降り、急いで靴を履く。がちゃがちゃと鍵が差し込まれる音がする。
近くにあったショールを取って寝間着の上から羽織ったところで、勢い良く扉が開いた。
あの時、私を捕らえた中年男だ。
「声を出すな。大人しく付いて来い」
私は無言でうなずいた。
塔の階段を駆け下りていく。だが私の下りる速度は遅く、男が苛立った声を上げた。
「おい、早くしろ!」
無茶言うなよ!
こっちは裾がひらひらした寝巻きなのだ。しかも2週間以上あんな狭い部屋に閉じ込められていた。
時々部屋の中を歩き回ってみたりもしていたが限度があるし、そもそも幽閉される前だって風邪でずっと外に出られなかった。運動不足どころの騒ぎじゃない。すっかり足腰が萎えている。
「わっ…!」
何とか塔を下りきったところで躓きかけた私に、男は痺れを切らしたらしい。私の身体を右肩の上に担ぎ上げると、城の中へ向かう廊下をどかどかと走り出した。
「……!」
ひどい屈辱である。こいつも絶対許さない、覚えておけ、と歯を食いしばる。すごく揺れるのでうっかりすると舌を噛みそうだ。
遠くからやはり多くの慌ただしい声や足音が聴こえる。ただ事ではない。
「フランケ殿!あちらです!!」
「ああ!」
兵士が私を担いでいる男に向かって叫ぶ。その名前は確かオットレが口走っていた。こいつがフランケだったのか。
やがて、向こうから数人が走ってくるのが見えた。
フェルグソンの配下の騎士らしき男たち数人と、その後ろにフェルグソンとゲルマン。スピネルもいる。
就寝中に起こされたのだろう、ほとんどが寝間着や普段着の上からローブや外套を羽織っただけの姿だ。
この騒ぎに、この緊迫した様子。きっと間違いない。
…王都から兵が差し向けられた。
助けが来たのだ。
「フェルグソン様!」
フランケは叫びながらフェルグソンたちに合流した。私をスピネルの方へ押し付けるようにして床に下ろす。
「リナーリア!」
「スピネル…!」
よろめいた私を支えたスピネルは、私の目を見て小さくうなずいた。その目だけで、思いが十分に伝わる。
だが今はまだ感情を表に出してはいけない。助けが来たと喜ぶには早い。
「どうしてこんな所に!馬車はどうしたんですか!?」
「だめです、裏口は既に抑えられています!今は兵たちがなんとか入口を塞いで応戦していますが…」
フランケの問いに答えたのは配下の男の一人だ。どうやら密かに馬車で脱出するつもりだったらしい。
「くそっ…なぜだ!どこから計画が漏れた…!!」
悔しげに呻くフェルグソンの手にはしっかり王錫が握られている。袖に隠れてよく見えないが、腕輪も身に着けているようだ。
「大広間を抜け、東側に行きましょう!そこから外へ」
「…分かった」
フランケの進言に、怒っている場合ではない事を思い出したらしいフェルグソンはすぐにうなずいた。それから私たちの方を見て、スピネルに王錫を向ける。
「逆らうことは許さん。《その娘を連れて付いて来い》」
「…はい」
フェルグソンはいざという時人質として使える私たちを、自分の傍から絶対に離さないようにするつもりだ。
スピネルは大人しくその命令に従い、私の手を引いてフェルグソンの後ろを走り出した。
…焦るな。チャンスを待て。
どこか遠くで悲鳴のようなものが聴こえる。幾人かの人間とすれ違った。
「兵は入り口を固めろ!騎士と魔術師は一緒に来い!それ以外の者は部屋に鍵をかけて閉じ籠もっていろ!!」
走りながらフランケが叫び、剣や杖を持った何人かが私たちの後ろについて走り出す。
大広間らしき大扉が見えてきた時、左の方から激しい足音が聴こえてきた。
「…いたぞ!!フェルグソンだ!!」
討手の兵が既に城内深くまで来ているのだ。
「足止めをしろ!!」
フランケの指示を受け、後ろにいた者のうち数人が左の廊下に向かう。
だがこちらに迫ってくる足音の数からすると、あの人数では明らかに足りない。恐らくすぐに突破されるだろう。
先頭を走っていたフランケによって大扉が開けられ、私たちは次々に中に飛び込んだ。
「扉を閉めろ!早く!!」
最後尾にいた男が大扉に閂をかけるのを横目で見ながら、薄暗い広間の中央で激しく息をつく。
「リナーリア、大丈夫か」
スピネルがこちらを覗き込んでくる。大丈夫と答えたかったが無理だった。手を引かれながらとは言え結構な速度で走ったので、完全に息が上がっている。かなりきつい。
「……」
必死で息を整えながら周りを見る。フェルグソンとゲルマンの他、剣を持った騎士と思われる者が5人。魔術師らしき者は1人だけのようだ。
騎士らしき者はさすがに平気そうだが、それ以外は少なからず息が上がっているように見える。
だがそう長く休めるはずもない。先に行って奥の通路の様子を確認していたフランケがすぐに戻ってくる。
「こちら側には敵はいないようです。急ぎましょう!」
「ああ…」
フェルグソンが袖で汗をぬぐう。
「お前はその娘を…」
フランケがスピネルに何か言いかけた時、轟音と共に大扉が吹き飛んだ。
「……!!」
咄嗟に頭を抱えてしゃがみ込んだ私をスピネルが庇う。
『光よ!闇を照らせ!』
離れた所から聞き覚えのある声がして、頭上に光が輝いた。周辺が照らされ、眩しさに目を覆う。照明の魔術だ。
この声、テノーレンに違いない。王宮魔術師の彼も来ているのだ。
続いて、複数の足音が広間になだれ込んで来る。
何とか目を開くと、こちらに走り寄る抜剣した男たちが見えた。
全員軽装のようだが、頭には赤い房飾りのついた兜を被っている。特徴的な緑色のタバードの右胸に縫い付けられているのは、王国の紋章だ。
…城の騎士たちだ。ついに、ここまで来てくれた。