世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第139話 奪還(後)※

「フェルグソン!!大人しく投降しろ!!」

 叫びながら迫り来る緑のタバードの騎士たちに、フェルグソンが王錫を掲げる。

「《そこで止まれ》!!」

 ぎしりと騎士たちがその場で動きを止めた。くそ、やはり秘宝の力は厄介だ。

 フェルグソンの配下が騎士たちへ斬りかかって行く。

 一度にあんな大人数相手に使えばすぐに効果が切れてしまうだろうが、戦闘においてその一瞬は致命傷になりうる。

 

『風の刃よ!』

『水の盾よ!』

 騎士たちの後ろ、大扉の方からいくつも魔術が飛び、騎士の支援をする。

 その間にフェルグソンは奥の通路へ向かって駆け出した。フランケが私とスピネルに剣を向ける。

「お前たちも早く行け!!」

「…っ!」

 …従うしかないのか。せっかくすぐそこに助けが来ているのに。

 

 

 走り出すのを躊躇った時、女性の声の詠唱が響いた。

『罪人を焼き尽くす劫火よ、ここに集え!収斂し、凝縮し、圧縮し…!』

 騎士たちの頭上に炎が生まれ、渦巻いて眩しく輝く球体となってゆく。

「……!」

 振り向いたゲルマンが焦った顔になり、『光の壁よ!』と叫んで周囲に防御魔術を展開する。

 しかし圧縮され光の塊となった炎は、ゲルマンたちの方には向かわなかった。頭上を飛び越え、広間の奥、フェルグソンが走り出した先へと向かう。

『…炸裂せよ!!』

 

 

 

 凄まじい轟音と爆風。

 髪と服の裾が大きくはためく。耳が痛い。小さな何かの破片がいくつも足元に落ちる。私に当たっていないのはスピネルが庇ってくれているからだ。

 やがて顔を上げると、奥の壁が大きく崩れ、瓦礫の山と炎が広がっていた。通路を塞いだのだ。

 ついでに、フェルグソン配下の魔術師らしき男は瓦礫が頭に当たったのかその場に倒れていた。運のない奴だ。

 

「今だ!捕えろ!!」

 王錫の効果が切れたのか、あるいは後ろから増援が来たのか。フェルグソンの配下を斬り捨て、あるいは横をすり抜けて、緑のタバードの騎士数人がフェルグソンに向かおうとする。

「フェルグソン様、もう一度王錫を!ゲルマンは俺を支援しろ!先にこいつらを倒す!!」

 前へと躍り出たフランケが叫んだ。フェルグソンが慌てて王錫を掲げる。

「…う、《動くな!》」

 緑の騎士たちが再び動きを止め、フランケがそちらへ向かって走る。

 

『炎よ!』

『風よ!』

『…雷精よ!()く走り脅威を迎え撃て!』

 大扉からまた魔術がいくつも飛ぶが、ゲルマンの雷の魔術がそれらをことごとく撃ち落とす。

 恐ろしく速く、そして精密な術だ。アメシスト様と筆頭魔術師の座を争ったその腕は健在なのだ。

 それに城の騎士たちを支援している魔術は全て、大広間の外から放たれている。王錫の効果が及ばないようにするためだろうが、そのせいでゲルマン一人の魔術に威力や速度で追いつけていない。

 

 …このままではまずい。

 スピネルは今のうちにフェルグソンから離れたいのだろう、さっきから私を背後に庇うようにしながら、気付かれないようじりじりと壁に向かって下がっている。

 庇うようにと言うか、実際に何度も庇われている。武器を持っていないとは言え、私がいなければもっと自由に動けているだろう。騎士たちに加勢だってできるかもしれないのに。

 私は完全に足手まといだ。悔しい。

 

 

 フランケが剣を振りかぶる。

 騎士たちは王錫の力が効いていてまともに動けない。…斬られる。

 

「危ない…!」

 思わず叫んだ時、突如一人の騎士が一歩前に踏み出した。

 鋭く繰り出された剣が、甲高い音を立ててフランケの剣を弾き飛ばす。

 兜の奥に見えたのは、揺るぎない強い光を宿す翠の瞳だ。

 

 

「…殿下!!」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 城の騎士たちと同じ緑のタバードを身に着け、兜を被っているが、あの目を見間違えるはずもない。殿下だ。

 どうしてここに殿下がいるのか。

「バカな、危険過ぎる」と思う一方で、「ああ、やはり」と思う自分もいる。

 …殿下なら、自ら助けに来てくれるのではないかと。そんな気がしていた。

 

 

「お前は…っ!?」

 きっと騎士たちの中に紛れ、王錫が効いたふりをして機を窺っていたのだろう。

 完全に不意を突かれ剣を失ったフランケを一刀の元に斬り捨て、そのまま駆け出す。

「…フェルグソンッ!!」

 

「くっ…!『雷よ!』『炎よ!』」

「ふっ!」

 ゲルマンが次々に魔術を放つ。しかし雷の魔術は殿下の阻害魔術によって発動を阻止され、炎は紙一重で躱された。

「く、《来るな》!!」

 フェルグソンが王錫を向けるが、無駄だ。王子である殿下には秘宝の力は効かない。

 

『雷光よ!二つに裂けよ!』

 さらにゲルマンが撃った雷は、殿下が避ける寸前で二又に裂けた。一つは躱したが、一つは剣に当たった。

 雷の魔術は身体を一瞬麻痺させる効果があるため、雷が身体に伝わる前に咄嗟に剣を手放したのだろう。衝撃で剣があらぬ方向に飛んでいく。

 思わず息を呑んだが、殿下は迷わずにそのまま駆ける。剣がなくとも素手でフェルグソンを抑え込むつもりなのだ。

 フェルグソンは王錫を持っているせいで、剣は持っていない。

 

『轟炎よ唸れ!』

「ぐわぁっ…!!」

 そして、後ろから放たれた炎の魔術がゲルマンに直撃した。恐らくテノーレンが放ったものだ。

 ゲルマンは防御魔術を使っていたようだが、雷を撃ちながらの二重魔術だったため、その激しい炎を防ぎ切れなかったらしい。苦悶の声を上げて倒れる。

 

 

「お前、エスメラルドか!!」

 ようやく気付いたらしいフェルグソンが驚愕の声を上げる。残っているのはもうこいつだけだ。

 しかし、絶体絶命に陥り必死の形相になったフェルグソンが王錫を向けた先は、私のすぐ傍にいたスピネルだった。

「…お前!!《エスメラルドを止めろ》!!」

「……!!」

 近くには殿下によって弾き飛ばされたフランケの剣が落ちている。走り出したスピネルがそれを拾い上げる。

 もう少し。あとほんの数歩で殿下がフェルグソンの所に到達するのに。

 

 スピネルが剣を持った手を大きく振りかぶる。このまま走ってももう殿下には追いつけない。その背中へ剣を投げつける気なのだ。

 鋼色の瞳がきつく前方を睨み付けるのが見え、その瞬間に全てを理解した。

「…殿下!!」

 声の限りに叫ぶ。

 

「今です…!!!」

 

 

 走るその身体がわずかに左にぶれる。

 次の瞬間、スピネルが投擲した剣は殿下の右手の中に収まっていた。

 力を溜めるかのように、大きく姿勢を沈める。

 

 

「はっ…!!」

 刹那の速さで閃いた剣によって、王錫が高々と宙に舞った。

「バカな…!?」

 何かを言いかけたフェルグソンの胴に、続けざまに剣が叩き込まれる。

 

 …そしてフェルグソンは、その場へ崩れ落ちた。

 

 

 

 

「殿下…!!」

 わあっ、と背後から歓声が上がった。

 殿下がフェルグソンの傍らにしゃがみ込み、その腕から王護の腕輪を取り上げる。

 走り寄ってきた騎士たちは縄を取り出し、倒れたフェルグソンとゲルマンを拘束していく。

 フランケや他のフェルグソンの配下は既に、拘束されたり魔術によって無力化されているようだ。

 

 

「凄い…」

 思わず呟く。

 スピネルは殿下が必ず避けると信じ、ほんの少し右…つまり、殿下が拾いやすい利き手側を狙って剣を投げたのだ。

 王錫の力に完全に抗う事はできなくても、その強い意志の力でほんの少し軌道をずらす事はできたのだろう。

 殿下がそれを察知したのは、まあほとんど勘ではないかと思うが、スピネルを信じて動いたのは間違いない。

 私が今だと叫んでタイミングを教えたのは…まあ、おまけみたいなものだろうな。でもちょっとは役に立ったかもしれない。そう思いたい。

 しかし、空中で剣を掴み取るとは思わなかった。凄すぎる。まさに神業だ。

 

 

 立ち上がった殿下は自分の腕に腕輪を嵌めると、兜を脱ぎ捨てて後ろを振り返った。

 その目が私を捉え、かすかに揺れる。

「…リナーリア!」

「殿下!」

 こちらへ駆け寄って来る殿下に、私もまた手を伸ばした。

 力強い腕が私を抱きしめる。

 

「リナーリア…。無事で良かった」

 どれほど私の身を案じてくれていたのか、その声だけで分かる。

 …会いたかった。本当に助けに来てくれた。

 目の奥に熱いものがこみ上げてくるのを堪えながら、私は力いっぱいその身体を抱きしめ返した。

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