世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
全員が席についた所で、スタナムが報告を始める。
「まず最初に、この城の状況についてです。城内は完全に制圧しており、兵も使用人も全て捕縛済みです。数ヶ所に分けて集め、監視をしています」
セナルモント先生がそれに続ける。
「フェルグソンやゲルマンなど、事件の中核にいたと思われる者は王都へ送ってから取り調べを致します。それ以外の者はこの後オレラシア城内で、魔術師立会いの元に尋問を始める予定です」
「…オレラシア城の兵や騎士たちは、フェルグソンが何をしているのか知らなかった者がほとんどのようです。こちらが王国軍だと知ると皆すぐに投降し、大した抵抗はなかったとの事です」
恐らくフェルグソンの企みは、まだまだ準備段階だったのだろう。決して漏れる事がないよう、計画を知る者は最小限に留めていたのだ。
いつから始まった計画で、どのような内容だったのかはまだ分からないが、あと2年とか3年とか、時間をかけて成功させる予定だったのではないかと思う。
それをこんなに早く阻止できたのは、ある意味幸運だったのかも知れない。
それはそうと、スタナムには伝えておきたい事がある。私はおずおずと手を挙げた。
「あの、すみません」
「何でしょうか」
「この城で働く侍女の中にデーナという人がいるんです。背の高い、30代くらいの…言葉が喋れない女性です」
「デーナ…ですか?」
「はい。囚えられてる間はその人がずっと私の世話をしていたんですが、彼女は私が使い魔の魔術を使う際に協力してくれました。フェルグソンにそれを報告したりもしなかったようです。だから、あの…」
全てを言わずとも、スタナムは分かってくれたらしい。
「分かりました。悪いようにはいたしません」
「ありがとうございます」
彼女には感謝している。もしあの時彼女がすぐに兵を呼びに行ったりしていれば、私は今頃まだ幽閉されたままだったろう。
「次に…」と、スタナムが苦い顔で続ける。
「…今回の救出作戦と同時に始めた、王都でのオットレの捕縛ですが…失敗したそうです」
「何だと?」
殿下が驚き、私もスタナムの顔を見つめた。というより睨んでしまった。スタナムがひどく申し訳無さそうな顔になる。
「兵が寝室に踏み込んだ時には、既にもぬけの殻になっていたと…。どこかから情報が漏れたとしか思えません。…申し訳ありません」
「…待て、おかしい。作戦が漏れていたなら、オレラシア城の制圧にはもっと抵抗を受けていたのではないか」
「ええ…。あるいは、単にオレラシア城への連絡が間に合わなかっただけかもしれませんが…。オットレには、フェルグソンとは別の情報網を持つ協力者がいるのかも知れません」
それはそれでよく分からない話だ。その協力者は、オットレは助けたのにフェルグソンは見捨てたという事になってしまう。
ただ利用するだけだとしても、フェルグソンの後ろ盾があった方が絶対に役立つだろうに。
フェルグソンに勝算はないと思って早々に見切ったのなら、オットレだって見切っても良さそうなものだ。なぜ助けたのだろう。
…しかし、オットレを取り逃がしてしまったのか。
別にスタナムや兵を責めるつもりはないが、怒りの感情が胸を渦巻く。
あいつは確実に殿下の敵だし、私やスピネルなどの事も逆恨みしていそうだ。絶対にろくな事にならないと確信できる。
今まで以上に身辺には気を付けなければ。あわよくば捕まえてぶちのめしてぶち殺したい。
「オットレの行方については、既に王宮魔術師団が中心となって捜索を開始しています。僕も、王都に戻ってそちらに加わる予定です」
セナルモント先生が真面目な口調で言い、殿下が少し心配そうな表情になった。
「お前はずっと休みなしで捜索に当たっていただろう。オットレの行方は気になるが、あまり無理はするなよ」
「…はい。ありがとうございます」
先生は少しはにかむようにして頭を下げた。
「それで、この後の事ですが。王都に戻る前に、スピネル殿、リナーリア殿には、拉致された時の状況やオレラシア城内で見聞きした事について詳しくお尋ねしておきたいのですが…。よろしいでしょうか?」
こちらを窺うようなスタナムの問いには、恐らく私…「囚えられていた令嬢」としての私への気遣いが多く含まれている。その事にまたモヤモヤとした感情が湧きかけたが、急いで振り払った。
気遣ってくれているスタナムには感謝すべきなのだ。悪いのはフェルグソンとオットレだ。
…そして、捕まってしまった私だ。
「大丈夫です。問題ありません」
できる限り平静にそう言う。スピネルも「分かった」と答えた。
「聞き取りには僕も同席します。リナーリア君の師匠として」
先生が魔術師としてではなく「師匠として」という部分を強調してそう言ったのも、多分私を気遣ってだろう。
「俺も同席したいが、良いか」
殿下も尋ねる。もちろん、問題はない。
「聞き取りの間に王都に戻る準備を進めさせておきます。ここに攻め込む時に使った転移魔法陣がありますので、夜までには向こうに到着するかと。私はこの城に残って調査や尋問の指揮を取りますが、帰還の際はセナルモント殿や精鋭の騎士たちが護衛をしますので、ご安心下さい」
同時にフェルグソンの移送もする感じかな。何にせよ、今日中に戻れるならありがたい。
「では、よろしければすぐにでも聞き取りを始めたいのですが…」
「あっ、ちょっと待ってください。その前に」
セナルモント先生が片手を上げ、それからローブのポケットに手を入れる。
「リナーリア君。これの事なんだけどね…」
先生が取り出したのは、私が殿下に贈った護符だ。やはりこれを逆探知に使って場所を探り当てたらしい。
だが…。
「今回はこれに助けられたんだけどね。これはちょっとまずいよ…君の事だから、殿下が心配で付けたっていうのは分かるけどね…」
「うっ…」
そ、そりゃ突っ込まれるよな…。
「あの…私、捕まりますか…?」
恐る恐るスタナムの方を見ると、スタナムは物凄く困った顔をした。
「いえ…セナルモント殿の言った通り、今回はそれのお陰で素早く場所を見つけられた訳ですし、咎めは致しませんが…」
「……?お前何やったんだよ?」
一人だけ話が分かってないスピネルが怪訝な顔をする。
「いえその…この殿下の護符にですね…こっそり、場所を探知する追跡の魔法陣をですね…」
「追跡って…あれか?浮気防…じゃなくて、親がよく小さい子供に持たせるやつ」
「はい…そのあれです…」
「お前マジで何てもん殿下に渡してんだよ…」
死ぬほど呆れられた。何一つ言い返せない。
「リナーリア君、王子殿下にごめんなさいしようね…僕も一緒に謝ってあげるから」
「はい…」
先生に促され、殿下の方を向いて頭を下げる。
「申し訳ありません…黙ってこのようなものを殿下に…。どのような罰も受けるつもりです…」
…しかし、殿下は平気そうな顔でこう言った。
「それなら別に謝る必要はない。こうして役立ったのだし、むしろこれからも持たせて欲しい」
「えっっ!??」
全員が仰天して殿下を見る。
「し、しかし殿下。それでは常に居場所を教えているようなもので…いえ、リナーリア殿がそれを悪用すると思っている訳ではないのですが…」
「構わない。俺はリナーリアに居場所を知られても何も困らない」
それを聞き、先生は両手で顔を覆い、スタナムは天を仰いだ。
「…眩しい…!!」
「で、殿下、本当に良いんですか?あっ、誓って邪な使い方はしませんが、でも」
尋ねると、殿下はきっぱりとうなずいた。
「ああ。君を信頼している。それに、いざという時俺の側でも君を探せるのだから、その方が安心だ」
「殿下…!!」
なんと広いお心をお持ちなのか。
「まあ…殿下が良いってんならいいけどよ…」
スピネルは頭を抱えているが、私は感動に打ち震えていた。
さすがは殿下だ。
その後、記録係の魔術師が呼ばれ、私たちへの聞き取りが始まった。
事件当日にあった事やオレラシア城に到着するまでについては概ね私が話し、スピネルがそれを補足する形になった。
この時、カーフォルがどうなったのかについてスタナムに尋ねたのだが、多少記憶の混乱があるものの無事だと聞いて安心した。
カーフォルの身に何かあったら、アイキンに申し訳が立たない。彼はアイキンの唯一の身寄りなのだ。
王都に戻ったら彼にも会いたい。昨日の殿下とスピネルのやり取りを話したらきっと感動するだろう。彼もあの千里を走る男の物語が好きだと言っていたし。
倒れていた衛兵も無事だそうで、秘宝盗難事件の際に死者や負傷者はいなかったらしい。証拠を残したくなかったからだろうが、犠牲者が出ていなくて本当に良かった。
それから私は幽閉生活や使い魔を作った時の状況について話したのだが、オットレに関しては「わざわざ部屋に来て煽ってきたので、ついカッとなって突き飛ばしたら気絶した」という事にしておいた。
殿下にも誰にもあんな事知られたくない。スピネルもその辺りを察してくれたらしく、ちゃんと話を合わせてくれた。
スピネルの方は、最初こそ地下牢だったものの途中からそこそこ広い部屋に移されたそうだ。
また、監視付きではあるものの城内を見て回ったりもしていたらしい。フェルグソンが集めた兵の調練の様子を遠くから見たり、骨董品や美術品を見せられ自慢されたり、どこそこの貴族に贈るならどれが良いかなど尋ねられたりしていたという。
スピネルが見た限りフェルグソンは、私が使い魔を放ったり、王都で救出作戦が立てられていると知らなかったらしい。
一体、誰がオットレを逃したのだろうか。非常に気にかかる。
さらにスピネルがフェルグソンから得た情報、そしてフェルグソン側に流した情報についての話になり、この辺りで私や殿下、セナルモント先生は退出する事になった。
貴族だとか軍の機密情報も含まれていそうな話なので仕方がない。
正直気になるが、知っている事自体が危険を招くかもしれないのだ。余計な好奇心は持たない方がいいだろう。
この後、物語はいよいよ最終章に突入する予定です。
しばらくシリアスな話が続きましたが、今まで通りゆるい空気も交えつつハッピーエンドに向かって戦っていく予定ですので、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。