世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第145話 待っていた人々(後)

 久々に学院に登校し教室に入ると、一瞬でクラスメイトの視線がこちらに集中した。

 校門をくぐった辺りからそうだったし、想像はしていたのだがちょっと怯む。

「おはようございます」

 笑顔を作って挨拶をすると、すぐにペタラ様が「おはようございます」と言いながら歩み寄ってきた。

 続いて、ニッケルやセムセイもこちらに寄ってくる。

 

「おはようございます!」

「おはよう」

 他のクラスメイトたちからも次々に挨拶が返ってくる。いつもと変わらない様子に、少し安心して微笑んだ。

「お久しぶりです、皆さん」

 

 

「お元気そうで良かったです…カーネリア様やストレング様から、ご様子を伺ってはいたんですけど…」

 ペタラ様はちょっと目を潤ませている。彼女の恋人のストレングはアーゲンの腹心で、アーゲンと共に私の見舞いに来ていたので既に顔を合わせている。

「ご心配をおかけしました。この通り私は元気です」

 そう言ったところで、背後のドアが開いた。殿下とスピネルだ。

 

「あっ、殿下!スピネルさん!おはようございます!」

「おはようございます」

 殿下は数日ぶり、スピネルは私と同じく昨年末ぶりの登校のはずだ。

 元気に声をかけたニッケルを皮切りに、皆で挨拶を交わし合う。

 

 そこに「ねえねえ!」と片手を上げながら近付いてきたのは、クラスメイトのクリードだ。

「リナーリアちゃんとスピネルの救出に殿下が行ったって話、本当!?」

「ちょ、おま…」

 クリードの後ろにいたスパーが慌てるが、私はにっこりと微笑んだ。

「はい。本当です。殿下が自ら、オレラシア城まで助けに来てくださいました」

「うおー!!すげー!!」

 おおっ、と他のクラスメイトたちもどよめく。

 

 

「その話、詳しく聞きたい!!」

 そう言われ、私は「えーと…」とちょっと悩む。

 今回の事件について私が口止めされているのは、ゲルマンが魔術封印区画で魔術を使っていたという点と、王宮で聞いたフェルグソンの協力者に関する話のみだ。後は私が大した情報を知らないのもあり、特に喋るなとは言われていない。

 でも事件の詳細の発表はまだだし、あんまりペラペラ話すのもどうかな…と思っていると、スピネルがにやっと笑った。

「いいんじゃねえか。話してやれよ」

 おお。許可が出た。問題ないらしい。

 

 ならば語るしかあるまい…殿下の凛々しくも華々しい勇姿について!

「分かりました。お話しします!」

「…ふむ、なかなか面白そうな話だな」

 気合を入れた瞬間に後ろから低い声が聴こえて、私は慌てて振り返った。

 いつの間に教室に入ってきたのか、クラス担任のノルベルグ先生がそこに立っている。

 

「せ、先生、おはようございます。皆さんすみません、お話は後で…」

 クラスメイトたちは少し残念そうな顔になってそれぞれの席に着こうとしたが、それをノルベルグ先生が「待て」と止めた。

「構わん。話をしてやれ」

「え?でも…」

「どうせ皆、気になって授業が手につかないだろう。それに、将来この国を統べる王子の活躍について知っておくのは良い事だ。ちょうど一時間目は私の授業だしな。好きなだけ話していい」

「やったー!さすが先生!話が分かる!!」

 クリードが飛び上がるようにして喜び、皆も歓声を上げた。

 

 

 

 それから私は、クラスメイトたちに今回の事件について話を聞かせた。

 もちろん殿下の戦いが話のメインだが、私やスピネルの働きについても細かい所はぼかしつつ話した。

 皆興味津々で聞いてくれたが、特に反応が良かったのはやはり、広間に突入してきた殿下がフェルグソンを打ち倒した場面だ。

 語り終わった時には拍手喝采が巻き起こり、殿下はちょっぴり恥ずかしそうな表情になった。

 

 殿下の素晴らしいご活躍について少しでも伝えられた。そう思って満足していると、クリードが「でもさー」とニコニコ笑いながら言った。

「殿下の活躍も凄いけど、リナーリアちゃんが元気で帰ってきて良かったな~。あ、ついでにスピネルも」

「俺はついでか!」

 スピネルが大袈裟に顔をしかめ、皆に笑いが起こる。

「そうね。心配してたけど、相変わらずの調子で安心したわ」

「本当、良かった」

 他のクラスメイトたちも、笑いながらうんうんとうなずく。

 

「皆さん…」

 皆の笑顔に、思わず胸が温かくなった。

「本当に、ご心配をおかけしました。こうしてまた皆さんにお会いできて、私もとても嬉しいです」

 この場所に帰って来られて本当に良かったと思う。

 …いずれ、別れなければならない人たちだとしてもだ。

 

 

 

 

 その日のランチはカーネリア様からお誘いを受けた。殿下とスピネル、それからユークレースも一緒だ。

 食堂に行くとミメットがチラチラこちらを見ていたので、一緒にどうかと誘ってみたが、残念ながら逃げられてしまった。

 カーネリア様や生徒会でそこそこ顔を合わせている殿下はともかく、スピネルやユークレースもいたからかな。また女子ばかりの時にでも誘ってみよう。

 

 

「…それでね!そこでユークが言ったのよ!『愚にもつかない噂話に耳を傾ける必要なんてない。やましい事がないんなら前を向け』…って!凄くかっこよかったわ!!」

「それ、一体何回話すつもりだ…」

 カーネリア様が嬉しそうに語り、ユークレースがむすっとした顔になる。ちょっと顔が赤い。

 

「ユークもずいぶん成長したんですねえ」

 私はにっこり笑いながらうなずいた。

 実はこの話、カーネリア様が屋敷に見舞いに来た時にも聞いたので2度目なのだが、ユークレースの口ぶりからするにそこら中で何度も話して回っているようだ。

 

 新学期が始まってからのカーネリア様は、兄のスピネルが誘拐犯の嫌疑をかけられたり父のブーランジェ公爵が自主謹慎をしていたために、陰口を叩かれたりしてかなり肩身が狭い思いをしていたという。

 気が強く正義感も強いカーネリア様は、友人知人が攻撃されている時にはたいそう憤り真っ先に反撃しようとする。私もそうして助けられた一人だ。しかし彼女はどうやら、自分自身が攻撃されたり中傷される事には慣れていなかったようで、今回は少々落ち込んでいたらしい。

 何だか意外だったが、よく考えたら当然かもしれない。公爵家という家柄に生まれ、両親や4人の兄たちに愛され守られて育ってきた彼女は、今まであまり悪意に晒された事がなかったのだろう。

 

 だがそんな時、落ち込むカーネリア様をユークレースが叱咤し励ましてくれたのだ。

 常日頃から不遜な態度を崩さないユークレースらしい言葉ではあったが、どうもそれがカーネリア様の心にいたく響いたようだ。

 今までは彼女の中でユークレースは舎弟扱いというか、自分が面倒を見てやらなければという風に思っていたようだったのだが、一気に株が上がったのが見て取れる。

 何だかちょっと微笑ましい。スピネルがやたら苦い顔をしているのは見ない事にする。

 

 

「お前は、今回もずいぶん働いたらしいな。使い魔でメッセージを王都まで送ったとか」

 話題を変えるように、ユークレースが私を見て言う。

「まあ、知っているんですか?」

「さっきクラスの魔術師課程の奴が言ってた」

 

 私がクラスメイトに話した事件の詳細は、休み時間の間に少しずつ学院に広まり始めているようだ。多分、明日にはすっかり広まっているだろう。

 当然殿下の活躍が話題の中心だが、魔術師課程の生徒にとっては私の使い魔の話も興味深かったようだ。

 ちなみに使い魔を作った時の状況については、オットレが塔を登ってくる足音が聴こえた時点でドアの陰に身を潜め、のこのこと部屋に入ってきた瞬間に襲いかかって気絶させたという事にしておいた。

 勢いでちょっとばかり話を盛ってしまったが、まあ別に良いだろう。

 

 クラスメイトたちがこれらの話を積極的に広めてくれているおかげで、直接私のところへ話を聞きに来ようという生徒はあまりいないようで助かる。

 ノルベルグ先生が授業を潰してまで話をさせてくれたのは、この辺りが狙いだったのだろうかと思う。

 

 

「…ああ、そうだ。まだ内々の話だが」

 食後の紅茶を飲んでいた殿下が、思い出したように口を開く。

「リナーリアとスピネルには、今回の働きに対して勲章が授与されるようだ」

「えっ!」

「まあ!!凄いわ!!」

 

 私もこれにはかなり驚いてしまった。学生が勲章を受けるなんて、そうそうある事ではない。

 しかし内々とは言いつつ、生徒の耳目がある食堂で口にするのだから、もうほぼ決まっているのだろう。

「それは…、とても光栄です」

 何と返答したら良いのか分からずそう答えると、殿下は優しく微笑んだ。

「それだけ、今回の事件への君やスピネルの貢献が大きかったという事だ。胸を張って欲しい」

「…はい。ありがとうございます」

 

 

 

 ランチを終え、食堂から教室に戻る時、私は先に行く殿下を呼び止めた。

「あの…」

「何だ?」

 殿下と、その隣のスピネルもこちらを振り向く。

 

「明日の放課後、城を訪ねても良いでしょうか。…お話ししたい事が、ありますので」

 明日の午後は授業がないので時間がある。話をするにはちょうどいいだろう。

 話す覚悟ができているとは言い難いが、いつまでも引き伸ばすことはできない。私にはそれほど多くの時間はないのだ。

 

 殿下は「分かった」と言い、スピネルも無言でうなずいた。

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