世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第146話 竜人と竜との話・1

 翌日、授業が終わってから殿下とスピネルと共に城へと向かった。

 授業は午前だけだったので、まずは昼食だ。3人分用意するように予め伝えてあったらしく、城に着くと既に準備が整っていた。しかも私の好きなフラメンカエッグもある。わざわざメニューを指定してくれたのだろう。

「ありがとうございます。とても美味しそうです」

 城の料理人が作るフラメンカエッグはずいぶん久しぶりだが、ソーセージも入っていてこれがとても美味しいのだ。思わず嬉しくなって礼を言う。

 

「君にはたくさん食べてほしい」

 殿下がそう言うのは、捕まっている間に私が痩せてしまって心配しているからだろう。解放されてからは頑張って食べているが、そうすぐに肉はつかないからなあ…。

 スピネルがソーセージを口に運びながら言う。

「殿下の言う通りだ。ちゃんと食っとけ。それ以上縮んでどうする」

「縮んでませんが!?」

「ああ、小さいのは元々だったか」

 

 こいつめ…自分は大きいからって偉そうに…。それとも何か?身長じゃなく別の部分のことでも言っているのか?

 この後で話すのが重い話になるだろうと見越し、あえて軽口を言っているのかもしれないが、だがやっぱり許さない。スピネルは後で殴ろう。

 

 

 とりあえず食事を再開しようとして、訊きたい事があったのを思い出す。

「ところで、殿下に仕掛けられていた悪夢の魔術についての調査はどうなったんでしょうか。魔法陣が見つかったんですよね?」

 事件の証言のために王宮を尋ねた時、殿下の寝室から魔法陣が見つかった事まではセナルモント先生に聞いたのだが、詳細はまだ調査中との事だった。先生も忙しそうなので、あれから調査が進んだのかどうかは知らない。

 すると、スピネルが何故か「ブフッ」と横を向いて噴き出した。

 

「…スピネル」

 殿下が横目で睨み付ける。

「いや、悪い、何でもない」

 スピネルは片手を振るが、どう見ても笑いをこらえている。これはひょっとして…。

「もしかして、魔法陣を探す際に殿下のベッドの下から大量の春画本が出てきた件ですか?」

 そう尋ねると、殿下が顔を真っ赤にしてテーブルを叩いた。

「スピネル!!!!!」

「違っ…俺じゃねえぞ!?」

 

「ああ、すみません、セナルモント先生から聞いたんです。口を滑らせたみたいな感じでしたが」

「ほら!!俺じゃねえって!!」

 殿下に締め上げられそうになっていたスピネルが悲鳴のような声を上げる。

「だが元々あれは…!」

 言いかけた殿下が、慌てたように私の方を見る。

 

「ち、違うんだ、リナーリア、あれはスピネルが俺に押し付けてきたものなんだ。どう処分していいか分からなくてベッドの下に放り込んでいただけで、決して俺の趣味とかじゃない。絶対に違う」

「ああ、やっぱりそうだったんですね…」

 そうではないかと思っていたので納得だ。

 前世の殿下に春画本を集めるような趣味はなかった。学院で友人たちに見せてもらったりはしていたようだが、自ら購入していた覚えはない。

 スピネルの差し金か、あるいは影響を受けたのではないかと思っていたのだ。

 

「さすがはスピネルですね」

 深く感心してそう褒めると、殿下が「は!??」と叫んだ。

 だって殿下もお年頃なのだ。そういうものに興味があって当然なのだ。従者ならばその辺りも察して差し上げるべきだったのに、前世の私はそんな事思いつきもしなかった。悔しい。

「やはり貴方はよくできた従者です…」

「お前の感心するポイントがさっぱり分かんねえ、つーかやめろ!!殿下が俺を射殺しそうな目で見てる!!!!」

 

 なお、悪夢を見せる魔法陣が出てきたのは殿下の枕だったのだそうだ。念のため寝室中を調べたが、他は何も出てこなかったという。

 枕はカバーを交換して洗濯するほか、中身も定期的に外で干しているので、その際に仕込まれたのではないかという話だ。犯人についてはまだ捜査中らしい。

 遠回しではあるが明らかな攻撃なので、結構気になる。

 

 

 

 それからもいくつかの雑談を交えつつ、昼食を終えた。

 食器が片付けられ食後の紅茶が並べられた所で、少々ぐだぐだになった空気を振り払うように殿下が咳払いをし、私は部屋に防音の結界を張った。

 間違っても人に聞かれていい話ではない。

 

 殿下が静かに口を開く。

「…改めて問おう。あの竜人は何だ。お前たちは、あれを知っているのか」

「…はい」

 私は小さく、だがはっきりと首肯した。

 いよいよ、隠していた事を話さなければならない。

 

 

 

「…リナーリア君。僕は、全てを話すべきだと思うよ」

 数日前、屋敷を訪ねてきたスフェン先輩はそう言った。

 先輩は私の事情を知る唯一の人だ。オレラシア城に来た竜人や、それで新たに思い出した前世の記憶などについても話し、どうしたらいいのかと相談してみた。

 いくら先輩でもこんな話、相談されても困るだろうなあ…と思ったけれど、先輩は迷わずに答えたのだ。

 

「知られたくない、王子殿下に負担をかけたくない、そう思う君の気持ちは分かる。だけど、逆の立場になって考えてごらん」

「逆の立場…?」

「ああ。もしも王子殿下が、君の知らない所で君のために危険を冒し、自分自身すら犠牲にしようとしていたら。君はそんな事、受け入れられるのかい?」

「そ、そんなの、受け入れられるはずがありません!」

 

「ほら、やっぱり。だったら答えは簡単だよ」

「…でも、殿下は私とは違います。この国を背負うべき方です」

「何も違わないよ、きっとね。確かに立場は違うけれど、王子殿下だって君と同じ人間なんだ。大切なものは守りたいと思うはずさ。…君の殿下は、大きなもののためには小さな犠牲は厭わないような、そんな人間なのかい?」

「違います!!」

 殿下はそんな方ではない。実際、危険を顧みずオレラシア城まで助けに来てくれたのだ。

 思わず叫んだ私に、先輩は優しく微笑んだ。

 

「なら話すべきだよ。それにね、問題というのは一人で思い悩んだってなかなか解決するものじゃないんだ。皆で分かち合い、知恵を出し合うべきものなのさ。君と殿下だけじゃなく、スピネル君だっているんだしね。…彼がどんな話をするのかも、僕は気になるな」

 確かに、スピネルの事は気になる。竜人について何かを知っている風だった。

「できれば僕も聞かせてもらいたいところだけど…まあ、今はとりあえず3人で話をしておいで。全てはそれからさ。大丈夫、僕はいつでも君の味方だよ」

 

 

 

 …そんな力強い励ましを思い出していると、殿下が言葉を続けた。

「竜人の事は俺も知っている。ただし、おとぎ話の存在としてだ」

 

 この国に数多あるおとぎ話、そのうちのいくつかに竜人というものが出て来る。

 最も有名なものは、こんな話だ。

 

 

 褐色の肌に角と翼を持つ竜人は、その名の通り竜と人の中間にある存在で、とても強い力を持っている。

 竜人はその力で魔獣と戦い、人を守り続けていたが、ある時突然戦うのをやめてしまう。

「何故戦ってくれないのか」と人の王が尋ねると、竜人は答えた。

「お前たちが持つ、最も価値のある宝をよこせ。そうすれば、またお前たちを守ってやろう」

 

 王が持つ最も価値のある宝は、無限に水が湧き出す力を持つ不思議な宝石だった。

 だがその国は元々水に乏しい国で、宝石は民が暮らすために不可欠なものだった。渡すわけにはいかない。

 王はその不思議な宝石ではなく、大きな魔石のついた剣を宝として竜人に差し出した。

「この嘘つきめ」

 竜人はそう言って怒った。

「俺はもう二度と、お前たちを守らない」

 

 竜人は王を殺し、宝石を持ってどこか遠くへ飛び去ってしまい、二度と戻っては来なかった。

 その国は水を失い、魔獣からも襲われ、滅ぶ事になってしまった。

 

 

 これはずいぶん古い時代…何千年も昔からあるおとぎ話らしい。

 今ではもうすっかり廃れた話で、竜人の存在自体も忘れられていたのだが、今から60年ほど前にあちこちで竜人が目撃されるという事件が起こり、その存在が再び注目された。我がジャローシス領でも竜人を見た者がいたらしい。

 目撃情報はその後すぐに途絶えてしまい事件は謎のままになったのだが、それをきっかけにまた竜人の話の絵本が出版され、広まったのだという。私も幼い頃にそれを読んでいた。

 

 

 スピネルが私を見て言う。

「お前はあの竜人を知っているんだよな?」

「…はい。二度ほど会った事があります」

 ただし、どちらも前世での事だ。

 

「最初に会ったのは、私が17歳の秋です」

「……?」

 殿下とスピネルが怪訝な顔をしたのは当然だろう。

 この国では年明けと共に年齢を数えるが、私は今年で17歳になったばかりだ。17歳の秋など、まだ来ていない。

 

 だが、とりあえずは黙って話を聞いてくれるようだ。

 私は静かに話を続ける。

 あれは晩秋の頃、殿下と共に各領の視察に行った時の事だった。

「その時私は馬車に乗り、キンバレー領に向かっていました」

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