世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第148話 竜人と竜との話・3

「もう一度やり直したい。…ライオスは、私のその願いを叶えたんです。気が付いた時には私は子供になっていて、かつての自分とはまるで違う、二度目の人生を歩み始めていました」

 

 

 殿下とスピネルはしばらくの間、衝撃を受けた顔で沈黙していたが、やがて口を開いた。

「…では、今の君はそのやり直しの最中という事か」

「ずいぶん無茶苦茶な願いだな。…あいつ、そんな事までできるのか…」

「えっと、はい…多分」

 何だか意外にすんなり信じてもらえた。ちょっと拍子抜けだ。

 

「あの、もっと疑うかと思ったんですが…」

 頭は大丈夫か?とか。まあ実際にその目で竜人を見た後だからだろうが…。

「驚いてはいる。だが、君が何か隠しているのはずっと前から分かっていたからな」

「そうだな。むしろ納得したって感じだ。どうりで変な奴だった訳だ」

「……」

 隠しているつもりでも、案外バレていたという事か。

 

 

「だがそもそも、何故やり直したいと?」

 殿下に尋ねられ、それに答えようとして、私はただ唇を動かした。

 言わなければならない。だが、どうしても言葉が出てこない。

 …殿下にそれを告げるのが、恐ろしくて仕方ない。

 

 何とか言葉を絞り出そうと苦心する私を見て、殿下がぽつりと呟く。

「…俺か?」

「!」

 はっとして顔を上げると、殿下がやはりという表情になった。

「俺が、何か関係あるんだな」

 

「……」

 それ以上目を合わせることができず、下を向く。

 忘れもしない、あの日。最後の日。

 血を吐き、床に倒れた殿下を見つけて、…そして、私は。

 

 

「リナーリア」

 殿下の静かな声がする。

「ゆっくりでいい。落ち着いて話してくれ」

「……」

 言われて、握りしめた手にじっとりと汗をかいている事に気付く。動悸も激しい。

 ゆっくりと呼吸をし、できる限り気持ちを鎮める。

 

 

「…あ、あの日。で、殿下が。ど、ど、毒を…毒を、盛られて…」

 それでも、声が震えてしまった。

「そ、そのまま、…私の目の前で、お亡くなりに…」

 殿下がどんな顔をしているのか、怖くてとても見られない。ぎゅっと目を瞑る。

「す、すみません。私、ずっと一緒にいたのに、殿下を守れなかったんです。…ごめんなさい。すみません。ごめんなさい…!」

 いくら謝ったとしても許されるものではない。しかし、謝らずにはいられなかった。

 

「リナーリア」

 殿下が椅子を蹴り、私の傍に駆け寄ってくる。

「…ご、ごめんなさ…」

「もういい、リナーリア。謝らなくていい」

 その温かい手が背中を撫でるのが分かり、目から涙が零れた。

 

 

 

 

「…すみません、もう大丈夫です…」

 しばらくして、ようやく落ち着いた私は二人にそう言った。

「本当に大丈夫か?」

「はい…」

 ずいぶん取り乱してしまったし、結構ひどい顔になってる気がするが、そこはもう気にしないでおこう。話の続きをしなければ。

 

「殿下は、私が見つけた時には倒れていて…。どうやら、毒入りのワインを飲まされたようでした。…必死で手を尽くしたのですが、間に合いませんでした」

 すぐに医術師を呼び、私自身も解毒の魔術を試みたが、既に毒が回った後だった。

 部屋には多分、防音の魔術がかけられていたのだろう。倒れた殿下の声は、外には届かなかった。

 

「私は、犯人を追うために飛び出しました。…ですがやっと追いついた犯人たちは、罠を張ってこちらを待ち構えていたんです。戦いになり、私もまた致命傷を負って倒れました。…そこに現れたのが、あの竜人…ライオスです」

 やっと思い出した。朦朧とする意識の中、空に浮かぶ月の中に現れた鳥のような影。

 ライオスは、死にかけている私を宙から見下ろしていた。

 

 

「ライオスは私に問いかけました。『叶えて欲しい願いはあるか』と」

 初めて会った時と同じ問い。

 だが、私の答えはその時とは変わっていた。

 

「…私は、全てを悔いていました。どうして気付かなかったのか、殿下の傍を離れなければ、ちゃんと注意していれば。…何より、彼女を、犯人を、殿下に近付けたのは私でした。あんな事勧めなければ良かった…。…私は、たくさんの事を間違えてしまいました。だから、やり直す事を願ったんです」

 もう一度全てをやり直す事ができれば。

 今度は間違えたりせず、殿下の命を守るために生きたいと願った。

 

「ライオスは言いました。『お前の願いを叶えてやろう。その代わり、お前は我が妻となれ』と。私は、藁にもすがる気持ちでその通りにすると誓いました」

 

 冷静になって考えると全く意味が分からない。

 そもそも前世の私は男だったのだ。それを我が妻だとか、竜人はアホなのかも知れないと真剣に思う。世の中に女性はいくらでもいるだろうに。

 私も平時だったらまずそんな馬鹿げた誓いはしなかっただろうが、その時の私は死にかけていて、ろくにものを考える力も残っていなかった。何より、少しでも殿下を助けられる可能性があるのなら何でも良かった。

 

 

 

「なるほどな…。予想はしてたが…ずいぶんとまた、気に入られたもんだな」

 スピネルが嘆息する。その横で、殿下がぎりっと歯ぎしりをした。

 物凄く低い声で呟く。

「…では、君は。俺を助けるために、あの竜人に自らを捧げると、そう誓ったという訳か」

 

「ひぇ…」

 私はびくりと身を竦ませた。

 …殿下が見た事もないくらい、凄まじく怒っておられる。

 完全に目が据わっているし、握り締めた拳の下でテーブルがなんかミシミシ言っている。

「おい殿下、落ち着…」

「これが落ち着いていられるか!!!!」

 叫んだと同時に今度はバキッ!という音が聞こえた。テーブルの寿命が近い。

 

「あ、あの、でもですね。おかげで本当に人生をやり直せたわけで…そ、それに、殿下が助かるのと同時に私も助かりましたし…あのままだと私死んでたので…」

「だからと言って!!」

「いや本当落ち着けって!今こいつに怒ったってしょうがねえだろ!」

「……っ!」

 立ち上がりかけた殿下は、スピネルに止められ何とかもう一度座り直した。うつむいて頭を抱え、苛々とした仕草で髪をかき回す。

 

 …こんなにも取り乱し、腹を立てている殿下を見るのは初めてだ。

 私はオロオロしながらスピネルの方を見たが、スピネルは無言で首を振った。余計な口は挟むなという事だろう。

 

 

 

 しばらくハラハラとしながら見つめていたが、やがて殿下が口を開いた。

「…すまない。リナーリアは悪くない。悪いのは、あの竜人だ」

「え…」

 でも、ライオスは確かに私の願いを叶えてくれたのだ。人では絶対に叶えられないだろう願いを。

 その結果、私は今こうして殿下と話せている。

 

 そんな私の考えを見透かすように、殿下はきっぱりと言った。

「一度死んだという俺がこうして生きているのは、確かにあの竜人のおかげかもしれない。だが君は、最初会った時には願いなどないと言って断ったのだろう?それなのに、君が死にかける時まで待ってからまたやって来て、願いを叶える代わりに妻になれと言う。…人の弱みに付け込むそのやり方は、あまりに卑怯だ」

「俺も殿下の意見に賛成だな。奴は多分、契約を持ちかけるチャンスを狙ってお前の事を見張ってたんだよ。気色悪い野郎だ。本当は、死にかける前に助ける事だってできたんじゃないのか?」

 スピネルが嫌悪感を滲ませて吐き捨てた。

 

「……」

 …確かに、二人の言う事も最もだ。

 そんな状況でもなければ、私がその契約を受け入れる事などなかっただろう。

 

 

 殿下が再び私を見る。

「…君はあの竜人に、あと3年と言っていたな。それはつまり…」

「はい。私がやり直し終えたら迎えに来る、そういう契約です。私が願いを叶えてもらったのは20歳の時だったので、それが期限だと…」

 今なら思い出せる。遠ざかる意識の中、確かにライオスがそう言ったのを聞いた。

 ライオスが迎えに来るその前に、必ず目的を達成しなければならない。

 

「契約を反故にする事はできないのか?」

 その問いに答えたのは何故かスピネルだった。

「こいつにはもう、契約が刻み込まれてる。こいつが恋愛にやたら鈍かったり、たまにおかしな反応をするのも、多分それの影響だ。…いずれはあの竜人の妻になるんだって暗示をかけられてるんだよ」

「お前が呪いと言っていたのはそれか?…人を殺しかけたとも言っていたが」

 

「あー…」

 スピネルがしまったという顔で目を逸らした。私は思い切り睨みつけたが、スピネルはしぶしぶという感じで口を開く。

「…捕まってる時、オットレの野郎がこいつを襲おうとしたんだよ。それでこいつは、多分無意識だろうが、自分の身を守ろうとしてオットレを半殺しにした」

 

 …ライオスの事を思い出した時点で、そうではないかと思っていたが。

 やはりあの時オットレの首を絞めていたのは、私の意志ではなかったらしい。思わず唇を歪める。

「正直、契約とか関係なく全殺しにしたかったですけどね…」

 したかったと言うか、今でもしたい。くそ。殿下には絶対知られたくなかったのに…。

 

「……。なるほど」

 殿下は完全な無表情になっていた。

 怖い。

 

 

 しかし、私が恋愛に鈍いのも竜人の仕業だったのか。おのれライオス…と思いかけて、ん?と首を捻る。

「あれ?でも私、ライオスに会う前からしょっちゅう鈍いって言われてましたよ?」

「何?」

 言われたのは主に同級生からだったが、殿下からも言われた時はさすがに落ち込んだ。

 あれは確かミメットとの約束の時間に遅刻し、「もう帰って!」と怒られてすごすご帰ってきた時だったか…。今思えば、ミメットのあの冷たい態度もツンデレだったのかも知れない。悪い事したなあ…。

 

「…お前バカだもんなあ…」

 スピネルは心底から残念なものを見る目で言った。

 腹立つ。言わなきゃ良かった。

「でも、前にやたら頭痛がってた時あったろ。あれは多分契約のせいだぞ」

「ええと…」

 何だっけ。そう言えばそんな事があったような。急に頭がぼんやりしてくるのを振り払い、思い出そうと試みる。

 

「…確か、バドミントンをした時と…、あと、ギロルの所に行った帰りに…」

「あーーー!!!」

 いきなりスピネルが叫んだ。

「!?」

「いや、いい、思い出すな。また頭が痛くなるぞ」

「…そう、ですね…」

 多分スピネルの言う通りだ。考えようとすると頭が痛くなる。

 自分の思考が操られているのだと思うと、ひどく気持ちが悪い。

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