世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
「…だけど、竜人がそんなに私にこだわる理由が分からないんですよね。どうして私なんでしょうか。助けてもらったお礼に飴玉をあげただけの仲ですよ?わざわざ女に変えてまで欲しがる理由が分かりません」
「そりゃお前が…、…うん?」
スピネルが物凄く変な顔になった。殿下も「?」という顔で私を見ている。
「…今なんて言った?」
「だからどうして私を…、あ」
順序立てて話そうとしたせいでまだ言っていなかったと気付く。
きっと驚くだろうしあまり言いたくもないが、今更隠しても仕方ないだろうから説明する。
「人生をやり直したって言いましたよね。その前は私、男だったんです」
たっぷり10秒ほども、場を沈黙が支配した。
「…えっと、だから私、元はおと」
「やめろ!!聞きたくない!!!」
スピネルが耳を塞ぎながら叫んだ。
…そこまで動揺するか?こっちまでショックなんだが。
いやでも、仮にスピネルが実は女とか言われたら私も動揺するかもしれないな…。不気味な想像しかできないし。
殿下の方はと言うと、何だかカタカタ震えていた。えっ…これもちょっとショックだ。
「…だ、大丈夫だ。俺は気にしない」
「殿下!」
さすがは殿下だ。性別など殿下にとっては瑣末なことなのだ。
なんか瞳孔開いてるのが気になるけど…。
「お、俺は大丈夫だ。リナーリアなら、男でもいけると思う」
「え」
「落ち着け殿下!!今のこいつは女なんだからそんなトチ狂った覚悟決めなくていいんだよ!!!」
「…すまない…少し取り乱した…」
「ああ…。くそ、あの野郎…マジかよ信じらんねえ…」
殿下とスピネルはやたらぐったりした様子で言った。
そこまで衝撃を受けられるとは…。
スピネルなんかいつも私を女らしくないって言ってたくせに。
「えー、だからですね、やり直す前…前世の私は、ジャローシス家の長女じゃなくて、三男でした。それで、殿下の従者だったんです。言っておきますが、性別を変えたのは私の意思ではないですよ」
「何…?従者…?リナーリアが?」
殿下が私とスピネルの顔を交互に見る。いまいち飲み込めていない様子だ。
「そうです。ちなみにスピネルは、ただの学院の先輩でした」
「そりゃ、なんつーか…想像できねえな。ただの先輩か…」
スピネルもぴんと来ない顔をしている。
「スピネル先輩は女たらしで有名でしたよ。いつも誰か女の子を連れていましたね。違う子を」
「…は?」
スピネルがぎしっと固まり、殿下が何とも言えない表情でそれを見る。
「…そうなのか」
まあ、驚くのも分かる。前世の彼と今世の彼はだいぶ違うからなあ。
従者という立場の違いが、私と彼の人生を大きく変えている。
「…と、とにかく分かった。…お前が殿下や王宮のことにやけに詳しかった理由も、やっと分かった」
「はい」
スピネルはあからさまに話題を逸らしたい感じだったが、突っ込むのも可哀想な気がしたので素直にうなずいた。
「10歳の時までは、自分が男だった事なんて完全に忘れていました。生まれ変わって人生をやり直してるなんて思わずに育ったんです。でも、殿下が初めてジャローシス屋敷に来たあの時に、前世での記憶を思い出しました」
「あのわんわん泣いてた時か」
「そ、そうです…あまりに懐かしくて、つい…」
もう7年も前なのに、未だに恥ずかしい。
「…そうか。俺はあの時、初めて君に出会ったと思っていたが…。君にとっては、再会だったんだな…」
殿下はどこか、噛み締めるように言った。
「申し訳ありません。今まで黙っていて…」
「そうだな。言いにくかった気持ちも分かるが、もう少し早く教えてほしかった…」
少し悲しげに言われ、申し訳なさが募る。
できれば最後まで知られたくはなかったけれど、殿下にとっては真逆の思いだろう。
「…まあ、今更言っても仕方ねえ。それより…」
スピネルが厳しい顔つきになって私を見る。
「聞き捨てならないのは、殿下が殺されたって話だ。まずそこを聞かせてくれ。そもそもの原因もそれだしな。…一体、誰がやったんだ?フェルグソンの手下か?」
「…いいえ」
私は首を横に振った。
今でも覚えている。あの森の中、私を待ち構えていた彼女のことを。
「…フロライア。フロライア・モリブデンです」
「フロライア…?」
これには、殿下とスピネルも衝撃を受けているようだった。
彼女が人を、しかも殿下を殺すなんて想像できないだろう。私だってあの時まで、そんな事夢にも思わなかった。
「…武芸大会のあれは、やっぱり…」
スピネルが小さく呟いたのは、大会で彼女との試合中に魔術干渉があった件を思い出したからだろう。
「しかしなぜ、彼女が。どうやって気付かれずに毒を盛った?」
「彼女は、殿下の婚約者だったんです」
「何!?」
二人が驚愕する。
「翌年には式を挙げる事になっていました。それもあって、その年の視察ではモリブデン領を訪れる予定になっていたんです。しかし、モリブデン領に向かう途中に宿泊したバリッシャー領に、彼女は現れました」
数人の護衛を伴い、夜になってからバリッシャー領の屋敷にやって来た彼女は、「殿下を驚かせたくて、お迎えに上がりましたわ」と言って笑った。
私たちは驚いたが、特別不審には思わなかった。バリッシャー伯爵もフロライアが来る事は予め聞いていたらしく、「いたずらが成功しましたな」と言って彼女を歓迎していた。
バリッシャー家とモリブデン家は比較的仲がいいが、暗殺に加担していたかどうかは分からない。事件後、罪を擦り付けるために利用された可能性もある。
フロライアは殿下や私たちと晩餐を共にした後、モリブデン領特産のワインを持って殿下の部屋を訪ねた。
婚約者同士の時間を邪魔しようと考える者などいない。私も自分へあてがわれた部屋に行き、翌日の支度をしたり護衛たちと打ち合わせをした後、そのまま休もうとしていた。
だがふと窓の外を見た時、どこかへと発つ数頭の馬の影が見えた。
誰が乗っているのかまではわからなかったが、こんな夜中に一体どこへ行こうと言うのか。
何だか妙な胸騒ぎを覚え、少しばかり気が引けたが殿下の部屋のドアを叩いた。しかし、何の返事もない。
もう休んだのだろうか?だが、眠るには少し早い。フロライアが殿下の部屋を訪ねてからまだそんなに時間が経っていない。
それに、静か過ぎはしないだろうか。
私は思い切ってドアを開け、…そして、血を吐いて倒れている殿下の姿を見つけた。
「…彼女がなぜ、殿下を殺したのかは分かりません。誰かの…例えばフェルグソンの指示だった可能性も否定できません。前世での記憶を取り戻してから、私は彼女について密かにずいぶんと調べました。しかし動機らしい動機も、それらしい背後関係も、未だに見つけられていないんです」
「お前が彼女のことを妙に避けてたのは、それか…」
スピネルは何か思い当たる事があったのか、納得したように言う。
「…さ、避けてました?」
「何となくそんな感じには見えた。向こうにそれがバレてたかどうかは知らんが」
「……」
思わず殿下を見ると、殿下も少しだけうなずいた。
思っていた以上に色々悟られていた。
自分では、誰にも悟られないよう行動していたつもりだったので結構ショックだ。
「でも調べてたって、何をどうやって調べてたんだ?」
「彼女の行動とか噂とか、モリブデン家についてとかについてですね。しかし一人で調べてもあまり成果がなくて、スフェン先輩の手を借りるようになってから、やっと少し情報が集まってくるようになりました」
「スフェンの?」
「あっ、そうです。先輩だけは、私の秘密を知っているんです。たまたま、ちょっとした事でバレてしまって」
「たまたまなあ…」
スピネルがジト目で私を睨む。
「お前の事だから、何かあれこれやらかしてそうな気がするんだよな」
「何もしてませんが」
「嘘だな」
しれっととぼけてみたが、即座に否定されてしまった。
「お前の目的は殿下を助ける事なんだろ?そのために、犯人について調べ回ってたってのは分かる。なるべく殿下の近くにいて守ろうとしてたのもな。でも、絶対それだけじゃないだろ」
「……。まあ、多少は」
「リナーリア…」
殿下にじっと見つめられ、私は観念した。
「基本的に大した事はしていないんです、本当に。せいぜい、なるべく交友関係を広げるようにして来たくらいですね。情報を集め、味方を増やしたかったからです。迂闊に動けば敵に悟られてしまうと思い、できるだけ目立たないように生きてきました」
「目立たないように…?どこがだ…?」
スピネルはともかく殿下までもが疑問の目で私を見た。
「そ、そう努力はしてたんですよ!!前世と今世では、起こっている出来事が違います。私とは関係なく、私の知らない事件が勝手に色々起こってるんです」
何故か妙に事件に巻き込まれたりはしているが、望んで巻き込まれたものはほとんどない。