世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
「自分から積極的に大きく干渉したのは、ブロシャン領での事件くらいです」
あの時だけは、歴史の流れが変わるかもしれないと分かっていて動いた。
「水霊祭の時のあれか。お前、付いて来たがってたもんな。干渉したってのは?」
「前世では私は、従者として水霊祭に同行していました。そこで同じように巨亀に遭遇したのですが…ユークはその戦いの中で、命を落としてしまったんです」
二人が驚きに目を瞠る。
「ユークレースが…?」
「…それでブロシャン公爵夫妻はずいぶんと気落ちし、王家とも少々気まずくなりました。更に魔鎌公の死も重なり、厭世的になって、ブロシャン領に籠もりがちになったんです。親しい貴族たちにも距離を置くようになり…」
そこまで言えば、二人にも事情が察せられたのだろう。スピネルが私の言葉を引き取る。
「国王陛下や殿下は、その支持基盤を弱めることになった。…そういう事か」
「はい」
首肯した私に、二人が苦い顔になる。ブロシャン公爵は、陛下や殿下の最大の支持者なのだ。
「逆に、フェルグソン派の発言力は増しました。もちろん国を乱すほどの力はありませんでしたが、カルセドニー陛下が在位している内に権勢を増しておきたいと考えた者は多かったようで、動きが活発になりました」
カルセドニー陛下は体調に不安があるので、早くに王位を退く予定だった。まだ若く健康なエスメラルド殿下が後を継げば、その在位は長いものとなる。
そうなる前に、自分たちの権力を強固にしておきたかったのだろう。
「国王支持派は団結して対抗していましたが、肝心のブロシャン公爵が政治に興味を示さなくなっていたのは、大きな痛手のようでした。王弟のシャーレン様を取り込もうという動きをする者たちもいたようです」
「ありそうな話だな…」
二人も貴族間の力関係や事情には詳しい。すぐに想像がついたようだ。
「ユークを救えば、それらの事態を防げるだろうと思ったんです。…前世では助けられなかった事に、個人的に負い目を感じていたというのもありますが…。彼が命を落とす所を、私も目の前で見ていたので…」
「だからってあんな無茶したのか。…お前、危うく死ぬ所だっただろうが」
スピネルが私を睨む。彼はあの時、私を庇って重傷を追ったのだから、怒るのは当然だろう。
「すみません…。でも、色々と誤算があって。前世ではタルノウィッツの事件なんて起こらなかったので、本当はあの場に王宮魔術師がもう一人いたはずだったんです。何より、あんなに強くなかったんですよ、巨亀。前世では二つしか首がなかったので」
「マジか」
「多頭の魔獣は首が増えるほど強くなるんだったな」
「ええ。三つ首になって攻撃方法も多彩になっていましたし、身体も大きくなってより堅くなっていたように思います。死者が出なくて、本当に良かったです…」
ユークレースを助けられたとしても、他に犠牲者が出ていたらとても辛かった。皆無事で運が良かったと思う。
その後ブロシャン魔鎌公は亡くなったが、あれは病死だしな…。
「…しかし君は、他にも何かと危険な目に遭っている気がするが。今回攫われたのもそうだが、何年か前に遺跡で行方不明になった事件だとか…」
殿下が眉をひそめるが、私はそれに首を振った。
「あの遺跡には私もびっくりしたんです。前世ではあんなもの発見されていませんでした。私は従者なので毎回視察に同行していましたが、ジャローシス領に行ったのは別の年でしたし…」
「…ふうん?」
スピネルがちょっと首を捻る。
「フェルグソンの事もそうで、前世では誘拐されたり、秘宝が盗まれる事はありませんでした。フェルグソンは普通に直轄領の統治を続けていて、オットレも卒業後はその補佐に付いていたはずです。クーデターの計画があったかどうかは分かりませんが…」
もし知っていたら絶対に阻止していた。
「…ただ、もしかしたらブロシャン領の巨亀の事件が、今回の秘宝事件の遠因なのかも知れないとは思ってます」
私は近頃考えていた事を口に出す。
「前世では巨亀はあそこまで強くなかったので、多少苦戦はしたもののきっちりと護衛騎士が止めを刺していました。殿下も戦闘に参加していましたが、ユークレースが巻き込まれて死亡していたのもあって、今世のように『殿下が大型魔獣を討伐し大手柄を立てた』と喧伝されたりはしなかったんです」
自ら剣を取って戦った殿下の勇敢さはもちろん褒め称えられていたが、やはり人死にがあったので、基本的に悲しい事件として扱われていた。
しかし今世では王子による輝かしい武勇伝として、王都どころか国中に話が広がっているはずだ。
「その他にも、殿下は討伐訓練で翼蛇の魔獣を仕留めたり、武芸大会で優勝したりと名声を高めていて、貴族からも民衆からもずいぶん支持されていると聞きます。これらは前世ではなかったものです。ブロシャン公爵夫妻もお元気で王家との仲は良好ですし、殿下は前世よりずっと盤石な立場を築けていると思います」
前世でも優秀な王子として支持はされていたが、今世のように民衆にまで広く活躍が知られたりはしていなかった。
「…それが、フェルグソンを焦らせたのではないかと。ただの推測ですけど…」
「その推測は合ってるな」
スピネルが言う。
「フェルグソンから取った自白の調書に目を通したが、どうも奴は殿下がどんどん支持を集め地盤を固めていくのに焦っていたようだ。普通なら学生の間にそんな手柄をいくつも立てる事なんてないから、誤算だったんだろうな。ここから形勢をひっくり返すには、秘宝にでも頼るしかない…そう考えたらしい」
「やっぱり…」
納得していると、殿下が私の方を見た。
「俺がそうして立てた手柄は、皆の力を借りて成し遂げられたものばかりなんだがな。特に、リナーリア…君にはずっと助けられてきた。君のおかげだ」
「そんな事ありません」
突然感謝され、少しばかり慌てる。
「それはもちろん、いつだってお助けしようとはして来ましたが、戦う事を自ら選んで来られたのは殿下ですよ。その強さと勇気は、殿下ご自身のものではないですか。魔獣を倒したのも、武芸大会で優勝したのも、そしてフェルグソンを捕らえたのも。殿下が努力して、己を鍛え上げてきたからこそ出来た事です」
スピネルもまたうなずく。
「そうだな。殿下がそうやって頑張ってきたのは、大事なものを守りたかったからだろ。それをしっかり行動に移して、結果を出した。それだけの話だ」
「それに」と私は付け足した。
「スピネルの存在もとても大きいと思います。殿下の事をよく支えていて、殿下にとって必要な方だと私の目から見ても分かります。私も、スピネルにはずいぶん助けられてますしね」
「ああ。とても感謝している。…お前はいつも俺に必要な助言をくれるし、剣術でもそうだ。お前という壁が目の前にあるからこそ、より奮起できている」
殿下に微笑みかけられ、スピネルが少し照れくさそうな顔になる。
「悔しいですけど、スピネルが殿下の従者で良かったと本当に思います。…ブーランジェ家は、うちよりずっと力がありますしね…」
ブーランジェ家はいかにも武門の家という感じで、昔からあまり権力に興味を持たないものの、発言力と軍事力は大きい。
人ではなく国に仕えているという態度を基本的に崩さないので、王位争いが起こった時なども中立を保つ事が多いのだが、今代に限ればスピネルが従者をやっている関係でかなり殿下寄りのはずだ。
「お前んちだって、お前が思ってるよりは力あるだろ。お前の親父、実は結構人望あるぞ」
「でも、うちみたいな家は争いが起こった時にはあまり役に立たないじゃないですか」
うちの家は新興だし、しがらみが少ない代わりに他家と太い繋がりを持たない。平和な時ならばそれなりの財力を背景に地位を保つ事ができるだろうが、有事の際には孤立しがちだ。領も遠く、王都で何かあっても大した力にはなれない。
私が従者に決まった当時は、フェルグソンが再び玉座を狙うなんて誰も思わなかったからそれでも良かったのだろうが…。
すると、殿下が何故か少し悲しそうな顔になった。スピネルもちょっと嫌そうな顔をする。
「…侯爵家のくせに、妙に自分の家の事を低く言う奴だとは思ってたが。判断基準がそこだったからか」
「だ、だって本当の事ですし…」
「確かにそれも間違ってはいないけどな…」
ため息をつかれてしまった。何か思う所があるが、口に出す気はないという態度だ。
…私はそんな変な事を言ってるだろうか。
「…あ!あと、前世から大きく変わってる事が一つあるんです」
急に思い出し、私は声を上げた。
「なんだ?」
「エンスタットです。彼、ずっとヒョロヒョロで痩せてたはずなのに、今世では何故かマッチョ化してるんですよ!すごい筋肉を付けてるんです!!」
クラスメイトのエンスタットは武芸大会後も身体を鍛え続けているらしく、日に日に逞しくなっている。もはや筋肉魔術師という新たなジャンルを切り拓けそうだ。
しかし、殿下もスピネルも一瞬でスン…とした。
「…いやそれ、お前が筋肉女神になったせいだろ…」
「そうだな…そのせいだな…」
「!?で、殿下まで!」
「すまないが、どうでもいい情報過ぎる…」
「……。それもそうですね」
何か関係あるとも思えない。物凄くどうでも良かった。