世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

193 / 292
第152話 竜人と竜との話・6

「ほら、これで目元冷やしとけよ」

「うぅ…す、すびばせん…」

 スピネルが差し出した濡れタオルを受け取り、目元に当てる。

 

 スミソニアンの事をどうこう言えないくらいに号泣してしまった。こんなに泣いたのは10歳の時以来だ。

 殿下は最初は優しく見守ってくれていたと思うが、私があまりに泣くからか途中からずいぶんオロオロしていた。

 そのうちにスピネルが戻ってきて、多分かなりぎょっとしたんだと思う。何やら慌ててバタバタと走って、タオルを持ってきてくれた。

 私も必死で涙を止めようとしたのだがどうしても無理で、結構な時間泣いてしまった。

 いい年をして何て事だ。恥ずかしいなんてもんじゃない。

 

 

「殿下がこいつと話したそうだったから外に出てたが…。一体何の話をしたらこうなるんだよ」

「…まあ、ちょっとな」

「ふうん」

 スピネルは適当な相槌を打った。一応尋ねただけで大して追及する気はないらしい。

「だが、越えるべき相手が一人増えた」

「へえ?」

 殿下が付け足すと、スピネルは今度は妙に楽しそうな声を出した。

 目にタオルを当てているので見えないが、絶対ニヤついている。何が面白いんだよこいつ。

 

「しかし、何かもうグダグダだな。今日はいっぺん帰って仕切り直した方が良いんじゃないのか」

「だ、だめれす!」

 私はタオルを取って叫んだ。

「まだ、スピネルの話、聞いてないじゃないれすか!」

 本当にグダグダだが、こんな所で帰れるものか。訊きたい事が色々あるのだ。

「分かった、分かったから、お前はもうちょっと休憩しとけ。つか、鼻かめよ。鼻水垂れそうになってんぞ」

「ふぐぅ…」

 

 

 

 それからしばらく後、メイドを呼んで新たにお茶を淹れてもらい、タオルも片付けてもらって、ようやく話を再開する事になった。

 ちょっと目が腫れぼったいが、もう涙も鼻水も止まった。表情を引き締め、スピネルの方を睨む。

「ちゃんと聞かせてもらいますよ。…スピネルは竜人について妙に詳しい素振りでしたが、何故ですか。何を知っているんですか?」

 

『…それには、私が答えよう』

 

「ひゃあ!!?」

 スピネルの隣に忽然と姿を現した男に、私は悲鳴を上げた。

「だ、誰…いえ、あの時の人!?」

 確かに見覚えがある。黒髪に赤い瞳の、背の高い男。

 オレラシア城の塔の中で、オットレの首を絞めた直後にいて、そのまま消えた男だ。

 

「人…?人なのか?」

 同じく驚愕している殿下が、訝しむように男の方を見る。

「え?男の人ですよね?」

 いきなり現れはしたが、外見は普通の人間だ。20代後半くらいだろうか、彫りの深い顔立ちがライオスに少し似ている。

「男?俺にはぼんやりした光にしか見えないが。人型はしているが…」

「えっ?」

 

 

「やっぱり、お前にはちゃんと見えるんだな」

 スピネルがちらりと男の方を見た。

「幽霊みたいなもんだ。力が強い奴にはぼんやりした人影に見えるが、見えない奴には全く見えないらしい。お前みたいにはっきり姿が見えるのは、力が強くて相性も良い奴だけなんだそうだ」

「相性というと、魔力相性ですか」

「似たようなもんだ」

 幽霊…。どう見ても人間だが、言われてみると何となく生気を感じない。

 

「…あの時、私を止めたのは貴方ですか?」

 試しに尋ねてみる。

 無意識にオットレの首を絞めていた時、誰かの制止する声が聴こえた。あれはもしやと思ったのだが、案の定男は私を見てうなずいた。

『声が届いて良かった』

 

「…それは、ありがとうございます…」

 あの声がなければ、私はあのままオットレを殺していたかもしれない。

 男が何だか困った顔をしたのは、私の表情がとても感謝しているようには見えなかったからだろう。

 だが許して欲しい。あそこで殺さなくて良かったと理屈の上では分かっていても、どうしても感情がついて行かない。

 

 

「もしかして、ライオスが亡霊って言っていたのは貴方の事ですか。スピネルに取り憑いてるんですか?」

『概ね、そう理解してくれて構わない』

 私の質問に男が再びうなずいて答え、殿下が不思議そうに首を傾げる。

「声はちゃんと聴こえるな。確かに男の声だ」

「そりゃ助かる。いちいち通訳しなくて済む」

 スピネルが肩をすくめ、男が殿下の方を見た。

『声が聴き取れるのは、その首から下げている護符の影響だろう』

「…何?」

 恐らく服の下に着けているのだろう、殿下が自分の胸元へと手をやる。

 

『それには私の鱗が使われている』

「え!?」

「鱗…?」

 殿下の護符に使われている鱗と言えば、あれしかない。私がかつて迷い込んだ遺跡で手に入れたもの。

 

 

「…じゃあ貴方は、古の竜…『流星(ミーティオ)』なんですか?」

『ああ。そうだ』

 

 

「……」

 私は呆然とミーティオを名乗る男の顔を見つめた。

 …竜人の次は竜が出てきてしまった。

 ものすごく驚きなのだが、竜人のように角や翼があるわけでもなく人間の男にしか見えないので、何だかピンと来ない。伝承だと老若男女さまざまな姿に化けて人々の中に交じっていたというから、そっちの姿という事か。

 思わずスピネルの方を見るが、当たり前のように平然とした顔をしている。

 

「…ミーティオ。はるか昔に火竜山にいたという竜か?その幽霊だと?」

 殿下の問いに、ミーティオが答える。

『正確には幽霊ではない。私の身体はまだ、あの地の底で眠っている』

「そ、そうだ。不思議だったんです。あの遺跡では竜の身体について研究していたようなのに、肝心の竜の死体…その本体が見当たらなかった」

 私が入った倉庫の中にあったのは、鱗だとか骨だとか、身体のごく一部分の標本だけだった。竜はかなり大きいはずなので、おかしいとは思っていたのだ。

 眠っているという事は、今眼の前にいるのは生霊のようなものか。

 

 

「私、あの場所から竜の鱗の欠片らしきものを持ち帰っていたんです。それがとても私の魔力と相性が良かったので、素材に使って自分用の護符を作成したんですが、その時に出来た粉末を殿下の護符にも塗り込んであります」

 胸元の流星の護符を握りしめる。

 

「すみません、殿下の護符にそんな細工を…あまりに魔力を込めやすかったので…」

「…いや、別に…良いが…」

 殿下はとても微妙な顔で私とミーティオを交互に見た。

 本当はあんまり良くないけど、何とか飲み込んでくれてる感じだ。目の前にその鱗の持ち主がいると思うとちょっと不気味なんだろう。申し訳ない。

 

『君がその鱗を持っていれば、私は君の危機を知る事ができる。だから君がそれを身に着けるよう、彼に頼んで誘導してもらった』

 ミーティオがスピネルの事を横目で見る。

「そう言えば、護符を作れと勧めたのはスピネルでしたね。あっ、じゃあ、攫われた時にスピネルが助けに来たのは…」

「このおっさんが俺に知らせたからだ。お前が危ないって」

 道理でやけにタイミング良く助けに来た訳だ。宝物庫はあの広い城の中でも一番奥の方にあるのに。

 

 

 それを聞いて、殿下が何だか難しい顔になる。

「…話を聞く限り、お前はリナーリアの事を守りたがっているようだが。何故だ?」

 すると、ミーティオはどこか悲しげな顔で私の方をじっと見た。

 ほんの少しためらうようにして口を開く。

『…彼女、リナーリアは恐らく私の子孫だ』

 

「ご、ご先祖様…?竜が?」

 そんな話は初耳だ。我が家はただの魔術師の家系のはずで、竜がどうこうなんて聞いたことがない。

『私が人と共に在ったのは遥か遠い昔の事だ。話が伝わっていなくても無理はない』

「あ、そうでした」

 ミーティオという竜がいたのは1万年以上も前だったと言われている。伝わっている方がおかしい。

 

『私の血が混じっている人間はこの島に少なからずいるだろうが、それは長い年月を経てとうに薄まっている。とても感じ取れるようなものではない。…だが君や君の母は、不思議と血が濃いんだ。近くにいると、その気配が分かる』

 という事は母方の血なのか。そう言えばライオスは私に対し、自分に似た気配がすると言っていたが…。

「お母様を知っているんですか?」

『ああ。彼女があの地に嫁いできてから、子を…君の兄を、産み育てるのを見ていた』

 ミーティオの目には、喜びとも悲しみともつかない複雑な感情が浮かんでいる。

 

「…ええと。では貴方の目的は、自分の子孫を守る事…ですか?だから私を助けてくれたと?」

『それも目的の一つだ。できる限り守りたいと思っている。だが、真の目的はそれではない』

 ミーティオは厳しい表情で、その赤い瞳を光らせた。

 

『私の力が込められた宝玉と、天秤。その二つを取り戻す事だ』

 

 

 

「…天、秤」

 思わず声が震えた。顔から血の気が引くのが分かる。

 

「どうした、リナーリア」

「て、天秤という言葉を前世で聞きました。あの時。逃げたフロライアから…」

『詳しく聞かせてくれないか』

 勢い込んで尋ねられ、私はあの時の事を思い出す。

「森の中で彼女に追いついた私は、問いかけました。何故、殿下を殺したのかと」

 

 彼女は最初、わざとらしくはぐらかした。今思えば、仲間たちが私を囲む時間を稼いでいたのだろう。

「彼女は答えました。殿下は『天秤を傾ける者』だからだ…と。その直後に私は斬りかかられ、戦闘になって、問答どころではなくなりました」

 

「俺が…?何の事だか全く分からないが…」

 殿下もやはり、天秤には心当たりがないようだ。まあそうだよな。殿下の周囲にそんな物があったなら、従者の私だって知っているはずだし。

 私はミーティオへと問いかける。

「この言葉の意味を、貴方は知っているんですか?天秤とは何ですか?」

 

 

『…言葉の意味については、よく分からない。天秤は人間が一人の力で傾けられるようなものではないんだ』

 彼は首を横に振った。

『天秤と宝玉は、ある人間の願いを叶えるため、私の力のほとんどを注ぎ込んで作ったものだ。…宝玉の方は、今はライオスが持っている。あの城で見たから間違いない』

 ライオスが首から下げていた、あの赤い宝玉の事か。

 

『天秤の方は、そのフロライアという女の元にあると考えるべきだろう。その言葉を聞く限り、正しい使い方を理解しているとは思えないが…』

 物憂げに呟き、ミーティオは再び私を見る。

『この2つについて始めから話すと、ずいぶん長い話になる。…だが、君には聞く権利がある』

 

 そして、竜であるという男は語り始めた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。