世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
「この島に魔獣が現れるのは、女神の呪いのせいだったんですね…」
ミーティオの話を聞き、私は呟いた。
水霊神がこの島を守護し、人と子を成したという伝説は今もこの国に伝わっている。しかし、その妻だった女神の話は初耳だった。
水霊神の威厳を守るため、消されてしまった話なのだろうか。
『神の血脈は、この島に確かに残っている。君たちが高魔力者と呼ぶのは、その血を受け継ぐ者たちだ』
「高魔力者の中に、たまに特殊な力を持つ奴がいるのも神の血のせいらしい。殿下がやたらと勘が良いのとかな」
「むむ…?」
スピネルにそう言われ、殿下が少し驚く。
人並み外れて目や耳が良かったり、過去を見たり未来を予知したりという不思議な力を持つ者が貴族の中に稀に生まれる事は知られている。殿下もそうだったのか。
『リナーリアの記憶力の良さも、その一種だと私は思う』
「え、そうなんですか?」
ちょっとびっくりして、私はミーティオの顔を見た。
『普段の記憶力もそうだが、そんなにもはっきりと前世の記憶があるのは、恐らく君自身の力によるものだろう』
「…言われてみればそうですね」
元々記憶力には自信があるが、人の記憶とは頭の中…脳に記録されるものだと言われている。生まれ変わった時には私の頭もまた一新されているので、本来その時に記憶もまっさらになっているはずだ。
まず生まれ変わった事自体が不思議すぎたので、記憶まではあんまり気にしていなかった。
「…それで、眠りについた後はどうなったんだ?この島には、他の地へ行く宝玉と天秤の話など伝わっていないが」
殿下に尋ねられ、ミーティオは悲しげに目を伏せると再び話し始めた。
『…次に私が目を覚ましたのは、彼女と別れて200年近く経ってからだ』
ミーティオの眠りを妨げたのは、島の周囲に広がる不穏な気配だった。
海の女神の呪いが、かつてない程に強まっていた。島の中に人が増え、魔獣が多く湧き出し始めているのだ。
さらに感覚を研ぎ澄ませ島の中を調べてみたが、門が開いている気配は感じられない。
これは一体どういう事なのか。セレナは一体どうなったのか。
ミーティオは、人に化けて人里に降りてみた。
思った通り、人の数はミーティオが眠りにつく前よりもずいぶん増えていた。しかし、その暮らしは貧しくなっているように見えた。
町の奥の方には、進んだ技術と富を感じさせる高い建物が建っていたが、周辺に広がる人々の住居は昔と変わらないか、あるいはもっと粗末なものだ。
ひどく疲弊していたり不安を抱えている様子の者が多かったが、極稀に贅沢と驕慢を顔に滲ませている者もいた。
ミーティオは様変わりした国の有様に戸惑いながら、町の住民にセレナについて聞いて回った。
幾人かに尋ね、それでようやく答えを得られた。
「それは、ずっと昔に人を惑わす魔女として捕まった女の名前だ」と。
驚愕したミーティオは、図書館に行きセレナについて記録が残っていないか調べてみた。そこにはいくつかの文献が残されていた。
セレナはこの島に混乱をもたらそうとして、ありもしない破滅の未来を予言した魔女だと書かれていた。
彼女は人々の不安を煽り惑わせようとしていたが、一人の男がその企みに気付き、その時の王に危険を知らせた。
そして魔女は王によって捕らえられ、処刑された…と。
ミーティオは衝撃を受けた。信じたくなかった。
さらに他の町を回り、さまざまな人間に尋ねたり文献を調べたが、やはり皆同じように彼女は魔女だと答えた。
そうして調べ回るうちに、国の様子もだんだんと分かってきた。
その頃国を支配していた王や貴族たちは、農民などの弱い者たちから搾取する事で豊かな暮らしをしているようだった。
多くの民は重税に喘ぎ、魔獣に怯えながら、貧しい暮らしを強いられていた。
人が増えた島の中には、魔獣もまた増えている。しかし魔獣は、魔力を持たない者では倒すのが難しい。
そのため民は高魔力を持つ貴族と貴族が抱える兵に頼るしかなく、ただ虐げられる日々を耐えるだけだった。
国に反乱を企てる者も何度か現れたが、それらは皆失敗に終わったようだった。
また、宝玉や天秤の行方についても調べてみた。
天秤については分からなかったが、王が持つという不思議な宝石の話を聞いた。
それは魔獣を退ける力がある宝石で、王の城はその宝石によって守られているのだという。
きっと、セレナに渡した宝玉のことに違いない。
ミーティオはようやく理解した。
この国の王は恐らく、豊かな暮らしを捨てる事を望まず、それを支える民が島から出ていく事も望まなかった。
魔獣が増え、民に犠牲が出ようとも、この島の中で安穏と暮らす事を選んだ。
そのためにセレナを魔女に仕立て上げ、宝玉を奪ったのだ。
その瞬間、ミーティオの胸は焼け付くような怒りと憎しみでいっぱいになった。
彼らはセレナの夢と願いを踏み躙り、殺した。
島から出たくないのなら残れば良い。だが、出たいと願う者を阻み、殺す権利などあるものか。
絶対に許せないと、そう思った。
ミーティオは竜に変じると、国王の元に向かった。
宝玉と天秤を取り戻すため、そして彼女の仇を討つためだ。
近付くと、確かにそこに宝玉と天秤があるのが分かった。
何重もの結界がミーティオを阻み、多くの兵が立ち塞がった。
ミーティオはそれらを蹴散らし、殺して前に進もうとした。
だが、神の与えた使命はそれを許さなかった。
ミーティオは人を守り、その願いを叶えるために生み出された竜なのだ。私利私欲のために力を振るってはいけない。人を殺すなどもってのほかだ。
ただでさえまだ僅かしか力が戻っていなかったというのに、王を守る兵を一人殺すごとに、さらに大きく力が削がれるのが分かった。
結局ミーティオは王を殺しそこね、そこから逃げ出すしかなかった。
人を殺すという禁忌を犯し、弱ってしまったミーティオは、それでも2つの宝を取り戻す事を諦めなかった。諦める訳にはいかなかった。
王はどこかに身を隠したようだった。ミーティオはあちこちを襲い、王を探した。
その時にはもはや、頭には復讐しかなかった。無辜の民も巻き込み、多くの人間を殺した。
だが、ミーティオが眠っている間にも大きく技術を進歩させていた人間は、ただ殺されたりはしなかった。
兵を集めてミーティオを討伐しようとし、そのうちに大きな魔導兵器を作り始めた。
弱りきっていたミーティオはそれに灼かれて地に堕ち、封印されてしまった。
『…その後、私の身体は火竜山の地下に作られたあの施設…君が迷い込んだ遺跡へと運び込まれた』
「では、貴方の身体は封印されたままそこにあるんですか?」
私はミーティオの顔を見ながら尋ねる。
『ああ。限られた者だけが入れる深層部に、時を止めたまま置かれている。あそこは竜について調べ、活用…特に兵器へと利用するための研究施設だ。彼らは増えゆく魔獣への対抗手段を、あらゆるアプローチで探していたようだ。竜を使った研究もその一つだろう』
つまり、私が入り込んだのは表層部だけだったという事か。どこかに深層部へ繋がる入口が隠されているんだろう。
『私は封印されてもなお意識はあったが、もはや、全てがどうでも良くなっていた。神の使命など知った事か。このままでは島の人間は滅ぶかもしれないが、彼らはセレナを殺し、希望の道を自ら閉ざしたのだ。ならばその報いを受けるべきだろうと、そう思った。私はそのまま、静かに眠ろうとしていた。…だが』
ミーティオは片手で顔を覆う。
『恐らく何十年か経ったある日、眠る私を起こしたのだ。あの竜人、ライオスが』
「え!?」
『…あれはきっと、私の身体の一部を用いて、あの研究所の中で生み出された生物だ』