世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
「竜人を造ったのは、人間だというのか」
「はるか昔には、魔術によって新たな生命を生み出す技術があったとは聞いた事がありますが…」
『それに関する彼らの魔術は、今のこの島のものよりはるかに進んでいたようだ。私には詳しくは分からないが』
この島では魔獣が大量発生する災害が度々起こるために、現在に伝えられていない技術が数多くあるという。
今でも人造生命の類の研究をしている魔術師はたまにいるが、せいぜい虫くらいしか作れていないはずだ。
『ライオスはまず、私に名を名乗った。その異形の姿、身に纏う気配ですぐに分かった。これは人が、私に似せて造ったものだと』
ミーティオが顔を歪める。
『…最初に浮かんだのは、嫌悪感だった』
無理もない事だろう。自分の身体を材料にして勝手に別の生き物を造られるなど、私だって気持ち悪いとしか思えない。
『そしてあれは、私に向かって問いかけ始めた』
「お前は竜なのだろう。お前は、我の母なのか」
ライオスの最初の問いはそれだった。
ミーティオはひどく不快な気分になりながら「違う」と答えた。
自分という竜を元にして造ったものなら、ある意味では自分が母とも言えるのかもしれないが、そんなものを認められる訳がない。
「では、我の母を知らないか?」
ライオスはさらに尋ねてきた。
「我には父はいるが、母はいない。母がどこにいるのか知りたい」
その言葉を聞き、ミーティオは理解した。
…これは、自分がどうやって生まれたのか知らないのだ。
見た目は成人の男だが、中身はどこか幼いようにも感じられる。
ミーティオは逆に尋ね返した。
「お前の父というのは誰だ?」
「ネオトス博士」
博士というからには、ここにいる研究者の誰かだろう。
どうやらこれは、自分を造った人間の一人を父だと信じているらしい、とミーティオは思った。
あるいは、実際にその人間の血も使っているのかも知れない。目の前のこの生き物は、人間の気配も確かに混じっている。竜の力を制御するために、竜と人を混ぜて造り上げたのだ。
そのネオトスとかいう人間を父だと思っているから、自分に近い存在である竜…ミーティオこそが母なのではないかと、これは考えたのだろう。
ミーティオは言った。
「愚かで哀れな生き物よ。お前は人間に騙されている。お前が父と信じている者は、お前の父親などではない」
「…なんだと」
「親とは子を慈しみ、愛し、守るものだ。だがお前はどうだ?愛されているのか?守られているのか?…お前のその身体は何だ。傷だらけではないか」
ミーティオが指差すと、ライオスは分かりやすく顔色を変えた。
その褐色の肌には無数の傷がある。治癒魔術によって塞いであるようだが、傷痕が消えるより早く次の傷を負ってしまっているのだ。
「それは魔獣と戦って負った傷だろう。違うか?」
魔獣と戦うために竜の力を利用する、そういう研究の一つとしてこれは生み出されたのだろう。
だが人間と混ぜたせいか、弱りきったミーティオを元に造ったせいか、これが持つ力は本来の竜の力からは程遠いようだ。
肉体は人間より遥かに強く頑丈でも、ミーティオのように神から与えられた神秘の力を振るえたりはしないのだろう。だから、戦えばこのように傷付くのだ。
「…我は強い。だから父を、人間を守らなければならない」
どこか自分に言い聞かせるように、ライオスは言った。
「それが愚かだと言うのだ。なぜお前が人間のために戦う必要がある。人間がお前に何を与えてくれた?」
「魔獣を倒せば、よくやったと褒めてくれる」
「それだけか?そうして、また戦いに行かせるのか。そんな事を繰り返していれば、お前は遠からず死ぬだろう」
「死ぬ…?我が…?」
ライオスは衝撃を受けた様子で呟いた。今まで考えた事もなかったのだろう。
「私は人間に大切なものを奪われた。夢を。願いを。宝物を。…お前も、いつか奪われる」
この哀れな生き物が唯一持っているもの。その造られた命すら、人間はきっと奪っていく。
ミーティオは冷たく告げた。
「よく考えることだな。人間に、お前の命を捧げるほどの価値があるのかどうか」
…ライオスは、逃げ出すようにしてその場から去って行った。
『…今思えば、私はとても惨い事をした。あれはきっと、何も知らぬ子供だった。だが私はあれを突き放し、突き落とした。…あわよくば、あれに復讐をさせようと…そんな考えがどこかにあった』
ミーティオは強い悔恨を滲ませて言った。
私たちは思わず顔を見合わせる。
その話の通りなら、ライオスはとても哀れな存在だ。望んで生まれた訳でもなく、ただ兵器として人間に利用されていた。
ライオスにあれほど怒っていた殿下も、複雑な表情を浮かべている。
『その後あれがどうなったのかは分からない。あれが再び眠りについた私を起こしに来る事は二度となかった。…だが、人の間に伝わる竜人のおとぎ話が真実であるとしたら』
「ライオスは、人の王から宝玉を奪って逃げた…?そして、国は魔獣災害によって滅びたと…」
あのおとぎ話だと、王が持つ宝は水が湧き出る宝石という事になっていたが、本当はミーティオが作った竜の宝玉だったのか。
「でもそれってずいぶん昔…多分一万年以上前の話ですよね。逃げてから今まで、ライオスは何をしていたんでしょう」
『分からないが、どこかで眠っていた可能性が高い。あれは半分が人だ。一万年もの時を生きる寿命などないだろう。もしかしたら私と同じように、人を殺した事で弱ってしまい、眠りについたのかもしれない』
では、各地で竜人が目撃されたという60年前あたりに目が覚めたんだろうか。
60年前のこの国では、竜人の伝承自体を知らない人間がほとんどだった。突然現れた異形の怪物に、出会った人はほぼ全員、驚き逃げ惑ったらしい。
まあ知っていたとしても大抵の人は驚いて逃げるだろうが…。
前世で初めて私と出会った時、自分を怖がらないのか?と私に尋ねたのも当然だろう。
『…一つ分かるのは、今のあれは宝玉から竜の力を引き出せるという事だ』
「竜の力?」
殿下が尋ね返す。
『神が与えた、人を守り人の願いを叶える力だ。竜の力はそのためにあり、普段から自由に使えるものではない。あれがリナーリアの願いを叶えられたのは、竜の宝玉の力があったからだろう』
「自由に使えない?人を守ったり、願いを叶える時以外は、竜の力は使えないという事か?」
『ああ』
神が与えた竜の使命と束縛は、竜人にも受け継がれているという事か。人と竜の不便な点を両方持っているんだな。いや、不便と言っていいのか分からないが…。
「…あれ?じゃあ貴方は一体誰に起こされたんですか?」
ミーティオはずっと眠っていて、肉体は今も封印されているという。ライオスが起こしていないのなら、どうして今このように生霊として出てきているのか。
『私が目覚めたのは、今から25年ほど前だ。君の母が、あの地に嫁いできた時に』
そう言えば、さっきもミーティオは母の話をしていたっけ。
『ある時、不思議なざわめきを感じて目を覚ましたんだ。外に出ると、山の麓に数台の馬車が停まり、人が集まっていた。彼らは祠に供え物をして祈りを捧げているようだった。その中に美しく着飾った女性が一人いて、それが君の母だった』
「ああ…、婚姻のための儀式ですね」
離れた土地から女性が嫁いできた際には、嫁ぎ先にある祠へ行き、供え物をして祈るというのがこの国に古くからある風習だ。
その土地によって細かい作法は違うのだが、貴族の場合は領内のいくつかの祠を回る事が多い。そして大抵の場合、水霊神に対して豊穣や子宝を祈る決まりになっている。
『私は、君の母…ベルチェを見てとても驚いた。セレナにとてもよく似ていたからだ。面立ちも、美しい銀の髪も』
「……」
私は思わず自分の髪に触れる。セレナという人の話を聞いた時から気になっていたのだ。
『もちろん、君にもよく似ている』
「…やっぱり、そうなんですね。じゃあ、私は…」
『ああ。私とセレナの、その末裔だと思う』
ミーティオはうなずいた。