世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第157話 竜人と竜との話・9

『…セレナが子を生んでいたなど、知らなかった。きっと捕らえられる前に、子供だけをどこか遠くに逃がしていたんだろう。私は衝撃を受けた。この島は守護者を失い、人が増えれば魔獣が溢れるようになっている。何度もそうして蹂躙されただろうに、よく今まで血を繋げられたと…。奇跡だと、そう思った』

 そう言って、ミーティオは静かに目を伏せる。

 

『同時に、激しく悔やんだ。私は何という事をしてしまったのかと。彼女の願いを踏み躙ったのは、私も同じだった。本当に彼女を想うなら、復讐するよりも志半ばで倒れた彼女の願いを最後まで叶えようとするべきだったんだ。なのに私は人に絶望し、見捨てようとした。…人は善良でもあり邪悪でもあると、私は知っていたはずなのに。本当に愚かなのは、人ではなく私だった…』

 

 

 

 ミーティオの長い話は、とても悲しい話だった。

 彼は自分を愚かだと言うが、人もまた愚かだ。

 元々は島を救いたいという願いだったはずなのに、人の欲望がそれを狂わせた。たくさんの罪と間違いを重ね、人が増える度に魔獣災害を繰り返すという今のこの島の状況を作ってしまったのだ。

 子供を残し、願いも夢も叶えられずに死んだセレナ…私のご先祖様は、どれほど無念だったかと思う。

 

『私はベルチェに出会ってから、彼女の様子を遠くから見守っていた。そうして彼女が幸せな家庭を築くのを見るうち、この島をこのままにはしておけないと考えるようになった。宝玉と天秤を取り返し、今度こそあれを正しく使える者に託したいと…』

 ミーティオはそう言って、スピネルの方を見る。

『それで、彼に協力を頼んでいる』

 スピネルはそれにうなずいた。

「まあ要するに、利害の一致だ。この島が滅ぶなんて話、見過ごせる訳ないしな」

 

 

「でも、何でスピネルに?」

「俺も、お前ほど濃くはないが竜の血が流れてるらしい。それでこのおっさんに取り憑かれてる」

『取り憑いているというのは少し違う。私の魂の一部を彼に分け与えている。そのため、今の私は彼から遠く離れる事が難しい』

「た、魂を?それ、大丈夫なんですか?」

『大丈夫だ。魂に触れる神の力を、私も持っている』

 

 魂と呼ばれる生命エネルギーのようなものが生き物の肉体に宿っている事は、さまざまな魔術実験の末に証明されている。

 魂は普段は見たり触ったりできないし、干渉する事は非常に難しい。魔術で魂に働きかける事はできるものの、その効果は全く安定しない。

 そして、魂を失ったり傷付ければ、その生き物は衰弱して死んでしまう事も知られている。

 そのため王国の法では、魂に関する魔術は使用を禁止されている。まあ、竜にこの国の法など関係ないだろうが。

 

 この世界における魔術法則が、魂に関しては一切適用されないという。反応を引き出す事そのものはできても、どのような反応が起こるかは予測ができないのだそうだ。

 これは魂がどこか別の世界に繋がっているからだとか、神が魂への干渉を禁じているからだとか言われているが…。

 ミーティオの口ぶりからすると、魂が神の領域にあるという説はあながち間違いでもないらしい。

 

 

「…大丈夫ってか、俺はこのおっさんに命を救われた立場だ。おっさんがいなけりゃ、俺は生まれてこなかったらしい」

 スピネルが肩をすくめ、ミーティオがそれにうなずく。

『2つの宝を探すと決めた私は、まず自由に動ける肉体を求めた。私の本体は地中深くで眠っていて、動かせる状態ではなかったからだ。最初は死者…死んで魂が抜けたばかりの人間の身体を借りようと考えていた。その頃ベルチェはちょうど、夫や幼いラズライトと共に王都に行こうとしていて、私はそれについて行く事にした』

 王都はこの国で最も多くの人が集まる場所だ。そこなら都合の良い身体が見つかるだろうとミーティオは思ったらしい。

 

『そこで、母親の腹の中で弱っている赤子を見つけた。その赤子は宿った魂に傷があり、少し欠けているようだった。時折そういう者がいるんだ。生まれつき目が見えなかったり、足が動かない者がいるのと同じように。このままではこの赤子は、無事に生まれてくるのは難しいだろうと思った』

 確かに、身体のどこが悪いという訳でもないのに、なぜか生まれつきひどく虚弱だったりする者は存在する。その原因の一つは魂なのか。

『赤子は私の血をわずかに引いているようだった。それならば、私の魂も馴染みやすい。これも何かの縁かと思い、私はその子を助ける事にしたんだ。魂を分け、その身体に宿った。…それが、彼だ』

 

 

 

「…ではお前は、スピネルが生まれる前から共にいたというのか?今までずっと?」

 殿下が少し混乱したように言う。殿下もまたスピネルとは幼い頃から一緒に育ってきたので、驚いているようだ。

「どうもそうらしい。俺はそんなに力が強くなかったから、おっさんの姿がまともに見えるようになったのは10歳を過ぎたくらいの頃だけどな。それからちょっとずつ話を聞いた」

「…ぜ、全然気づきませんでしたけど…」

 私はミーティオが見えるはずなのに、スピネルに対しそんな気配は一切感じなかった。

 

『私は普段は彼の中で眠っている。必要な時は話しかけるが、その声は他の者には聞こえない。何より、彼は私に干渉されることを好まないから、なるべく話しかけないようにしていた』

「当たり前だ」

 スピネルは少し口を尖らせながらミーティオを横目で見る。

「おっさんの事情は理解してるし、命を助けられた借りもある。だから目的に協力はするが、俺の人生にまで干渉されたくないからな。…本当は、学院を卒業して殿下が成人してから、本格的に宝玉や天秤の捜索をするって約束だった」

 

 従者は主である王子が成人し何らかの役職に就く頃には、従者の役目を他の者に譲る事になる。

 スピネルもまた、殿下が王となる頃には従者をやめて何らかの要職に就き、殿下の補佐や相談役をする予定のはずだ。

 そういう身動きの取りやすい立場になってから、ミーティオに協力するつもりだったらしい。

 

 

「でも、リナーリアが呪いをかけられてるって分かったから、動き出すしかなかったんだよ。あれは絶対竜が関わってる、早く何とかしろっておっさんがうるせえの何の…」

 スピネルはミーティオを睨んだが、ミーティオはひどく呆れたようにスピネルを見返した。何か言いたげな顔だったが、スピネルは無言で目を逸らした。

 

『…呪いにもっと早く気付けば良かったのだが。今の私は魂だけの存在で力も弱いから、リナーリアの魔力に紛れた竜人の印を見抜く事ができなかった。だから、こうして彼の外に出て動くようになったのはつい最近だ』

「やめろっつってんのに勝手にウロチョロするから、こっちはいい迷惑だった。そのせいで幽霊騒ぎまで起こるし…」

「あっ…!じゃあ、あのお城の幽霊って貴方なんですか!?」

『ああ…』

 

 数ヶ月くらい前から王城の中に現れていたという幽霊の正体が、まさか竜の生霊とは。

 思わずぽかんとしてミーティオを見ると、ちょっとだけしゅんとして肩を落とす。

『すまない。少し焦ってしまっていた…』

 …さっきから思っていたが、ミーティオって竜という割に結構人間臭いよな…。

 普通にその辺にいる男性と言う感じだ。スピネルはおっさん呼ばわりしてるけど、そんな歳にも見えないし。

 

 

「…では、スピネルが正月休みの間に旅に出ようとしていたのは、そのためか?」

 殿下が眉間に皺を寄せる。

「ああ。竜人か宝玉か、その両方か…とりあえず、古代王国の首都辺りでも行って手がかりを探すつもりだったんだが」

「そう言えば、何だか馬車を手配していたんでしたっけ?」

 ブーランジェ領に帰るふりをして、別の所に行こうとしていたとか何とか。てっきりオットレが適当な噂を聞いただけかと思っていたが、事実だったらしい。

 近頃図書館やら魔術師団に出入りしていたのも、手がかりを求めてだったんだろう。

 

「お前も俺に隠し事をしていたんだな…」

「知られずに解決できるならそれが一番いいと思ったんだよ。ここまでややこしい話になると思わなかったし…。でも、悪かった」

 スピネルは言い訳するように言ったが、最後に真面目な顔になると殿下に頭を下げた。

「申し訳ありません」

「……」

 その姿を見て、殿下が小さくため息をつく。

 

「…今ここで責める気はないが、許した訳ではないぞ。言っておくが根に持つからな」

「うっ…。分かった」

 珍しく不機嫌な様子を隠さない殿下に、スピネルはちょっと顔を引きつらせた。

 私もこっそり冷や汗をかく。耳が痛い。一見スピネルに言ってるようで、私に対しても言ってるよなこれ…。

 殿下は寛大な方だが、根に持つと言ったら本当に持つのである。覚悟しておいた方がいいかもしれない。

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