世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
「話は概ね分かった。ミーティオ、お前の目的に俺も力を貸そう」
殿下は顔を上げると、はっきりとそう言った。
「そして無事に宝玉と天秤を取り戻した暁には、それを正しく使うための協力を惜しまない。この国の王子として、確かに約束する」
『…感謝する。未来の王よ』
ミーティオは感じ入るように頭を下げた。
「問題は、これからどうするかだが…」
殿下が私たちを見回す。
「まずは竜人だ。宝玉を取り戻し、リナーリアとの契約も諦めてもらわなければならない」
「そうだな」
「えっ?」
殿下とスピネルが目を合わせてうなずき合い、私はちょっと慌てた。
宝玉はともかく、契約を諦めさせるというのは…。
「最初に言っておくが、俺はあのライオスに君を渡す気はない。何としてでも止めるつもりだ」
有無を言わせぬ口調で殿下が断言する。スピネルもそれが当然だという顔だ。
「でも、願いの対価を支払わない訳には…。それはもちろん私だって、ライオスの妻になりたい訳ではないです。けれど、約束を破るのも嫌です。私はライオスに二度も命を救われていますし…」
「ああ。だから対価は、何か別のものにしてもらうしかない」
「えええぇ」
そんな都合のいい話がまかり通るのだろうか。
「でも、どうやって?何を代わりにするんですか?」
「まだ考えていないが…できる事なら、なんとか平和的に、納得できるように解決したい。ミーティオの話を聞いて、そう思った」
殿下はミーティオを見つめながら言う。
「竜人は元々人間が造ったもので、人間を守ってくれていたという。そんな存在と対立したくはない。だが、君が契約通りに連れて行かれれば皆悲しむ。もちろん俺もだ。それでは結局、遺恨を残す事になるだろう」
「…そう、ですね…」
私にとっては自業自得だが、殿下は納得出来ないだろう。私の両親や友人たちもだ。
上手くいくかはともかく、交渉する努力はするべきかもしれない。
『…そもそも、あれが何故リナーリアを求めたか、だ。そこに解決の糸口があると思う』
ミーティオがゆっくりと口を開く。
『私は、あれは仲間を欲しているのだと考えている。最初に会った時、あれは私に母がどこにいるか知りたいと言っていた』
「そう言えば私に出会った時も、私に向かって仲間なのかと尋ねてきましたね…」
そして、私が人間だと知ると少し嫌そうな顔になっていた。私が同族である事を期待していたからだろうか。
「…なるほど。そういう事か」
殿下が何かを納得した顔になる。
「ライオスは仲間…つまり、家族が欲しいんだな?」
『ああ。リナーリアを女に変えたというのは、子供を産ませたいからではないかと思う』
「は!?子供!?」
思わず声を上げてしまったが、確かに理屈は通るな、とすぐに気付く。
「…それなら確かに、私は女でなければいけませんね…」
子供を作り、家族を作る。そのためには夫婦になる相手が必要だ。
私の願いは過去に戻ってやり直す事だったから、そのついでに女にしてしまえばちょうどいいと思ったのかも知れない。
「私を選んだのはやっぱり、たまたま竜の血が濃かったから、という事でしょうか」
『それなんだが、リナーリアに一つ尋ねたい』
何故か片手を上げながらミーティオが発言する。
『君はベルチェと比べても特に竜の気配が強く、私の目にはよく目立つ。ライオスにとってもそうだと思う。…どうも君には、流星の加護がついているようなんだ。初めは血が濃いせいかと思っていたが、やはり加護が強すぎる』
「加護…ですか?」
私は首を傾げた。何の事かよく分からない。
『流星の加護は、人の願いを叶えるものだ。当人にとって幸運な未来に向かいやすくなる加護と言ってもいい。はるか昔には、私に勝利した者や恩を受けた者にその加護を与える事があった。基本的に目に見えないものだが、子孫に伝えられるようにと護符という形で与えた事もある。何か心当たりはないだろうか。特に前世、ライオスに出会う前にだ』
「…特にありませんね」
古代のもので触れた事があるのは、セナルモント先生の所にあった本くらいだ。
『君の住んでいたジャローシス領は火竜山に近い。何か古代のものを拾ったことは?』
「いいえ。今世でなら、あの遺跡から鱗を持ち帰りましたが」
『それは君の魔力を強化するのには役立ったろうが、加護はついていない』
…なんか今さらっと聞き捨てならない事を言った気がするな。あの頃、私の魔力量が急激に増えたのはあれのせいか…?
しかし、本当に心当たりはないな…と考えて、ふと気づく。さっきミーティオは、勝利した者や恩を受けた者に加護を与えたと言った。
「…前世のスピネルにも、ミーティオは憑いていたんですよね?」
『そうだろうな。私が彼に宿ったのは、君が生まれるより前だから』
「私、スピネルに勝った事ありますよ。前世で」
「は?俺に?何で?」
スピネルがびっくりして私を見返す。
「上級生だったスピネルの、卒業式の日です。スピネルは自分が振った女の子に絡まれるのが嫌で、パーティーに出ずに図書室で暇を潰していました。そこで私と紙の鳥を作って、遠くに飛ばす勝負をしたんです。私が勝ちました。…ついでにその後、学院をこっそり抜け出すのも手伝って貸しを作りました」
「そんな事があったのか?」
殿下に見つめられ、スピネルが困惑する。
「いや、俺に言われても…そんなん覚えてねえし…」
『だが、契約には合言葉…私の名前が必要だ。リナーリアはついさっきまで私の正体を知らなかっただろう。スピネルに対してそれを言うはずがない』
「い、言いました!合言葉!」
『何?』
「その紙の鳥は金と銀の紙で作ったもので、飛ばすと光が軌跡を描いてとても綺麗だったんです。だから私は、まるで流れ星みたいだと言ったんですが…これ、合言葉になりませんか?」
『……』
ミーティオはしばし呆然としていたが、突然がくりと肩を落とした。
『…すまない。私だ。きっと私だ…』
「マジかよおっさん…」
スピネルが呆れ顔になる。ミーティオは申し訳なさそうに私の顔を見た。
『私はスピネルの中でその勝負を見ていたはずだ。そこで君が偶然にせよ流れ星という合言葉を言ったのなら、私はとても嬉しかったと思う。それで、君に幸運が訪れるようにと加護を与えた…』
「…では、ライオスが前世のリナーリアを助けたのは、その加護の気配を感じたせいか?」
「それで目を付けられたのかよ。とんだ幸運の加護だな…」
『すまない…』
「いえ…」
スピネルと殿下にジト目で睨まれたミーティオはひたすらしょんぼりしている。だが、それで助かったので私としては何とも言えない。
「…あ、でも、その時の約束はちゃんと叶ってますよ?」
その後交わした会話を思い出し、私はスピネルの顔を見つめた。
「約束?どんな?」
「ええと、前世のスピネルは、卒業後はブーランジェ領の騎士になっていたんですけど…」
今思えば、あれは竜の宝を探すためだったんだろうな。
いくら剣の腕があっても、従者として殿下に近い今世とは違い、ただの近衛騎士からでは出世に時間がかかる。立場や権力を使って宝物の捜索をするのは難しい。
それならば、実家のブーランジェ領にいた方がずっと自由に動ける。武者修行とでも言えば、他領を旅するのだって簡単だろう。
「殿下はその事を惜しんでいて、私も勿体ないと思っていました。…だから、いつか気が向いたらでいいので殿下にお仕えして欲しいと言うと、スピネルは分かったと答えたんです」
「……」
スピネルはぱちぱちと瞬きをして、私の顔を見つめ返した。
「…叶っている、な」
殿下が呟き、私とスピネルを見る。
「叶ってるな…」
スピネルも呟いて、殿下と私を見た。
結果的に、ちゃんと叶っている。
「…何だか複雑です。それって私が女に生まれたせいですよね…?」
例え男だったとしても、殿下がまた私を従者に選んでくれたとは限らないんだが、やっぱりそう思ってしまう。
「おかげで私の人生、前世とまるで違っちゃってますし」
今では慣れたとは言え、ずいぶん戸惑ったし苦労もした。どうも周りからは変な令嬢だと思われてるみたいだし。
「そこについては別に良いだろ。それでちゃんと上手く行ってるじゃねえか」
「でも私、生まれ変わっても殿下の従者になりたかったです…」
そう言って殿下の方を見ると、殿下は非常に気まずそうな表情になった。
スピネルがその顔を見て笑う。
「従者じゃなくたって、ちゃんとこうして殿下の近くにいるだろ、お前」
「そうなんですけどぉ…」
「スピネルの言う通りだ」
思わず恨めしげな声を出す私に、殿下が少し慌てる。
「従者の君というのも、それはそれで良いだろうと思うが…俺は、今の君で良かったと思う」
「…そうですか?」
「ああ」
殿下は大きくうなずいた。
…殿下がそう言うなら、やっぱりこれで良かったんだろうな。
「じゃあやっぱり、加護はちゃんと役に立ってるみたいですね。私の願い、叶ってますから」
今世で起きている事が結果的に良い方に転がっているのも、もしかしたら流星の加護のおかげなのかもしれない。
私が微笑むと、ミーティオは少しだけほっとしたように笑い返した。