世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第159話 竜人と竜との話・11

「それじゃあ、ライオスに対してはとりあえず、説得と交渉を試みるという事ですね」

「ああ。俺は人間と竜人の和解を目指したい」

「殿下がそう決めたんなら、俺もそれでいい。それにあいつ、多分めちゃくちゃ強いしな。なるべく敵に回したくねえ」

 私たちは目を合わせてうなずいた。

 

「宝玉が奴の手元にあるってのはある意味幸運だな。他の人間に奪われる心配はない」

「うむ…」

 ライオスは目覚めてからずっとどこかに身を隠していたようだし、今更誰かに見つかったりはしないだろう。

 オレラシア城に来た時だって、私と殿下、スピネル以外の者は誰もその姿を見ていなかったそうなのだ。人の目を眩ませているのか、それとも記憶を操作しているのか。

 仮に見つかった所で、竜人を人間がどうにかできるとは思えない。

 

『契約の期限まであと3年ある。どういう対価を示し、交渉するかについては、ゆっくり考えればいいだろう』

「そうですね」

 何だか少しだけ安心する。助けられた恩もあるし、私はライオスに悪い感情は抱いていないのだ。

 私たちは彼の事をまだよく知らない。どういう結論を出すにしても、まず話し合ってみたいと思う。

 

 

 

「…問題は、天秤の方ですね。前世での殿下の暗殺に、きっと関わっているのではないかと思うんですが…」

「フロライアか…」

「もしくは彼女の父、モリブデン侯爵ですね。…前世で戦った彼女の仲間の中には、ビスマス・ゲーレンも含まれていました。彼女と共に武芸大会に出ていたあの2年生です。彼はモリブデン家中の者ですし、暗殺に侯爵が無関係だったとは考えにくいかと」

 

「しかしなあ…」

 スピネルが首を捻る。

「何で殿下を殺したんだ?天秤を傾ける者だから…だったか?」

「ええ。天秤がどういうものか知っているから出て来た言葉だと思うのですが…」

 

「…言葉通りに受け取るなら、フロライアは天秤を傾けるのを止めたいという事になるな。天秤が傾くと魔獣災害が起こる…災害を起こしたくないのか…?」

「いや、だからそれが殿下とどう関係するんだよ」

「分からん。俺は天秤など見たこともないし、傾けろと言われても無理だ」

 不本意だと言わんばかりの殿下を見て、はっと気付く。

「…いえ。殿下ならできるかもしれません」

 

 

 私はミーティオの方を振り返る。

「今、天秤はどちらに傾いているんでしょうか?」

『呪いが強まる側…左側だ。この国は今、治安が安定していて人口も多い。まだわずかだが、確実に傾き始めているだろう。実際に近年魔獣は増え、そして強力になってきているはずだ』

 やはりそうか。守護者である彼が言うのだし間違いないだろう。

 

「この国では年々人口が増加しています。将来殿下が王となり、この国をさらに安定させ栄えさせれば、その増加はより加速するでしょう。そうすれば呪いは力を増し、天秤はもっと左に傾いていく」

 私は一旦言葉を切り、唇を噛んだ。

「国の未来に対し、最大の影響力を持つ人物。…そういう意味では、殿下は確かに『天秤を傾ける者』だと思います。あくまで、長い目で見ればの話ですが」

 

 

「…なるほどな。逆に殿下が悪王となって国を荒らし、国民を大量に殺せば、天秤を反対側に傾ける事もできる。まあ絶対そうはならないって、殿下を知ってる奴なら誰でも分かるが」

 スピネルが得心の行った顔で呟く。

「そういう事か…。俺は無論、良き王を目指しこの国の平和を保つために力を尽くすつもりでいる。しかしそれが天秤を傾け、魔獣災害を引き起こす事になってしまうのか…」

「でもそんなの間違ってます!!」

 殿下が困ったように視線を落とすのを見て、私はつい憤慨してしまった。

 平和で良い国を作る事が国を滅ぼす事に繋がるなど、あっていいはずがない。

 

『私の見立てでは、まだそこまで切迫はしていない。今後も魔獣は増え続けるだろうが、人の手に負えなくなるほどに溢れ災害となるまで、どんなに早くともあと150年以上かかると思う』

 150年。余裕があるようにも思える数字だが、既にこの国はその未来へ向かい始めているのだ。

『…だがそれは、国が安定し続ければの話だ。戦、飢饉、病…。原因は様々だが、多くの人間が死ぬような事が起これば、呪いは弱まりその分だけ災害は遠ざかる』

 

 

「…やっぱり、彼女の目的は天秤の傾きを止め、呪いを弱める事なんだと思います。その為に、殿下は邪魔な存在だった」

 私はずっと考えていた。彼女は殿下を殺して、何をしたいんだろうと。

「殿下の次に王位継承権が高いのは、王弟のシャーレン様です。悪い方ではありませんが、政治には不向きな方だと思います。だから殿下の死後は、オットレを擁立しようとするフェルグソン派を抑えられず、王位争いが起こるのではないかと思っていました。今世では、秘宝事件によってフェルグソンは捕まりましたが…オットレは今も、どこかに逃亡しています」

 

 あの事件で、なぜオットレだけが逃げおおせたのか不思議だったのだ。

 秘宝を盗み、国王陛下の敵となったフェルグソンは国賊だ。その息子であるオットレにはもはや利用価値などないし、もし逃がした事が分かれば、その者まで罪に問われる。それなのに、なぜ助けたのかと。

 だがその目的は権力でも玉座でもなかった。争いを起こす事そのものだったのだ。

「…争いの火種はまだ残っている。いえ、残されてしまった…」

 

 

 殿下とスピネルが息を呑む。

「再び王位争いを起こす気だというのか?そのためにオットレを生かしたと」

「殿下を亡き者にしても、そのままではただシャーレン様が王となって終わってしまいます。争いを起こすには、シャーレン様に対抗し、反旗を翻す者が必要です」

 

 殿下は正当な第一王位継承者で、聡明かつ正義感の強い方だ。争いが起こっても、多くの者が殿下を支持し、戦などになる前に決着が付いてしまうだろう。

 だが、気が弱く政治が苦手なシャーレン様と、権力に執着しているが敵が多いフェルグソンの息子オットレならば、勢力は恐らく拮抗する。

 裏から操り、争いを激化させる事も可能…少なくとも、敵はそう考えたのではないだろうか。

 

「…王位争いで国を乱し、戦を起こし、人を殺す…。それでこの島の人間を減らすつもりか」

「国が荒れて人が死んでも、魔獣災害で壊滅するよりはマシってことかよ…」

 二人共、信じられないという様子で顔を歪めた。私も多分似たような表情をしているだろう。

 魔獣災害でこの島自体が滅ぶという事態は防げるが、そのためには多くの犠牲者が必要となる。

 その理屈は分かるが、理解したくない。

 

 

「そうすると、オットレを逃がしたのはフロライアなのか?いずれ利用するために」

「そう考えれば辻褄が合います。彼女は近頃オットレと親しかったようですし、どこかに匿っているかもしれません」

「くそ、あいつを取り逃がしたのは本当に痛いな。思った以上にろくでもない事が起こりそうだ」

 スピネルが舌打ちをし、殿下が深く考え込む。

 

「…しかし、国が滅ぶのを回避したいと言うなら、彼女の目的そのものは俺たちと同じではないのか?」

「え…?」

 私は驚き、言葉を失ってしまった。

 確かに、そういう事になるのかもしれないが。そう思っても、とてもすぐには理解できない。

 

 スピネルが顔をしかめる。

「まさか、そっちとも和解したいってのか?」

「ですが!彼女は、殿下を…!」

 思わず立ち上がりかける私を、殿下が手で制止する。

「それは前世での話だろう。俺は今こうしてちゃんと生きている。狙われている節はあるが、まだはっきりと何かを仕掛けられた訳では無い」

 

「で、でも…実際、攻撃を受けています。遠回しなものだとしても」

「俺とて、それを許す気などない。俺だけではなく国への反逆だと言えるし、犯人は捕らえて罰するべきだ。…だが、宝玉を取り戻す事ができれば、戦など起こさなくてもこの国を救える…そう伝える事で考えを変えられる可能性があるのなら、それを捨てるべきではない」

 そう言った殿下に、苦い顔をしたのはミーティオだ。

『…しかし、敵が宝玉を正しく使う事を望むとは限らない。セレナから宝玉と天秤を奪い、民を苦しめていたあの王だって、国そのものは守ろうとしていたんだ。己の欲望のために』

 

 

「……」

 場に重たい沈黙が落ち、私はため息をついた。

「…それ以前に、です。これらの話は、推論に推論を重ねたものでしかないんですよね。そもそも本当に彼女やモリブデン侯爵が天秤を持っているかどうかすら、はっきりと確認できていないんですから。今世では別の人が持っているって可能性だってありますし」

「確かにな。まずそこを確認しないと話にならないか…」

 私につられたように、全員がそれぞれため息をついた。

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