世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
「…そう言えば、天秤ってどのくらいの大きさなんですか?」
『このくらいの、両手に乗る程度の大きさだ。簡単に持ち運べる。と言っても、持ち歩く意味はないだろうが』
尋ねると、ミーティオは両手を動かして大体の大きさを示した。それほど大きくはないが、懐に隠したりするのは難しそうなサイズだ。
「天秤の価値を知った上で所持しているなら、きっと厳重に保管するはず。最も可能性が高いのは、自分たちの膝元であるモリブデン領でしょうね」
「モリブデン領か…確か5年前に行ったが」
「ああ、そういやそうだな」
殿下が12歳、つまり殿下にとっての最初の視察の時だ。
その時は特に何も起こらなかったらしい。第一王子の初視察として、特に厳重な警備と慎重な行程の元に行われたはずだから、当然と言えば当然だが。
『私も毎回スピネルに付いて視察に同行しているが、その時は特に何も感じなかったと思う。しかし、高度な魔術や魔導具を使って隠してあったなら分からない。始めからそこにあると知っていれば調べようもあるが…』
改めて調べる必要がある。彼女たちが本当に天秤を持っているのかどうか。
「しょうがねえ」と肩をすくめつつ言ったのはスピネルだ。
「何とか俺とおっさんが行ってみるしかねえか。色々準備がいるから、今すぐは無理だが」
「でも、危険じゃないですか?スピネルは殿下の従者ですし、行けば確実に警戒されるでしょう」
「旅人に変装して正体を隠して行けば大丈夫だろ。敵の本命はあくまで殿下だし、俺へのマークはそんなに厳しくないはずだ。まあ、アリバイ作りは必要だろうけどな」
「そうですが…」
スピネルは機転が利くし腕も立つ。ミーティオの事を抜きにしても適任と言えるだろうが、でもやはり心配だ。
「相手は恐らく、人殺しだって躊躇わないんですよ?私が一緒に行けたらいいんですけど…」
「「それはだめだ」」
殿下とスピネルの声が見事に重なった。
「わ、分かってますよ…。だって魔術師がいれば、敵を探知したりいざという時に姿を隠せるじゃないですか。他にも何かと便利ですよ」
私だって自分がこの手の任務に向いていない事くらい自覚しているが、二人揃って即座に否定するのは酷くないだろうか。
「一応言っておきますけど、前世の私は一級魔術師でしたからね?今世ではさらに修行を重ねてますし、王宮魔術師にだって引けを取りません」
「だとしても、お前目立ちすぎるだろ。それに学校だってあるし。また俺と揃って休んだりしたら、どんな噂が立つと思ってんだ」
「何より危険だ。絶対許可できない」
「だから分かってますってば…」
口々に言われ、つい唇を尖らせる。そこまで激しく止めなくてもいいと思うんだが。
「…しかし今後の事を考えても、誰か魔術師の協力者がいた方がいいのは確かだな。口が固くて信頼できる、優秀な者を探すべきだ」
殿下が少し考える仕草をする。
「あっ。それなら、セナルモント先生を推薦します」
私は顔を上げて言った。
「信頼できる人なのは保証しますし、腕も確かです。それに何より、先生は古代神話王国マニアです。ミーティオや宝玉の話をしたら絶対協力してくれます。後でちゃんと研究させると約束すれば、どんな無茶なお願いでも喜んで聞いてくれるでしょう」
「そう言えばそうだったな…」
「確かに…」
殿下とスピネルが納得の表情で呟く。二人共、私が古代王国の遺跡に迷い込んだ時の先生のハイテンションぶりを思い出したらしい。
「あの、どうでしょうか」
私はミーティオの方にも確認する。先生に事情を話して協力を求めた場合、間違いなく一番の被害…じゃなかった、一番の興味を持たれるのはミーティオだ。
『……。こちらの目的に協力してもらえるのなら、私もまた、セナルモントの目的に協力しよう。できる範囲でだが…』
ミーティオはちょっと躊躇いつつも了承してくれた。そう言えば彼もあの時、スピネルと一緒にいたんだよな。
「…あの。ミーティオも4年前の遺跡事件の時、近くにいたんですよね?」
気になって尋ねてみると、ミーティオはうなずいた。
『ああ。君に付いて、遺跡の中にも入っていた。いざという時はこちらから声をかけ、何とか助けようと思っていたが、君は驚くほど冷静に中を調べて歩いていて、その必要がなかった』
「多分おっさんの方がオロオロしてたぞ。あの時」
スピネルが呆れ顔をするが、そう言うスピネルだってずいぶん私を心配していたのは知っている。
こいつは良い奴なんだろうなとはそれまでの付き合いでも思っていたが、本当に信頼するようになったのはあの時からだ。
『君が遺跡を出る時だけ、少し力を貸した。鍵を発動させ、君が望む場所へ転移できるように』
「あっ。あれ、貴方のおかげだったんですか!?」
転移と言えば普通、扉が繋がっている場所に移動するもののはずなのに、あの時は何故か殿下のいる部屋に転移したのだ。
『君は私の鱗を持っていったから、あれを媒介に手助けできたようだ。加護の力もあったかもしれない。無事に鍵は発動し、君が誰より強く想う者の元へと送り届けられた』
私は思わず殿下の顔を見る。
あの時、私はただ、殿下の元に帰りたいとそれだけを願っていた。
「…君が俺の元に戻ってきてくれて、本当に嬉しかった」
「殿下…」
殿下がそっと微笑み、私もまた微笑み返した。
それから、ミーティオの方を振り返る。
「本当にありがとうございました」
「俺からも感謝する。ありがとう」
『いいや。リナーリアを助けられて本当に良かった』
ミーティオはそう答えながら笑った。
…今気が付いたが、ミーティオが笑った時の柔らかい雰囲気は、何だか少しお母様やお兄様に似ている。
彼がご先祖様だと言われてもあまりピンと来ていなかったが、ようやく腑に落ちた気がした。
この国のためだけでなく、ミーティオのためにも宝玉や天秤を取り返したい。
私にとって恩人でもあるのだし。
ついでに、セナルモント先生がミーティオについて調べる時はなるべく私も同席しよう。先生があまり暴走しないように。
「…それじゃ、話は大体まとまったな。まずは天秤がモリブデン領にあるか確かめる。あと、モリブデン侯爵周辺についての調査か。その辺は俺に任せとけ。上手く話をして調べさせておく」
「よろしくお願いします」
「フロライアが殿下を狙ってるって分かっただけでも、こっちにとっちゃ十分な収穫だからな。武芸大会だとか、悪夢の魔法陣の件だとか、どうやらフェルグソンたちは関与してなかったみたいだし…。攻撃にしちゃどうも遠回しで、犯人も目的も分からなくて困ってたが、これで少しは調べやすくなる」
なるほど。犯人の目星がついただけでも前進らしい。
スピネルなら王子の従者という立場を最大限に利用して、上手くやってくれるだろう。頼もしい事この上ない。
それからスピネルは、私に言い聞かせるように続ける。
「お前はとにかく、身辺に気を付けろよ。お前だっていつ狙われてもおかしくないんだからな。こっちからも護衛は出すが、自分でもちゃんと注意しろ。スフェンに頼んでるっていう調査も程々にしとけ。危険だし、藪蛇になったらまずい」
「…分かりました」
スピネルは相変わらず口うるさいが、この場合当然の事を言っているので素直にうなずいておく。
「あ、調査はやめてもらうつもりですが、先輩にはある程度事情を話しても良いでしょうか?先輩は今までも私の秘密を守り、協力してくれました。信頼できる方ですし、鋭い視点と広い人脈を持っています。この先もきっと力になってくれます」
スピネルは少し考え込んだが、殿下は「良いんじゃないか」とうなずいた。
「スフェンは君にとって良い友人で、相談相手なんだろう。それに、余計な心配や危険に巻き込まないためにも、事情は知っておいてもらった方がいい」
「なら、俺も構わない」
「ありがとうございます!」
気が付けば、窓の外はすっかり日が暮れようとしている。話し込んでいる間に夕方になっていたようだ。
「門限に遅れるとまずい。護衛を呼ぶから、寮まで送ってもらえ」
「はい」
すぐ近くだからと言って、もう油断はしない。誘拐など懲り懲りだ。
「ではまた、学院で」
「ああ」
二人…いや三人と別れ、護衛の騎士と共に歩いて城の門をくぐる。
季節はまだ冬で、外の空気は寒い。夕闇に染まり始めた空には、星が瞬き始めている。
今日この城に入ってきた時には、二人が私の話を聞いてどう反応するのか、不安で胸がいっぱいだった。
しかし今は、とてもすっきりした気分だ。
…長年の胸のつかえがようやく取れた。
秘密を二人に話し、ミーティオの話を聞いて、様々な事が分かったというだけではない。
前世での最後の夜から、ずっと悔恨と自責の念を引きずってきた。殿下の言葉で、やっとそれにけりをつけられたように思う。
もちろん今でも後悔は残っているが、今度こそちゃんと前を向ける。そんな気がする。
宝玉。天秤。竜人。殿下を狙う者。問題は山積みだし、この先どうなるかは全く分からない。
殿下はライオスを説得するつもりのようだが、対価を変えてくれというのはあまりに虫のいい話のようで気が引ける。
ライオスはきっと孤独なのだろう。彼を救えるような、そんな解決策が見つかればいいのだが。
何より気になるのは、やはりフロライアだ。彼女の真意が知りたい。
その目的がこの島を救うことなのだとしても、私はとても彼女を許せないが、そのためには罪を明らかにするのが先だ。
今まではただ闇雲に足掻いてきたが、今は進むべき道が少しずつ見えてきている。
殿下のため、皆のため、私のために。できる限りの事をしようと、改めて誓った。