世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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挿話・25 特別な彼女(前)【前世】※

 色褪せて黄色くなった草むらを、がさがさとひたすらかき分ける。

 いつもならきちんと管理されているだろう学院の敷地内の雑草は、冬を間近に控えているために刈られておらず、枯れかかった今がかえって一番背が高い。

 おかげで、茂みの中に落ちたものを探すのに思った以上の手間がかかっている。

 草むらの奥を覗き込もうとすると、眼鏡がずり落ちそうになった。つい舌打ちしそうになるのをこらえ、黙って眼鏡の位置を直す。

 

 

 リナライトが何故こうして学院の校舎前にある茂みの中にいるのかと言うと、話は30分ほど前に遡る。

 第一王子エスメラルドの従者として王子と常に共に行動しているリナライトだが、今日は授業が終わった後は王子に先に帰ってもらっていた。自分は生徒会から、魔術の授業に使う実験道具の点検を頼まれていたからだ。

 王子は今日城に帰ったら剣術訓練の予定だ。自分は魔術訓練で別行動なので、一緒に帰る必要はない。

 

 点検は滞りなく終わったが、問題はその帰り。道具が収められた準備室を出ようとした所で起きた。

 王子の従兄オットレとその取り巻きに絡まれたのだ。何の用事で居残っていたのかは知らないが、珍しくリナライトが一人でいるのを見て、ここぞとばかりに因縁をつけてきた。

 挨拶はどうしただの態度が気に入らないだの、どこのごろつきかと思うような実に下らない内容で、リナライトは頭には来たものの適当に受け流して通り過ぎようとした。先日も上級生相手にうっかり喧嘩になりかけ、教師から注意されていたせいもある。

 

 しかしオットレたちはそのまま行かせてはくれなかった。行く手に立ち塞がると、取り巻きの一人がリナライトの手から素早く鞄を奪い取った。

「返してください!」

 咄嗟に取り返そうとしたが、その取り巻きは鞄を高々と持ち上げた。

「返して欲しいなら、自分で取ってみろよ!」

 相手は上級生であり、こちらより背が高い。背伸びをしても手が届かない。大変な屈辱である。

 

 思わずムキになって手を伸ばすと、鞄の端に手が当たった。ぐらりと鞄が傾き、その拍子に蓋が開く。そこにはちょうど、廊下の窓があった。

「あっ…!」

 運悪く、その窓は開いていた。もう冬が近いというのに今日は暖かかったせいだ。そして、場所は3階だった。

 半回転した鞄ごと、中身は見事にバラバラになってはるか地面へと落下した。

 

「あー!」

 慌てて窓に駆け寄ったリナライトは、教科書やらノートやらが草むらの中に散らばっているのを確認すると、後ろを振り返ってぎろりとオットレたちを睨みつけた。

 堪忍袋の尾はもうすっかり切れている。絶対に許さない。

 

 魔術を使ってオットレたちを吹き飛ばしてやろうとした瞬間、後ろから「何をしているんだ」という声がかかった。

 中年の男性教師だ。3年生の担任で、リナライトとはあまり接点がない。

「別に何も。世間話をしていただけですよ」

 オットレが肩をすくめてあざ笑い、取り巻きたちも次々にそれに同意する。

 リナライトは激しく腹が立ったが、何も言わなかった。多勢に無勢だったとは言え、鞄を取り上げられ窓から落とされたなどと人には言いたくなかったし、生徒同士での争いを教師に言いつけるのは何だか負けのような気がしたのである。

 

 

 

 オットレたちや教師はそのまま立ち去り、リナライトは仕方なく窓の下の茂みに向かった。

 放課後なので周囲に生徒の姿は少ないのが不幸中の幸いだ。

 草をかき分け、教科書や文房具を拾い集める。3階から落ちたせいか、思ったより広範囲に散らばっているようだ。

 ほとんどのものはすぐに見つかったが、今朝方降った雨のせいで汚れてしまっているものもいくつかあった。

 そして、ケースに入ったコンパスだけが見つからない。

 

 コンパスは以前父から貰ったものだ。魔術師にとっては必須アイテムで、特別高価なものではないが愛着はある。

 普段あまり実家のジャローシス屋敷に行く事はしないのだが、父や母はいつも自分を気にかけてくれるし、折を見て会いに来てくれる。無理に押しかけて来たりはしないが、何かのついでに顔を見せてはわずかに世間話をして帰っていく。あまり長居をしないのは、従者として忙しい息子に気を遣っているのだろう。

 その父がくれたものをこんな事で失くしたくない。

 きっとどこかの草の陰に落ちているのだろうと、辺りを探し回る。

 

 しかし、いくら探しても見慣れたケースは出て来なかった。

 ぽつぽつと校舎から出ていく生徒たちは皆、奇妙なものを見る顔で草むらの中のリナライトを見ている。

 あまり目立ちたくはないが、諦めたくもない。

 今頃セナルモント先生は城で自分が来るのを待っているのだろうなと思う。先生はのんびりした性格なので少しくらい遅れて行っても何も言わないが、さすがにそろそろ心配しているかも知れない。

 そんな事を考えながらコンパス探しを続けていると、誰かが枯れ草を踏みしめる音が聴こえた。

 

 

「…あの、どうなさったのですか?」

 声をかけられ振り向くと、一人の女生徒が立っていた。

 ウェーブの掛かった蜂蜜色の髪、紫の瞳。学院の制服をきっちりと着こなした凛とした姿。

 クラスメイトのフロライア・モリブデンだ。

 

「何でもありません」

 リナライトはそう言って、再び足元に目を落とした。少し冷たい言い方になってしまったかもしれない。

 だが、雨に湿った草むらの中をかき分けて探しているため、今の自分は薄汚れた姿になっている。こんな所を女子に見られたくはない。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「でも、お困りの様子に見えますわ。何かお探しなのでしょう?」

「いえ。本当に、何でも…」

 リナライトの返事を聞くより早く、フロライアはその場にしゃがみ込んでいた。

「どんなものですか?大きさや色は?」

「…け、ケースに入ったコンパスです。手のひらくらいの、青色の」

 つい答えてしまった。フロライアはそのまま、周辺の草をかき分け探し始める。

 リナライトはかなり戸惑った。女子のスカート姿では、こんな草むらの中を探すのは大変だろうに。

 

 

「一体どうして、このような所に落とされたのですか?」

 フロライアはちらりと後ろを振り返った。そこには、既に拾い集めた教科書やノートが重ねられている。一目で汚れているのが分かるものだ。

「……」

 リナライトはただ黙り込んだ。言いたくない。

 まるで自分が虐められていたかのような状況を、クラスメイト、それも女子に知られたくはない。

 実際虐められていたに近いのだが、それを認めるのはプライドが許さなかった。

 

 

 フロライアはそれ以上尋ねる事はせず、黙って探し続けてくれている。

 流れる沈黙に、リナライトは申し訳ない気持ちになった。親切にしてくれている相手に対し、自分はあまりに愛想のない対応をしている。

 だが、こういう時どうしたら良いのかわからない。

 

「…フロライア嬢は、何故こんな時間まで学院に?」

 とりあえず話しかけてみる。授業が終わってからだいぶ時間が経っていて、日はもう傾き始めている。

「図書室で自習をしておりましたの。歴史の授業で、板書を書き写しきれなかったものですから…自分なりにまとめていたら、少し時間がかかってしまいましたわ」

 

「勉強熱心なんですね」

「とんでもありません。リナライト様程ではありませんわ」

 リナライトは入学後の最初のテストで一位を取っている。

 だが、フロライアも一桁台の成績だったはずだ。そうして地道に勉強をして取った成績なのだろう。

 努力家なんだな、とリナライトは思った。

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