世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
「…えーと、それより、ミメット様よ。黒い服ばかり選んで着ている理由、私も知りたいわ」
カーネリア様が咳払いをしつつ言う。
「趣味は人それぞれだし、好きで着ているんだったら別に良いと思うわ。でも、黒い服を選んでいる時のミメット様、ちっとも楽しそうじゃなかったんだもの。どうしてそんな顔で服を選ぶの?」
ミメットはまだ躊躇っていたが、直前のやり取りでだいぶ気持ちがほぐれたようだ。私としては不本意だが。
ポツリと呟くように、理由を言った。
「…クネーベル様が。私みたいな暗い色の髪には、明るい色の服は似合わないって…いつも、言うから」
クネーベルというのは、コーリンガ公爵の正妻だ。第二夫人の娘であるミメットにとっては義母に当たる。
「ミメット様の髪は、生みのお母様譲りでいらっしゃいますので」
レヴィナ嬢がそう付け足し、皆が一瞬黙り込む。
クネーベル夫人が第二夫人とその娘に対し冷たく厳しいという話は、貴族なら誰もが耳に挟んだ事がある。
「…いいえ!ミメット様の黒髪が似合う色は、他にいくらでもあります!」
憤慨したかのように声を上げたのは、ヴァレリー様だった。
ファッションに一家言ある彼女には、クネーベル夫人のそんな嫌がらせとも言える決めつけは、許せないものであるらしい。
「そうね。むしろ黒じゃない色を着た方が映えると、私も思うわ」
「私も、たまには季節感のある服を着たらどうかと以前から思っておりました」
カーネリア様やレヴィナ嬢も同意し、私も首肯した。
「ミメット様の黒髪は本当に美しいと思います。せっかく綺麗な色なのですから、それを引き立てる別の色の服を着てみるのも、良いのではないでしょうか」
「…で、でも…」
「こう言っている皆を納得させるには事実を示すしかないよ、ミメット君。とりあえず、ヴァレリー君の勧める服を一度試してみたらどうだい?」
先輩がミメットへと手を差し伸べる。
「それで本当に似合わなければ、クネーベル夫人が正しかったと分かる。…その時は好きなだけ、皆を責めると良いさ」
最後は挑発するかのようにニヤリと笑った先輩に、ミメットはきっと眉を吊り上げて皆を睨みつけた。
「…分かったわ!試せば良いんでしょ!!」
それからヴァレリー様は、改めてミメットのための服を選んだ。私たち全員の意見も聞き、本当に真剣な表情でこだわり抜いて選んだ。
ミメットもまた、真剣な表情で服を受け取った。ヴァレリー様の意気込みが伝わったのだろう。
着替えを手伝うレヴィナ嬢と共に、試着室の中へと消えていく。
ほどなくして試着室から出てきたミメットは、意外なほどシンプルなワンピースに身を包んでいた。
上半身はすらりと身体に沿い、下半身はゆるやかに広がった、深緑色のワンピースだ。袖が短く腕が大部分出ているのが特徴で、胸元に縫い付けられたきらきらしたビーズがアクセントになっている。
「わ!かわいい!」
「シンプルだけど、それがミメット君の魅力をよく引き立てているね」
確かに似合っているが、意外に落ち着いた色とデザインの服だ。ヴァレリー様がこれを選んだ事を少し不思議に思う。先程まではもっと華やかな服を薦めていたのに。
ヴァレリー様が説明をする。
「これは近頃流行りの、Aラインと呼ばれる形のワンピースです。シルエットをきれいに、背を高く見せる効果があります」
言われてみれば、ミメットは私よりも更に小柄なはずなのに、何だかいつもより背が高く見える気がする。
「そして、これを合わせれば…」
ヴァレリー様が取り出したのは、淡黄色に明るいグリーンが入り混じった華やかなストールだ。
「すっごく可愛いわ!」
「本当ですね。ストール一つでずいぶん印象が変わりました」
「一気に春らしい装いになったね。うん、よく似合う」
「そうでしょう。私の自信のコーディネートです」
皆が口々に褒める中、私は少しぽかんとしていた。
ヴァレリー様がAラインと言っていたワンピースは、上品で大人っぽい形のものだ。そこにふんわりと合わせられたストールは、柔らかい印象を加えているものの、やはりどこか大人っぽい。
…私の知っている、刺々しくて可愛らしく、いかにも繊細そうな、少女然としたミメットと少し違う。
「…すごくよく似合ってます。ミメット様」
何とかそう言った私に、ミメットはずいぶんホッとした顔をした。私がなかなか口を開かないものだから、心配していたらしい。
「ミメット様、こういうものもとても似合いなんですね。…私、それを初めて知って、とても嬉しいです。本当に、変わられたというか…大人になられたようで…」
前世のミメットは、こんな風に他人の意見を聞いて取り入れてみる事などしなかったと思う。
その内面の変化が、ただの服装の違いではなく、彼女自身の雰囲気の変化となって現れているように感じる。
「…やだもう、リナーリア様ったら!まるでミメット様の母親みたいな言い方!!」
カーネリア様がおかしそうに私の肩をばしっと叩く。
そしてミメットは、照れくさそうにうつむいていたが、勇気を振り絞るかのようにこう言った。
「こ、こういう服も…い、意外と悪くない気がするの」
その言葉を聞き、皆がとても嬉しそうな顔になった。
素直にお礼を言えない辺りがミメットらしいが、内心では喜んでいるのだろうと、ほんのり赤く染まった頬を見れば分かる。
ヴァレリー様は満足げに、先輩は優しげに、カーネリア様は楽しげに、レヴィナ嬢はなぜか得意げに。それぞれが微笑んでいる。ついでに、ずっと見守っていた店員も非常に安心した顔をしていた。
…ああ、やり直せて良かった。
私もまた笑いながら、心の底からそう思う。
今世でミメットに再会してから、かつては知らなかった彼女の一面を少しずつ見付けられている。
前世の自分を不甲斐なく思うと同時に、こうして新しい事実を知れるのが嬉しい。
ミメットだけではなく、他の様々な人達や事柄についてもだ。かつて知らなかったたくさんの事、やり残した事を、今の私はしっかりと感じ、受け止められている。
一番の目的である殿下の事を抜きにしても、私はやはり、今生きている事をライオスに感謝すべきなのだ。
ミメットはヴァレリー様の薦めたワンピースとストールを注文し、他の皆もそれぞれ好きな服を注文して、店を後にした。
レヴィナ嬢は男性用の、しかもかなりサイズの大きいジャケットなど頼んでどうするのだろうと思ったが、やたら嬉しそうだし気にしないことにした。
何というか、彼女に関しては深く考えるだけ無駄のような気がする。
ちなみに私もつられて、春向けのブラウスとスカートなど頼んでしまった。皆や店員に薦められたものだ。
「絶対殿下も気に入るわ」と言われ恥ずかしくなる。
別に殿下に見せたくて頼んだわけではないんだが、しかし殿下ならきっと「よく似合う」と言ってくれる気がして、…とにかく恥ずかしい。
帰りの馬車の中、私は皆に礼を言った。
「皆様、今日は本当に有難うございました。とても勉強になりました」
ファッションについてだけではなく、非常に学ぶことが多かった。
ヴァレリー様があのシンプルな深緑色のワンピースをミメットに選んだのは、単にそれが彼女に似合うというだけではない。大人しめで落ち着いた色の服を最初に着せることで、暗い色に慣れ親しんだミメットの心理的なハードルを下げようとしたのだろう。
春らしい明るい色は、ストールのような小物によって追加する。おかげでミメットでも受け入れやすかったようだ。
相手を思っての行動でも、ただ正論を押し付けるだけでは相手には届かない。きちんと相手の気持ちや望みに沿う努力をしなければいけないのだ。
その事が改めて分かったと感謝すると、皆少しきょとんとした。
「リナーリア様ったら、本当に真面目ねえ…」
「そうですね」
「そうかもなの…」
「そういう所ありますよね」
「…!?」
何だかちょっと呆れられ、私は少し焦る。そんな変な事言ったかな…?
思わずスフェン先輩の方を振り向くと、先輩は朗らかに笑った。
「あのね、こういう時はもっと別の言い方をするべきなんだよ、リナーリア君」
「べ、別の言い方?」
眉を寄せる私に、先輩はばっ!と腕を広げ、得意のポーズを取ってみせる。
「こう言えばいいのさ。…今日はとっても楽しかった!また行きたい!…ってね!!」
皆が楽しげな声を上げ、その通りだと同意して手を叩く。ミメットまでもだ。
思わず楽しい気持ちになり、私もまた拍手をした。