世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

207 / 292
第163話 変装

「それじゃ、行きますよ」

「おう」

 椅子に座ったスピネルの髪に、刷毛を使ってぺたぺたと魔法薬を塗布していく。

 指に薬がつかないよう革手袋を着けての作業なので、ちょっとやりにくい。

「うわ…すっげえ匂いするなこれ。匂いでバレるんじゃないのか?」

「大丈夫ですよ。半日もあれば匂いは消えるはずです」

 

 

 私が今何をしているのかと言うと、城のスピネルの部屋の中で、魔法薬を使ってスピネルの髪を染めている。

 スピネルは明日の早朝、セナルモント先生と共にモリブデン領に天秤を探しに出発する予定だ。

 髪色を変えるのは変装のためである。帰るまで2週間くらいはかかると見積もっているし、その間ずっとカツラを被っているのは大変だからだ。

 

 魔法薬による髪染めはおよそ1ヶ月ほど色が保つものだが、専用の薬を使えばいつでも色を戻せるので、変装にはとても便利だ。

 ただし使用には魔術師免許が必要になる。今回は誰にも知られず動きたいという事もあり、他の魔術師には処置を任せられないので、こうして私がやっているのだ。

 今世でも既に二級魔術師免許は取ってある。

 

「しかし、このべたべたした薬を髪に満遍なく塗るのって結構難しいですね。刺激が強いのであまり皮膚には付けないようにした方が良いんですけど…あっ」

「おい!あって何だよ!」

「何でもありま…あっ…」

「おい!!!」

 

「大丈夫ですよ、皮膚についた色はすぐ消えます。うっかり髪に塗りすぎた所だって、後で毛が抜けやすくなるくらいで済みますし」

「ふざけんな!真面目にやれ!いや真面目にやって下さいお願いします!!」

 スピネルはものすごく必死だった。

 禿げたらさすがに可哀想なので、なるべく丁寧に塗り続ける。

 

 

「…よし!ちゃんと綺麗に塗り終わりました!」

 結構時間がかかってしまった。薬が乾く前に仕上げてしまわなければ。

「もう少しじっとしてて下さいね」

 両手をかざし、脳内で髪色をイメージしながらゆっくりと魔力を込める。

「おお…」

 みるみる色が変わり、鏡を手に持ったスピネルが感心した声を上げた。

 

「すげーな、本当に一瞬で変わった。…でも、ちょっと黒っぽすぎないか?」

「残った薬を洗い流して、髪を乾かせば色が明るくなりますよ」

 そう言って持ってきたシャンプーを持ち上げると、スピネルはガタガタと椅子から立ち上がった。

「いや、いい、自分でやる。髪くらい自分で洗えるから」

「…なんですかその怯えた態度」

「これ以上俺の髪の寿命を縮めるな!!頼むから!!」

 

 

 

 スピネルの態度は少々気に入らなかったが、考えてみれば私も人の髪を洗った事などなかった。

 時々たらいの水を替えるのを手伝いながら洗髪が終わるのを待つ。

 だいぶ匂いがこもっている事に気が付いたので、窓を開け放って換気をした。

 この窓からの眺め、懐かしいなあ。前世の私もこの部屋を使っていたのだ。

 スピネルの部屋は私と違って本棚がずいぶん小さくて一つしかないし、剣やら絵画やら飾ってある。だからあまり同じ部屋という感じはしないのだが、窓から見える景色はやっぱり同じだ。

 

 タオルで髪の水気を拭き取ってから、魔術でざっと乾かした。

「どうです?だいぶ近い感じになったんじゃないですか?」

「本当だな。兄貴の髪色そっくりだ」

 赤みのある紫色に変わった髪をつまみ、スピネルは満足げにうなずいた。

「長さはちょっと違いますけど…」

「目立たないように下の方で結んで、マントに突っ込んどけば大丈夫だろ」

「そうですね」

 帰ってきた時に髪の長さが変わってたら不自然だし、下手に切らない方が良いだろう。

 

 

 今回のモリブデン領行きは表向き、先生による地域調査任務に、護衛としてスピネルの兄のレグランドが随行するという形になっている。

 モリブデン侯爵は以前から領内に人造湖を作る許可を国に求めていたので、その追加調査をするというのが任務内容だ。

 通常この手の調査は複数名の魔術師によるグループで行くものなのだが、「追加調査」という所がミソである。大まかな調査は終わっているし、今回はごく一部の再調査のみなので、魔術師は先生一人で十分と言う訳だ。

 ついでに古代研究もするという名目なので領内のあちこちを見て回っても言い訳が立つし、日程もかなり余裕を取っている。

 

 護衛が近衛騎士というのは少々おかしいが、秘宝事件の後始末が終わったばかりで城の騎士は遅い新年休みを交替で取っている。人手が足りないので、レグランドが駆り出されたという事にしたらしい。

 当初は弟のスピネルが犯人だと疑われていたせいで、レグランドは事件が解決するまでの間、ずっとブーランジェ公爵と共に謹慎していた。たっぷり休んだ分、出張任務を押し付けられたという筋書きなのだろう。

 スピネルはこのレグランドに変装するため、髪を兄と同じ色に染めていた訳だ。兄弟だけあって元々顔立ちや体格は似ているので、知り合いでなければバレないだろう。

 

 ちなみにレグランド本人は、スピネルの代わりにブーランジェ領に帰省してもらう事になる。

 こちらは、先代ブーランジェ公爵夫人…つまりスピネルやレグランドの祖母に当たる方が病気療養中で、スピネルに会いたがっているからという名目にしてもらったそうだ。

 スピネルは今回の新年休み、秘宝事件に巻き込まれ帰省していなかったから不自然な話ではない。元々帰省する気はなかったらしいが、そこはそれ。黙っていれば分からない。

 

 王宮魔術師団と近衛騎士団には、殿下の方から頼んで口裏を合わせて貰っているらしい。どう説得したのかは分からないが。

 レグランドやブーランジェ公爵にはスピネルが上手く話をつけたようだ。

 王子から直々に命じられた極秘任務だから口外しないでくれと言えば、否やはない。

 

 

「もう旅支度は済んでるんですか?」

 部屋の隅に置かれた荷物をちらりと見て、スピネルに尋ねる。

「だいたい終わってる。セナルモントの方が心配だ」

「先生は奥さん任せでしょうから大丈夫です。本人にやらせるよりよっぽど安心です」

「ふーん」

 先生の奥さんには何度か会った事があるが、しっかりとした印象の人だ。色々とゆるい先生にはぴったりだと思う。

 

「心配なのは道中の方です。先生は古代王国の事になると理性が飛ぶことがあるので、気を付けて下さいね。図書館や古書店、古道具屋、遺跡類は特に注意が必要です」

「ああ…それは俺も本当によく分かった…」

 この間の事を思い出したらしく、スピネルがげんなりとした顔になる。

 

 

 

 先日、先生にミーティオを紹介し事情を話した時は本当に酷い惨状だった。

 まず先生は証明を求めた。ミーティオが真に古代の存在なのか、という点についてである。

 これは私やミーティオの話を疑ったからというより、魔術師として、研究者としての(さが)だろう。新しい事実を前にして、その根拠や確たる証拠を求めずにはいられなかったのだ。私も同じ魔術師として気持ちは分かる。

 古代の本やら魔導具を持ち出してミーティオに読んでもらったり解説してもらったり、あれこれといくつも質問を重ねた。

 

「この本に書かれている薬は、今でも手に入るものしか材料に使われていないんだけど、いくらやっても効能を再現できないんだよ。君にはそれが何故だか分かるかい?」

 先生は本を開いて熱心にミーティオへ尋ねた。その手には私が貸した流星の護符を握り締めている。護符を通してミーティオの声を聞くためだ。

 ミーティオは本を見てじっと考えていたが、やがて一箇所を指さした。

 

『…おそらく、これが原因だ。カリバアオイ。今この名前で呼ばれている花は、古代のカリバアオイとは別の植物のはずだ。当時のカリバアオイは、もっと背が高く、花の形はユリに近かった。花の色は似ているんだが…』

「あ、カリバアオイと似た色でユリみたいな形なら多分、ヘルメアマリリスですね」

「なんだってー!!それが本当なら大発見だよ!!!じゃあこっちは…」

 

 

 …とまあこんな感じで、興奮しまくった先生が納得し落ち着くまでめちゃくちゃ時間がかかった。

 たまに私が口を挟んだのは、かえって良くなかったかもしれない。気になる内容だったからつい…。

 しまいには同席していた(させられていた)スピネルが「いい加減にしろ!!」とマジギレしかけて、ようやくちゃんと事情を聞かせる事に成功したのである。

 

 ミーティオは全てが上手く行った暁には先生の研究に協力する事を約束し、それを聞いた先生の喜びようと来たら…ちょっと筆舌に尽くしがたい。なんか踊ったり奇声を上げたりしていた。

 スピネルがドン引きして「なあ、これ大丈夫か?一発殴って正気に戻した方が良くないか?」と真顔で訊いてくるくらいには酷かった。

 弟子として恥ずかしい。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。