世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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挿話・26 モリブデン領・1

「おい!勝手にウロチョロすんなっつってんだろ!」

「やあス…レグランド君、探したんだよお。どこ行ってたんだい?」

「こっちの台詞だっての…」

 呑気に笑うセナルモントに、スピネルは大きくため息をついた。

 

 

 王都を発ってから一週間、モリブデン領に入ってからは数日経っている。

 まずはモリブデン領の中心都市であるカラミンまで行くつもりだったが、セナルモントの意見を取り入れた結果、遠回りをして領の端の方にある小さな村や町を通りながら行く事になった。

 その道中からずっと、この魔術師には振り回されっぱなしだ。

 

 多分、ミーティオが一緒というのが悪いのだ。おかげでずっとセナルモントのテンションが高い。

 他に誰もいないのならミーティオに相手をさせておけば良いが、人前だとそうはいかない。それなのに、やたら気軽にミーティオに話しかけて来るので困る。

 そしてミーティオは、どうにも律儀というか、話しかけられると無視ができないたちだった。

 仕方ないのでスピネルが代わりに返答を伝える事になるのだが、あまりに面倒だ。何度もやめろと言っているが、一向にやめる気配がない。

 

 しかもセナルモントは、町や村に入るとやたらとあちらこちらをうろつきたがった。

 情報収集のためなら別に構わないのだが、どうも無関係な、余計な道草を食ってばかりいるように見える。

 今回もそうだ。ちょっと目を離した隙にいなくなり、探すのに手間取ってしまった。

 

 

「そんで、今度は何があったんだよ?」

 眉をしかめつつ一応尋ねる。

「ああ、うん。そこの古道具屋で珍しい魔導具が売っててねえ。200年くらい前に作られたやつなんだけど、現存してるのが少ないかなりのレア物でねえ~」

「へえ…」

 思わず声が冷たくなったのは不可抗力だ。この魔術師は、一体何の目的でここまで来たのか覚えているのだろうか。

 

「それでねえ、そこの主人に魔獣被害について面白い話が聞けたよ」

「ほう」

「今から10年以上前らしいんだけど、この辺りに大型の魔獣が何度も連続して出現する事があったらしくてね」

「…大型が?」

 少し興味を惹かれ、尋ね返す。

 大型魔獣はめったに出るものではない。それが近い場所に連続して現れたとなると、非常に珍しいと言っていい。

 

「土地的に、何故か大きめの魔獣が生まれやすい場所っていうのはあるんだけどね、どうもここはそうじゃないみたいなんだよねえ。何でその時だけたくさん出たのか不明。でも、住民への被害は10人程度で済んだんだってさ」

「ずいぶん少ないな」

 この辺りは人口も多くないし、常駐している兵の数だって少ないだろう。

 大型魔獣がこのような辺鄙な場所に現れた場合、すぐには抑えられずに大きな被害が出る事が多い。何度も連続して現れたなら、尚更対応は難しかっただろう。

 数十人単位、あるいはそれ以上の死者が出ていてもおかしくなかったはずだ。

 

「それが、毎回びっくりするくらい素早くモリブデンの騎士団がやってきたらしいよ。しかもかなりの数で」

「……」

 ここはモリブデン領の中でもかなり外れの方にある町だ。そんなに早く騎士団がやって来られるだろうか。それも何度も。

 被害が少なかったのは良い事だが、何だか妙な話だ。

 

 

「それを聞きに古道具屋に行ったってのか?」

 確かに気になる話ではあるが、それが天秤の行方に関係あるのだろうか。

「別にそういう訳じゃないよ。他にも色んな話聞いたしねえ。この辺りは薬草の類があんまり取れなくて困るとか、去年は風が強くて雨が少なかったとか、隣のおじいさんが先週転んで腰を痛めちゃったとか、川向うの村に嫁いだ娘さんがなかなかこっちに顔を見せないとか…」

 

 聞きながらどんどんジト目になっていったスピネルに、セナルモントが「いやいや」と言い訳する。

「こういう情報は、どこでどう繋がるか分からないものだよ。大事な話を聞くためには前フリだって必要だしねえ、無駄話というのは決してただの無駄話じゃないんだよ」

「そりゃまあ、そうだが」

 

「それに例の物の性質からすると、魔獣の話はきっと切っても切り離せないと思うんだよね、僕は。まあ、半分は勘なんだけどねえ」

「……」

 そう言われれば、否定する事もできない。

 そもそもが雲を掴むような話なのだ。何が関係あって何が関係ないのかすら分からない。

 

 そして、知りたいのは天秤の行方だけではないのだ。

 モリブデン侯爵が王子の命を狙っているのなら、その動機や証拠に繋がるものを、僅かなりとも掴みたい。遠回りに同意したのだって、幅広く情報を集められればと思ったからだ。

 騎士団の動きは、侯爵の動きにも繋がるかもしれない。

 

 

 つまるところ、セナルモントの言う事にも理があると認めざるを得なかった。

 魔術師の勘というものは馬鹿にできないと父も言っていた。それで命が助かった事もあったらしい。

 身近にいる魔術師のせいで、スピネル自身はどうもそういう気がしないのだが。

 

「まあいい、分かった。でも動く時は先に言えよ、はぐれたら面倒だろ。俺は一応あんたの護衛なんだし」

「うん、気を付けるよ~」

 ヘラヘラと笑ったセナルモントに、スピネルはもう一度大きくため息をついた。

 

 

 

 

 カラミンに到着したのは、翌日の午後になってからだ。

 モリブデン領の中心都市だけあって大きく、人口も多い。そして、この島の中でも特に古い歴史を持つ町の一つだ。

 大きな通りを歩き、目についた宿に入る。

 宿代は高すぎず安すぎずで、建物はやや古びているが掃除は行き届いているようだ。悪くないと思い、早速部屋を取る事にする。とりあえずは二泊の予定だ。

 

「朝食は毎朝出せますが、夕食はご自分でご用意ください」

 宿の主人にそう言われ、スピネルは「わかった」とうなずいた。近くには食堂やら何やらあったから大丈夫だろう。

「右手に進んで2つ目の角を曲がった所に西風亭って食堂があるんですが、うちの宿泊客だって言えば一杯サービスしてくれますよ。味もなかなか良いので、よろしければどうぞ」

「そうか。ありがとう」

 

 

 案内された部屋で荷物を下ろしながら、セナルモントに話しかける。

「夕食にはちょっと早いな。どうする?」

「僕は明日からの準備をするよ。モリブデン侯爵屋敷に挨拶に行かなきゃいけないし、研究所で色々見せてもらいたいから、予習しとかなきゃね」

「ハックマン魔術研究所だったか?」

「そう。モリブデン侯爵家が出資してる魔術研究所。結構大きいらしいよ?騎士系貴族にしては珍しいよねえ。えーと、確か治癒魔術系の研究が主だったかな…」

 

 セナルモントはごそごそと荷物を探ると、一冊の厚めのノートを取り出した。

 ぺらぺらとめくり、ある一箇所で手を止める。

「ああ、あったあった。大規模な治癒魔術の際に被術者の体力を大きく消耗する問題を解決するための研究…魔術師ハックマンの論文を元に、弟子が研究を受け継いでいる…と」

 

 

「何だよそのノート?」

「出発前にリナーリア君が貸してくれたんだよ。モリブデン侯爵について長年かけて調べた事を、自分なりにまとめたものみたいだね」

「ああ?そんなもんあるなら俺にも見せとけよ!」

「無理じゃないかなあ?これ、王宮魔術師の暗号混じりになってるし」

 肩をすくめられ、スピネルは思わず黙り込んだ。それでは読めそうにない。

 

「調べようと思えば調べられる範囲のものばかりだけど、色んな事が細かく書かれているよ。領の歴史、風土、起こった事件や事故、資産、有力な騎士家や商人の名前…よくまあ頑張って調べたものだねえ。なるべく簡潔に、分かりやすくまとめてある。彼女は本当に優秀だよ」

 感心しているのか呆れているのか分からない顔で、セナルモントはノートを見下ろした。

 

 

「魔術修業だって隠れてずいぶんやってるんだよ、あの子。多分もう、そこらの王宮魔術師より腕は上なんじゃないかな?がんばり屋さんだとは思ってたけど、さらにこんな事までしてたなんてねえ。褒めるべきなのかも知れないけど…」

 調べ上げた事自体もだが、わざわざ暗号まで使って書くのは相当時間がかかっただろうと、スピネルにも想像がつく。

 

「僕としては、彼女には研究の道に進んで欲しいんだけどねえ。絶対向いてると思うし」

「…あいつも昔そんな事言ってたな。本当は魔術の研究がしたいんだって」

 昔からとにかく知識欲が旺盛だった。読書が好きで物知りで、知らない事があればすぐに調べたがり、次に会う時にはすっかり詳しくなったりしていた。

 そういう性格は確かに、研究者に向いているのかもしれない。

 

「まあ、なかなか難しいかなあ。彼女は人気者だからねえ」

「……」

 苦笑するセナルモントを見て、どうやらこの魔術師は弟子を心配しているらしい、とスピネルは思った。とぼけ面をしているので分かりにくいが。

 

 同時に、強い苛立ちも覚える。セナルモントにではなく、この状況にだ。

 もしかしたら彼女は、スピネルが想像していたよりもずっと多くの努力を重ね、その時間を費やしてきたのではないのか。

 未来を変え、王子を救う、そのために。

 本来やりたかった事もやらずにだ。

 

 

「…どうするか決めるのはあいつ自身だ。自分で決めるべきなんだ」

 彼女には色々な選択肢がある。竜人にそれを奪われる事などあってはならない。

 きっぱりと言い切ったスピネルに、セナルモントは微笑んだ。

「そうだねえ。そのためには、僕たちも頑張らなきゃねえ」

 再びノートに目を落とした魔術師は、少しだけ師匠らしい顔をしていた。

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