世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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挿話・26 モリブデン領・3

 スコレスたちと別れたあと、遅い昼食を取りに食堂に入った。スコレスが薦めてくれた店だ。

 中途半端な時間なので客の数はまばらだったが、真っすぐ一番奥の席へと向かった。店内を見渡せる位置なので、不審な動きをしている者がいればすぐに分かる。

 店の名物だという分厚い猪肉のベーコンステーキと適当な付け合せを注文し、セナルモントに話しかける。

 

「例の物、あそこにあったってよ」

「へえー。やっぱりねえ」

 眉一つ動かさずにのんびりと返事をする様を見て、やはりこの男も食えないなと感心する。リナーリアが「あれでも本当に有能なんです」と言い切るわけだ。

「警備は相当厳重みたいだったし、どうするかは一旦帰って相談するしかないねえ」

「だな」

 とりあえずは、在り処が分かっただけでも収穫だ。

 

「そう言えば、さっき急に外を気にしてたよね?あれなんだったの?」

「ああ…どうもおっさんが、あっちの方に大量の人間の気配を感じたらしい。千人近いくらいの」

 一段と声を低くして話す。

「へ?あっちは海しかないんじゃなかった?」

「だから妙なんだよ。兵を動かすような場所でもねえし、もしそんな大軍動かしてたら街中の噂になってるはずだし」

 

 セナルモントは首をひねった。

「何かの工事とか…?いや、そんな大規模なものはやってないはずだなあ。場所的にもおかしいし」

 海からは魔獣が湧くため、人があまり海に近付くのは禁じられている。

 大量の人間となれば尚更魔獣を刺激しやすくなる。よほどの事がなければ、大勢で海に近付いたりはしない。

 

「しかも、やけに狭い範囲に感じたらしい。例えるなら、一つの建物の中にぎゅうぎゅうに人を押し込めてるみたいな」

「何だい、そりゃあ」

「俺が聞きたい。一体何なんだ」

『まるで分からないな…』

 全員が同じ感想のようだ。そんな建物があの小さな山の陰にあるとは思えないし、そこに人を集めるのはもっとあり得ない。

 そうこう言っている間に料理が到着し、すっかり腹を空かせていたスピネルとセナルモントは食事に集中する事にした。

 

 

 

 

 その翌日、ハックマン魔術研究所を訪れた。

 聞いていた通り、かなり立派で大きな建物だ。

 入口にはしっかり衛兵が立っているし、中も小綺麗で、職員はきちんとした身なりをしている。潤沢な予算を与えられているという印象だ。

 

 王宮魔術師の訪問とあって、所長を務めている老齢の魔術師が愛想良く出迎えてくれた。

「セナルモント殿、レグランド殿、ようこそお越しくださいました」

「一魔術師として、こちらの研究にはとても興味があったのですよ。こうしてお伺いできてとても嬉しいです」

 その言葉はお世辞ではないらしく、セナルモントは上機嫌だ。

 

 白塗りの壁の廊下を、黙ってセナルモントの後ろについて歩いていく。

 魔術の研究などスピネルが見ても分からないだろうが、護衛として最低限、建物の中の様子は確認しなければならない。

 ある程度見て回って問題なさそうなら一度外に出ようかと思いつつ、魔術師達の会話に耳を傾ける。

 

 

「こちらでは主に治癒魔術の研究をなさっているそうですね」

「はい。ハックマン先生から引き継いだ研究ですね。その他にも、骨に対する治癒魔術の効果を高める研究や、毒物に関する研究も行っています」

「毒物?」

 思わず反応してしまったのは、前世の王子は毒殺されたという話が頭をよぎったからだ。

 

「この辺りは猪や鹿による畑や樹木の食害が多いものですから。奴らもだんだんと知恵をつけ、旧来の罠だけでは捕獲が難しくなっているので、毒を使った罠も考案されているんですよ」

 それを聞き、セナルモントが尋ね返す。

「しかし、毒で退治した獣は肉を食べられなくなるのでは?」

「ええ、そこを解決する研究も並行して行っております。つまり、死んだ生物から毒を抜く魔術の開発ですね」

「ああ…なるほど。なかなか面白い」

 

 そう説明されれば、特に不自然な話ではない。

 何もかもが怪しく見えてしまうのは先入観のせいだろうか。

 すれ違う研究者や、扉の向こうに見える部屋の様子に不審なものはない。…恐らく。並んでいる道具が何に使うものか、正直見当もつかない。

 やはり適当な所で別行動を取るべきかと思った時、ミーティオの声が聴こえた。

 

『スピネル。妙な気配がする』

 …またか。

 やはりこの領は何かがおかしい。

 積み重なる違和感の裏には、必ず何かが隠されている。決してそれを見逃してはいけない。

 

(どこだ?)

『地下だ。行ってくる』

(十分に注意しろよ)

 この建物にいるのは魔術師ばかりだ。魂だけの存在でも、あるいは気付かれてしまうかもしれない。

『分かった』

 ミーティオの気配が遠ざかっていく。

 

 

 その後いくつかの研究室を回り、さまざまなものを見せてもらった。スピネルには退屈以外の何物でもなかったが、セナルモントは興味深そうに眺めては何やら尋ねたりしていた。

 途中でミーティオが戻ってきたが、詳しい話は後で聞く事にした。

 

 一番奥の部屋を出た後、所長がこちらを振り返る。

「これで全ての研究室を回りましたね。いかがでしたか?」

「いやあ、素晴らしい!これだけの研究施設は王都にもそうありませんよ。設備も研究者も実に良いものが揃っています。本当に充実していますね」

「ありがとうございます。光栄です」

 王宮魔術師から褒められ、所長の老魔術師は誇らしげに微笑んだ。

 

「これで全部なのか?他の階は?」

「ああ、2階は資料室や、職員のための休憩所などになっているんですよ。研究用の薬草を育てているのも2階ですね。研究室は1階だけです」

 尋ねたスピネルに、所長が2階への階段を見ながら答える。

 地下については触れなかった。地下へ続く階段自体、見ていない。

 

『恐らく、この左の部屋だ。そこから地下に続いている』

 ミーティオが言った部屋には「資材置き場」と書かれたプレートが掲げられている。

 地下があるのは秘密という事らしい。きな臭いにも程がある。

 

 

 

 

 所長や職員に見送られて研究所を出た後、ミーティオの話を聞くために一旦宿へ戻った。

 しっかり防音結界を張った所で、スピネルの身体から出てきたミーティオが話を始める。

『研究所の地下では2人の魔術師が、おかしな魔導具をいくつも作っていた』

「魔導具?どんな?」

『小さな、黒い卵の形をした魔導具だ。表面に複雑な魔法陣が描かれている。だが部屋の中には一つだけ、赤い色のものも置かれていた』

 

「卵型の魔導具…?」

 セナルモントが首をひねる。

「心当たりがあるのか?」

「うーん…いや、まず話を続けて」

 促されたミーティオが、再び口を開く。

 

 

『いくつかの卵が完成した所で、魔術師の1人が赤い卵を手に取った。何かの呪文を唱え、指先で触れると、赤い卵からゆっくりと力が漏れ出した。それは、人の生命力だ』

「人の…?その卵に、人間が入ってるのか?」

『いや、あくまで生命力だけだ。人の命の気配と言ってもいい。恐らくたくさんの人間から少しずつ集めた生命力が、あの小さな卵の中には入っていた』

 それを聞き、セナルモントがひどく険しい顔になる。

 

『その魔術師は次に、完成したばかりの黒い卵を手に取り、また呪文を唱えた。すると今度は、黒い卵が周囲に漂う生命力を吸い始めた。卵は生命力を吸うと赤くなり、逆に吐き出すと黒くなるように見えた。…つまりその卵は、人間の生命力を吸って貯め込み、吐き出す機能を持っているようだった』

 言葉の意味がよく理解できず、スピネルは少し瞬きをした。

「…どういう事だ?それを何に使うんだよ」

 

 スピネルの疑問に答えたのはセナルモントだった。

「魔獣は人の気配を感じ取って寄ってくる…。要するに、その魔導具を使えば魔獣を引き寄せる事ができるんだ。そうだろう?」

「魔獣を!?」

 ミーティオが『ああ』と小さくうなずく。

『普通の人間には生命力など見えはしないし、感じ取れないはずだ。だが魔獣にとっては違う。多種多様な人間の生命力が混じり合ったそれが放出されている間、魔獣はまるで大量の人間がそこにいるかのように錯覚してしまうだろう。そして、攻撃するために集まってくる』

 

 

「…そんな魔導具、聞いた事ねえぞ…」

 思わず動揺するスピネルの横で、セナルモントは荷物を探ってノートを取り出した。リナーリアが書いたというものだ。

「死神の卵。えーと…正確には186年前、このモリブデン領で見つかったものだね。新しく井戸を掘ろうとしていた男が、土中から古い壺を掘り出した。その中に赤黒い卵型の魔導具のようなものがあったが、男はそれを古道具屋に売り飛ばした」

 ページをめくり、そこに書かれた記述を読み上げる。

 

「卵を買ったのは一人の魔術師だ。魔術師は村の端に庵を構え、そこで卵が何の道具か調べようとしていたが、ある時その村を魔獣の群れが襲った。魔獣はなぜか、魔術師の庵にばかり集中した。魔術師は逃げ出したが、魔獣はあまり追って来ず、誰もいない庵の中に押し入ろうとしたそうだ。そのうちに騎士団が到着し、魔獣は全て討伐された」

 セナルモントは、淡々と言葉を続ける。

 

「魔術師が庵に戻ると、庵はめちゃくちゃに破壊されていた。特に酷かったのは卵の周辺だ。魔獣が明らかに卵を攻撃していた形跡があった。卵は既に壊れていたが、その破片は真っ黒に染まっていたそうだ。恐ろしくなった魔術師は破片に封印処理を施して、当時の王宮魔術師団の元へと送った」

 王宮魔術師団に卵について調べてもらおうとしたらしい。つい「始めからそうしろよ」と呟いたスピネルに、セナルモントが少し苦笑する。

 

「卵の破片から分かったのは、卵がかなり古い…最低でも5000年以上前の魔導具だって事だけ。だけどその状況から、卵が魔獣を引き寄せる物なのは間違いないという結論が出された。所有者だった魔術師は卵を調べるうち、知らずに作動させてしまったんだろうと…。それで死神の卵って名付けられたんだ。と言っても、今まで同じ物が発見された事はないみたいだね。少なくとも表向きは」

 

 

「…それが、あの研究所の中で作られてたってのか?」

 あの研究所は治癒魔術、人を助けるための魔術の研究が主だった。門外漢のスピネルから見ても、理想に燃える研究者が集まっているように見えた。

 そこで死神の卵などと呼ばれる魔導具が作られているなど、すぐにはとても飲み込めない。

 

 だがセナルモントは、冷徹さすら感じる口調で言い切る。

「間違いなく、モリブデン侯爵はこれを悪用しようとしているよ」

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