世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第165話 死神の卵

「やあスピネル君、おかえり!無事に戻ってきてくれて何よりだよ!」

「…何でスフェンがいるんだよ」

 先輩に笑顔で出迎えられたスピネルは、顔をしかめて私の方を振り返った。

「何でとはご挨拶だな。君たちの土産話が聞きたくてこうしてやって来たと言うのに」

 

 スピネルとセナルモント先生は、昨夜王都に帰ってきたばかりだ。

 今日は私や殿下といった事情を知る者だけで集まり、その報告を聞く事になっている。

「どうせなら先輩にも一緒に話を聞いてもらった方が、意見を聞けて良いかなと思いまして」

「そういう訳だよ。よろしく、スピネル君。…ところで…」

「なんだよ?」

「君、少し臭うね?」

「嫌な言い方すんじゃねえ!!髪染めの魔法薬の匂いだよ!!」

 

 そう、スピネルの髪はついさっき私が元の色に戻した所である。やはりスピネルは、この派手な赤毛の方がしっくり来る。

「そうか、変装のために髪を染めていたんだっけ。僕も見てみたかったなあ」

「結構面白かったですよ。お兄さんそっくりで」

「似てなきゃ入れ替わりなんかできないだろ」

 応接室の中、そんな事を話しながら待っていると、殿下と先生がやって来た。これで5人…いや、ミーティオも含めて6人が揃った。

「待たせたな。すぐに始めよう」

 

 

 

 

 そうして、二人からモリブデン領での話を聞いたのだが。

「…死神の卵を量産、ですか…」

 予想外の名前が出てきて、私は続ける言葉を失ってしまった。

「うん。研究所の地下には、作りかけも含めて十数個の卵が置いてあったらしい。どこかにもっと大量に保管されている可能性は高い」

 

「それを使えば魔獣を引き寄せられるのか?本当に?」

 殿下に尋ねられ、先生が答える。

「場所にもよるでしょうけどね。例えばこの王都なんかは外壁に魔獣除けの魔法陣がびっしり書かれているし、周辺に川や池もある。普段から周辺の魔獣を討伐してもいるから、これだけ人が住んでいてもそうそう魔獣が寄ってくる事はない。卵を使っても同じです。でも、魔獣が住み着いている山や海の近くであれを使えば、高確率で群れを引き寄せる事ができるだろうとミーティオ君も言ってましたね」

 

「調査の帰りにおっさんが感じた妙な気配は、どうもそれを使ったやつっぽい。調査の次の日、そっちの方角に魔獣の群れが出たそうだ。町に近付く前に兵が討伐に向かったが、大型がいたせいで何人か犠牲が出たらしい」

「な、何のためにそんな事を?」

 

 スピネルは忌々しそうな表情で答えた。

「モリブデン領を出る前、挨拶のためにもう一度モリブデン屋敷を尋ねたんだ。そうしたらまたモリブデン侯爵がわざわざ出てきてな…。この魔獣被害の話になってこう言ったんだよ。『このように、我が領周辺ではずいぶん魔獣が活発になっております。それを抑えるためにも、ぜひ人造湖建設の許可について前向きに検討していただきたい』…って」

 

 

「…それじゃあ、まさか。許可を促すために卵を?」

「どうしてそこまでして…犠牲者だって出ているのに」

「多分、中央都市であるカラミンを守るためだと思うよ」

 セナルモント先生もまた、忌々しそうな顔になって言う。

 

「人造湖は、横に並んだ2つの山の裾野にまたがるような形で巨大湖を作る計画だ。今は2つの山全体から魔獣が出て来てるけど、中央を湖で塞ぐ事で、魔獣の出口を山の左右へと限定する。出口付近には砦を築いて兵を置き、効率的に魔獣を排除できるようにする…っていうのが目的だと、申請書には書かれていた」

 

 私もその計画書は見せてもらった。

 魔獣の出口がどこか一つだけだと、魔獣がそこに集中しすぎる恐れがある。それに、出口側に住んでいる領民は怒って建設に反対するだろう。

 だからあえて山の左右2箇所に出口を作り、魔獣を分散させてリスクを軽減させるという計画だった。

 

「カラミンはこの山から見て右側に当たる。そして左側には、広く散らばる形で町や村がある。魔獣がどちら側に行きやすいかは多分半々ってところだね。…でも卵があれば恐らく、魔獣を片側に誘導できる」

「それじゃ、誘導された側はかなりの負担を強いられます」

 そう言った私に、先生は重々しくうなずいた。

 

「これは大規模な魔獣災害を見越しての計画だと、僕は考える。普段はちゃんと両側を守っていればいい。しかし、とても領内の全てを守りきれないほどの魔獣が溢れ出した時は…。この左側を犠牲にして、カラミンを守るつもりなんじゃないだろうか。あるいは更に広範囲に卵を撒いて、他の領へ魔獣を誘導する事まで考えているかも知れない」

 

 

 …多くの民を犠牲にしてでも、自分が住む都市を守る。それが、モリブデン侯爵の目的なのか。

「人造湖と卵は恐らく保険なんだ。王子殿下を暗殺し、国を混乱に陥れて戦を起こす…それは確かに島の人口を減らし、呪いを弱くできるだろうけど、成功するかどうか不確定要素があまりに大きい。どこまで戦乱が広がるか、どの程度死者が出るか、どれだけの期間続くか。一侯爵が操りきれるとは思えない。それほど死者が出ずに終息する事だって考えられる」

 

 それは確かにその通りだ。この国は長く人同士の戦を経験していない。いざ戦となった時、人々がどんな道を選ぶかなど計算しきれるものではない。

「策が上手く行かず魔獣を抑えられなくなった時は、卵を使って魔獣を遠ざけ、その数が減るまで耐え忍ぶつもりなんだろう」

 

 

 

「…とても許せるものではないね。そんなものは。そもそも、魔導具で生命力を吸うなんて…吸われた人は大丈夫なのかい?」

 先輩に尋ねられ、先生が考え込む表情になる。

 

「一人の人間からそんなに大量の生命力を吸えるわけじゃないと思うよ。ミーティオ君によれば吸収速度はすごくゆっくりだったらしいし、急激に生命力を吸って死人が出たりしたら当然怪しまれ、原因が調べられる。卵が人々に見つかってしまう可能性が高くなるだろう。ばれないように、色んな人間からほんのちょっとずつ吸えるようになってるんじゃないかな。…でも、あくまで推測だね。出力を調整できるのかもしれないし」

 実物を手に入れて調べないと、危険性はとても計れないという事だ。

 

「卵自体には有効活用できる可能性が十分にある。例えば突然魔獣の群れが大量に湧いた時だとか、魔獣を誘導して住民を避難させる時間を稼ぐ事ができるだろう。…だがそれは、きちんと安全を確保し、有効性が証明されてからだ。一体どうやって製造方法を知ったのかは分からないけど、今の時点ではとても認められない。一つの領がそれを独占し、隠匿するなんてもってのほかだ」

 

 

 じっと話を聞いていた殿下が、先生の方を見る。

「今すぐ製造をやめさせ、卵は一旦全てこちらで回収するべきだろう」

「そうしたいのは山々なんですがね…。問題が多すぎます。まず、隠れて作っている事をどうやって知ったのかが説明できない」

「確かに…」

 話を聞く限り、地下への入り口は隠されているようだ。警備も厳重だと言うし、ミーティオがいなければその存在を知るのは難しかっただろう。

 

「そこを上手く誤魔化せたとしても、作られているものが危険だとすぐには証明できません。何しろ人の生命力ってやつは、僕たちの目には見えない。それで魔獣を引き寄せられると証明するには、相当手間がかかる」

『私には生命力を感じ取れるが、それは守護者としての力だ。人には感知できない』

 ミーティオが補足する。

 

「いきなり踏み込み、差し押さえるには根拠が全く足りない訳か…」

「ええ。更にハックマン魔術研究所は、魔術師ギルドに加入した正式な研究所です。あやふやな理由で嫌疑をかければギルドを敵に回します。僕らが卵について調べている間に、彼らはギルドに呼びかけ団結して対抗しようとしてくるでしょう。これは昔の事件によく似た別の魔導具だとでも主張されれば、かなり揉める事になるはず…。とても厄介だ」

 魔術師ギルドは民間の団体だが、国中の魔術師が加入した巨大な組織だ。

 国の最高峰たる魔術師が集まる王宮魔術師団でも、彼らを敵に回すなど想像したくもないだろう。

 

 

「むむ…。ではどうすればいいんだ?」

「別件で研究所そのものを押さえたらどうだ?確か、毒物を扱ってただろ。あの辺を適当に突っついて、罪状をでっち上げるとか」

「うーん…それしかないかなあ、やっぱり」

 スピネルがさらっと腹黒い事を言い、先生も当たり前のように同意した。

 殿下はちょっと眉を寄せたが、止めるつもりはないようだ。手段を選んではいられないと判断したのだろう。

 さすが殿下、清濁併せ呑む懐の深さをお持ちだ。

 

「でっち上げるなら違法実験の線ですかねえ。本当にやっててくれたら手っ取り早いんだけど。とりあえずこちらで手配して、何かないか調べてみます」

「分かった。よろしく頼む」

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