世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

213 / 292
第166話 作戦

「次に天秤についてだな。予想通りモリブデン領にあった訳だが…」

 殿下が考え込む仕草をする。

「どうやって手に入れるか、ですね」

 これもまた、正攻法で手に入れるのは難しい…と思ったのだが、先生はあっさりとこう言った。

「それに関しては、あそこにあると分かった以上いくらでもやりようはあると思いますよ。王子殿下なら」

 

 

「…俺が?」

「ええ。スピネル君に聞いたんですが、モリブデン侯爵の趣味は…ええと、なんだっけ?」

「神像だよ。水霊神の神像の収集」

「そう、それ。王子殿下が侯爵屋敷に行って、『神像に興味があるから宝物庫を見せてくれないか?』って頼むんですよ。で、僕もそれに同行させてもらいます。天秤は収集した神像と同じ部屋に置いてあるでしょう、僕が探知したところ地下の宝物庫は一つのようでした。まあ部屋を分けるとその分だけ守護の魔法陣が必要になって面倒ですからね。そこで天秤を見つけた僕はこう言います、『これはきっと古代の遺物です!今すぐ調べなくては!!モリブデン侯爵、これを譲って下さい!!』…と」

 

「……」

 わざとらしく驚いた仕草を作ってみせる先生に、皆がちょっと無言になる。

「あとはこんな感じですね。『殿下、お願いします。先生のために殿下からも侯爵に頼んで下さい!』『うーん、リナーリアのお願いなら一肌脱ぐしかないな。モリブデン侯爵、ぜひその天秤を金貨1枚で譲ってくれ』」

「やっす!!ケチくせえ!!」

「何ですかその小芝居は!!そのくだり必要あります!?」

「えっ、あった方が面白くない?」

「面白くありません!!」

 そのやけにデレっとした演技はまさか殿下のつもりだろうか?何一つ似てないし、いくら先生でも許さないが?

「でも説得力は増すんじゃないかな」

「先輩まで!!」

「とことん侯爵を煽りたいらしいな…」

 何か心当たりでもあるのか、スピネルが眉間を抑える。

 

 

「しかし、それは強引ではないか?横暴というか…モリブデン侯爵が大人しく従うだろうか」

 若干戸惑いを浮かべた殿下に、先生が肩をすくめる。

「まあ譲ってくれは無理でも、しばらく貸してくれ程度の頼みなら大丈夫じゃないかと。天秤は単体では『女神の呪いを反映して傾く』という機能しかない。侯爵にとって、常に手元に置かなければならない物ではないはず」

『ああ。普段のあれは、ただの天秤の形をした置物だ』

 ミーティオもうなずく。

 

「そして侯爵は、我々が天秤の正体を知っている事を知らない。下手に断ると不審がられると考えるでしょう。何でしたら、こちらで返却期限つきの借用書でも一筆書けば良いんです。それならば断れないでしょう」

 全く期限を守るつもりはなさそうな様子で先生は言った。いや、島を出るという真の目的のことを考えれば返却できる訳がないんだが。

 ついでに言えば先生は、侯爵が承諾するまで食い下がりそうな気がする。先生が古代マニアなのは有名な話なので、しつこく頼み込んでも不自然ではないのが怖い所だ。

 

 

「でも、そのためには王子殿下がモリブデン領まで行く必要があるね」

 そう言った先輩に、スピネルがぴんと来た顔をする。

「…もしかして、水霊祭か?今年はゾモルノク公爵家の番だ」

 先生がその言葉にうなずいた。

「うん、僕もそれを考えてたんだよね。それなら僕も王宮魔術師として堂々と同行できるし。水霊祭まであと2ヶ月くらいあるし、今からでも準備は間に合う」

 私は思わず「えっ!?」とぎょっとしてしまった。

 

 5月の初め頃、王族は水霊祭の祭礼を行うために5つの公爵領のどこかを訪れる。去年はブロシャン家で、今年はゾモルノク家を訪れる番だ。

 モリブデン領はゾモルノク領から比較的近い。ちょっと遠回りにはなるが、寄れなくもない場所だ。しかし。

「待って下さい、私は反対です!殿下をモリブデン領に行かせるなんて危険すぎます!」

「そうだな…」

 スピネルが難しい表情で考え込む。

 

 

「虎穴に入らずんば虎子を得ず。…何の危険も冒さず、結果を得ようとするべきではない」

「殿下!」

 つい咎めるような声を上げてしまう。いくら殿下の意思でも、これは看過できない。

「無論、危険はできる限り避けるべきだ。しかしその方法を検討する前から、ただ危険だから駄目だと決めつけてはいけない」

「は、はい…しかし、向こうは殿下を狙っているんですよ。死神の卵だってあります。道中に魔獣を呼び寄せられたりしたら」

 

「スピネル。お前はどう思う?」

「…卵を使っても、上手く魔獣が目標を襲うとは限らない。馬車はできる限り、周辺に魔獣がいない安全なルートを取る。殿下が通りかかる時に合わせてタイミング良く魔獣を呼び寄せるのは難しいだろう。それに卵が使われた時は、ある程度はミーティオのおっさんが察知できる。適当な理由をつけて回避すりゃいい」

 

「セナルモントは?」

「もし侯爵が卵を使うとしても、その場所はモリブデン領内ではないしょう。魔獣を呼び寄せれば後始末が大変ですし、場合によっては周辺の魔獣討伐を怠った疑いをかけられます。もし仕掛けるとしたら、きっとゾモルノク領。祭礼を行う湖です。王子殿下は確実にそこへ行き、数時間は滞在する訳ですから」

 

 私ははっと顔を上げた。

「まさか、去年のブロシャン領での巨亀は」

『分からない。あの時は卵らしき気配は感じなかったと思うが…』

 では、ただの偶然だろうか。今となっては確かめようもない。

 

 

「…場所が予測できるなら、対策もできるね」

「ああ。秘宝事件の後だ、多少警備を厳重にしてもおかしくないが、あまり多すぎると侯爵に警戒されちまう。精鋭をこっそりゾモルノク領へ先行させるか、あるいは後追いさせよう。それでだいぶ安全が確保できるはずだ。ゾモルノク公爵には悪いが、情報漏洩を防ぐために事後承諾でやった方がいいだろうな」

 先輩とスピネルがうなずき合う。

 

「一般的な方法…つまり刺客による襲撃や毒物、罠なんかは、騎士や僕たち魔術師でしっかり防ぐ。これは目的地がどこだろうと同じです。人間の手によるものなら、必ず察知できるはずだ」

 先生も力強く請け負った。

 

 

 

「…うむ。どうやら行けそうだな」

「……」

 覚悟を決めるかのように呟く殿下に、私は唇を噛み締める。

 リスクを下げる事はできる。でも絶対ではない。

 やはり殿下にモリブデン領に行って欲しくはない。どうしても不安が拭えない。

 どれだけ警戒していても、もし万が一の事があったら。

 

「リナーリア」

 殿下がじっと私の目を見つめた。

「君の言う通り、危険はあるだろう。だが今の俺は、自分が狙われている事を知っている。絶対に油断はしない。それに俺には頼れる友も、臣下もいる。…もちろん、君もだ。俺は決して、君を置いて死んだりはしない。約束する」

 

「殿下…」

 その真摯な目が、思いが、とても嬉しい。もう二度と置いていかれたくないという私の気持ちを殿下は見抜き、励まして下さっているのだ。

 何だかちょっと目が潤みそうになってしまい、慌てて堪えた。

 どうも最近の私は涙腺がゆるい気がする。こんな事でいちいち泣いてられるか。もっとしっかりしなければ。

 怖がってばかりではなく、前に進むのだ。

 

 

「…承知しました!殿下がそうおっしゃるのでしたら信じます。それに、いざという時は私が身命を賭してお守りいたします!!」

「お前、まさか付いて来る気か?」

「当然です!絶対付いて行きます」

 私は去年も同行させてもらったのだ、問題はあるまい。スピネルが苦い顔をしているが、こればかりは譲れない。

 

「しかし、危険だ」

「殿下。ご自分は危険を冒そうとしているのに、私が危険を冒すのは許さないとでも?」

「むっ…」

「はは、王子殿下、これは一本取られたね!」

 先輩が愉快そうに笑った。

 

 

「リナーリア君は優れた魔術師だ。知識も判断力もある。立派な戦力になるだろう。それに王都にいたからって絶対安全ではない事は、先の事件でよく分かったんじゃないのかな?」

「これは耳が痛いねえ…」

 秘宝事件では王宮の中から誘拐された事をスフェン先輩に指摘され、先生が苦笑した。

 

「しかもリナーリア君にはミーティオ君の加護があるんだろう。彼女がいればきっと上手くいく。今までもそうだったろう?」

「……」

 殿下とスピネルが顔を見合わせる。

「どうもその加護とやらは実感が沸かないんだがな…」

「しかし、実際何度もリナーリアのおかげで危機を乗り越えてきた」

「まあなあ…」

 

 そこで先輩は音を立てて椅子から立ち上がると、ばっ!とかっこいいポーズを付けた。

「なあに、心配は無用さ!リナーリア君の事は僕がしっかりと守ろう!!」

「何?スフェンも来るのか?」

「当然だろう!僕ならば常に彼女を守れるよ。君たちが入れない場所にだって一緒に行けるしね」

 

 男性の護衛が入れない場所というのはそれなりにある。浴場だとかトイレだとか。

 そういう場所は当然女騎士が護衛に入るのだが、先輩の便利なところは貴族でもあるという部分だ。

 例えば今回、モリブデン侯爵の宝物庫に入れてもらう予定でいるが、先輩ならそこにも自然に同行できるだろう。

 もちろん私だってできる限り自分の身を守るが、私は本来支援魔術師なのだ。組んで戦う騎士がいてこそなのである。

 先輩とは気心が知れているし、武芸大会で共に闘った仲で、いざという時の連携だってばっちりだ。

 

「僕たちが二人揃えばとても強い事を、君たちは身を持って知っているだろう?」

「ぐっ…」

 にやっと笑った先輩に古傷を抉られたらしく、スピネルがちょっと呻いた。

 私は嬉しくなって先輩の手を取る。

「ありがとうございます。先輩が一緒なら心強いです!」

 

 

「…分かった」

 殿下はゆっくりうなずくと、私たち全員を見回した。

「皆で行こう。これは、皆が力を合わせて乗り越えるべき事だ」

「はい!」

 皆の声が重なった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。