世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
『…どうした。我の元に来たくなったか』
「ほ、本当に来た…」
黒い翼を広げて中空に浮かぶ男を見上げ、私は呆然と呟いた。
「うわあ!リナーリア君!!竜人!!竜人だよ!!凄い!翼がある!角がある!飛んでる!踊ってるう!!」
「先生、落ち着いて下さい。踊ってるのは先生の方です」
興奮してまくし立てながら訳の分からない動きをする先生に、私は冷静にツッコミを入れた。
私が呼びかければライオスはきっと来るだろうとミーティオは言っていたが、本当に来るとは。
『……』
ライオスは不審な動きを続ける先生には目もくれず、じっと私を見下ろしている。
「あの、実は貴方とお話がしたくて…その、とりあえず地面に降りていただけますか?」
恐る恐る頼むと、ライオスはバサッと羽音を立てて地面に降り立った。
一応話を聞いてくれるつもりはあるようで、胸を撫で下ろす。
『話とはなんだ』
そう言ったライオスに向かい、私はゆったりと穏やかに微笑んでみせた。
「ライオス。…今日、貴方をお茶会に招待したいんです」
『……。オチャカイ?』
ライオスは鸚鵡返しに呟いた。その表情は読み取りにくいが、少し戸惑っている…ような気がする。
ここは王都のはずれにある、とある古びた屋敷の庭だ。
何故こんな所でライオスと対面しているのかというと、この間の作戦会議での先輩の発言がきっかけである。
「ふむ。そういう事なら、竜人君をお茶に招いてはどうかな?」
「えっ…お茶?」
スフェン先輩の言葉がよく理解できず、私は少しの間ぽかんとした。
「…お茶ですか?竜人と?」
「うん。平和に話し合いたいのなら、まずこちらに敵意がない事を示さないといけないだろう?和やかな雰囲気の演出は不可欠だ。なら、一緒にお茶を飲んでみるのはどうだろう」
「は、はあ…」
理屈は分かる。分かるが、ライオスとお茶…?とても想像ができない。
「紅茶飲めるのか?あいつ」
スピネルが根本的な疑問を口にする。答えたのはミーティオだ。
『人の食べ物は問題なく口にできるだろう。人型をしているから、味覚も人間に近いと思う』
「えっ、それどういう事?竜の味覚は人間とは違うのかな?人型になると味覚が変わるの?」
「セナルモント!そういう話は後にしろ!!」
すかさず食いついた先生に、スピネルが怒鳴った。
「そうですね…飴を舐めて『美味い』と言っていましたし…」
前世で初めて会った時の事を思い出しつつ言うと、殿下が顎に手を当てる仕草をした。
「という事は、甘いものは嫌いではないんだな」
「なら丁度いいじゃないか。お菓子をたくさん用意して、お茶会に招いてみよう!」
「は!?マジで!?」
両手を広げた先輩にスピネルが顔を引きつらせる。
先生はにっこりと笑顔になって言った。
「良いじゃないか、良いじゃないか。僕はスフェン君の意見に賛成だなあ。現代の人間の文化に触れてもらう事もできるし、きっと相互理解を深められると思うよ」
「それはあいつが大人しく招きに応じればの話だろ。いきなり暴れでもしたらどうするんだよ」
「うーん、話を聞いた感じじゃそんな凶暴な性格だとは思えないけど。ちゃんと理性的な会話ができてるみたいだし、例のおとぎ話で嘘をついた王様を殺した時以外、竜人が人を害したって話は全くないよ」
『竜は人間を殺せば力を失い弱体化する。恐らく竜人も同じだ。ライオスも既にその事に気付いているだろうし、無駄な殺生は避けるはずだ。それに、こちらにはリナーリアがいる。彼女を傷付けるような事はするまい』
「しかしなあ…」
顔をしかめるスピネルを横目に、先生がさらに言う。
「竜人…ライオス君と親しくなるのは、この島のためにも必要な事だと思うよ」
「…竜人にこの島を守ってもらうと言うのか?」
そう言った殿下に、先生が首を横に振る。
「いえ、そうではなく。竜人がいれば、ミーティオ君を復活させられるのではないかと」
『何…?』
ミーティオがちょっと呆然とした顔で訊き返した。
「僕の推測だけど、きっと竜人はあの火竜山の遺跡に入れる。彼はあの場所で生まれ育ち、魔獣と戦ってはそこに戻ってきていたはずだ。彼の父…研究者たちは、竜人のデータを取り、次の戦いに送り込むために彼の傷を癒やさなければならなかったからね」
「遺跡はかつて竜人の拠点だった訳だな」
「竜人は空を飛べるんだし、研究者たちが毎回戦いに同行していたとは思えない。彼一人でも扉を開け中に入れるようにしていたはずだ。鍵を持っていたか、その魔力を扉に登録していたか…多分後者だね。魔法陣がリナーリア君に反応したんだから」
「あっ…あの時、川原に隠されていた魔法陣が発動したのは…」
数年前、あの遺跡に迷い込んだ時の事を思い出す。
「うん。扉の魔法陣は地震の影響を受けたせいで狂い、竜の血が濃いために似た魔力を持つリナーリア君を竜人と誤認した。それでリナーリア君を遺跡内に飛ばしたんじゃないかな」
…なるほど。そう考えれば辻褄は合う。
「竜人は恐らく研究所の深層部に行く方法も知っているだろう。そこにはミーティオ君の竜の身体が封印されている。古代のものとは言え、僕らと同じ人間が作った封印だ。解くことはきっと不可能じゃない」
「生き物の時間を止める封印の魔術は、現代でも存在します。古代のものはきっと更に精密だったでしょうが、解析と研究を進めれば解けるかもしれませんね」
『…封印を解き、肉体に戻る事ができれば、私は大きく力を取り戻せる。本来の力からは程遠いが、島の守護者として多少は魔獣を抑えられるようになるだろう』
「え、でも、そうしたらスピネルはどうなるんですか?」
スピネルはミーティオの魂を分けてもらっているという。ミーティオが離れて大丈夫なんだろうか。
『その時は魂の一部を切り離し、スピネルに残す。竜に戻れればそのくらいはできる。スピネルが死んだ時、返してもらえば良い』
…とそんな感じで話が進み、先輩のアイディアは採用され、私たちだけで密かにお茶会を催すという事になった。
問題は場所だ。どうやらライオスは普通の人間の目には映らないよう、姿を隠して行動できるらしいが、それでも念の為なるべく人目を避けた方が良いだろう。
本当なら王都の外、人気のない場所が望ましいのだが、殿下や私が護衛騎士も連れずに外へ出る訳にはいかない。
そこで王都内で使えそうな場所を探したのだが、上手く丁度いい物件があった。
息子夫婦と折り合いが悪かったとある老貴族が、隠居するために建てたという屋敷だ。王都の隅にあり、周囲に
老貴族の死後なかなか買い手が付かなかったというそこを買い上げ、人を雇って大急ぎで使えるように手入れをした。庭も家の中も、最低限の見た目は整えてある。
なおそれらの資金は殿下が出し、スピネルが手配したようだ。
ライオスが私の呼びかけに応えて姿を表すかどうかは半信半疑だったのだが、案外あっさりやって来た。そう遠くない場所に住んでいるのかもしれない。
とりあえず、地面に降りたライオスへと話しかける。
「まず紹介しますね。オレラシア城で一度会っていますが、こちらの方はエスメラルド殿下です」
「エスメラルド・ファイ・ヘリオドール、この国の第一王子だ。国の未来のため、ぜひ話を聞かせてもらいたいと思い、ここにいる。よろしく頼む」
さすが殿下、臆することなく正面から堂々と名乗った。
ライオスは「第一王子」の部分にほんの少し視線を動かしたが、何も言わなかった。
「こちらも前に会っていますが、スピネルと言います」
「スピネル・ブーランジェだ」
ライオスはこちらにははっきり反応し、スピネルの方を見つめた。やはりミーティオが宿っているのが気になるのか。
スピネルは説明するつもりがないようなので、仕方なく私が代わりに説明する。
「竜…ミーティオの魂が一緒にいますが、彼自身は普通の人間です。二人共、貴方に敵対したり危害を加えるつもりはありませんのでご安心下さい」
少なくとも今は、だが。そこをわざわざ言う必要はない。
「それからセナルモント先生。私の魔術の師匠です」
「やあこんにちは、ライオス君!それともライオス殿の方が良いかな?僕はセナルモント・ゲルスドルフ。君に大変興味があるんだ!よろしくね!!」
先生が差し出した両手をライオスは黙殺したが、先生は全く気にしていないようだ。
ニコニコしながら「そうか、握手には慣れてないのかな?古代にも握手はあったはずなんだけどねえ」とか言っている。
本物の竜人に対してこの馴れ馴れしさ、いっそ尊敬する。この人、実は大物なのでは…?
「そしてこちらは、スフェン先輩。私の友人です」
「スフェン・ゲータイトだ。リナーリア君の友人として、君とも仲良くしたいと思っているよ」
先輩はライオスが空から現れた時は少し緊張していたようだったが、先生があの調子なのでだいぶほぐれたようだ。
さすがにいつものポーズは取らなかったが、落ち着いた口調で名乗った。
「後は私、リナーリア・ジャローシス。以上が本日のお茶会のメンバーです」
『オチャカイ…』
ライオスはまた呟いた。よく理解できないらしい。
「私たちは誰かと話をしたいと思った時、一緒にお茶を飲むんです」
『…何のために。それで何が手に入る』
「私たちは貴方について知る事ができます。貴方は、美味しいお茶とお菓子を食べられます。…どうでしょう、私たちの招きを受けていただけませんか?」
『……』
しばしの間無言が流れ、少し冷や汗をかく。
やっぱり唐突過ぎるかな…無理があったかなあ…。
『…飴玉。飴玉はあるのか』
「あっ、あります!ありますとも!」
もちろん用意してある。あの時ライオスに渡したのと同じ、苺の味の飴玉だ。
『それが対価ならば、良いだろう』