世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第168話 未知とのお茶会(前)※

 ライオスを伴い、屋敷の中へと入る。

 ちらりと後ろを振り返ってみるが、竜人が廊下を歩いているという絵面はとてもシュールで、違和感が強い。

 なんだろう、翼があるからか?上半身裸だからか?それとも、裸足なせいで足音がぺたぺたと鳴るからだろうか。

 気にしてはいけないんだろうが、ううむ…。

 

 ガーデンパーティーをするにはまだ少し早いかと思い、お茶会の場所は食堂だ。

 招き入れ椅子を薦めようとしてから気が付いたが、もしかして普通の椅子ではライオスには窮屈ではないだろうか。

 翼が背もたれに当たって上手く座れなさそうだ。

「すみません、違う椅子を用意した方が良さそうですね」

 少し慌てると、ライオスはしゅっと翼を縮めた。背中のあたりに吸い込まれ、影も形も見えなくなる。

 

「えっ!ええっ!!何今の!!凄い!!」

 先生がライオスの背後に回り込み色んな角度からじろじろと眺める。さすがに触るのは我慢しているようだが、どう見ても鬱陶しい動きだ。

「その翼、しまえるんですね。あっ、もしかして角もしまえますか?」

『それはできない』

 どうやら完全な人の姿になる事はできないようだ。なるほど…いや先生、本当に落ち着いてくれ。動きが不審過ぎる。

 あれだけまとわりつかれて無視できるライオスも凄い。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 皆が席につくのを横目で見ながら、私は紅茶の用意を始めた。使用人を呼ぶ訳にはいかないので、私がやる事にしたのだ。

 その方がライオスも口を付けやすいのではないかと考えたのもある。

 今まで紅茶を淹れた事などなかったので、屋敷の準備が整うまでの期間、スミソニアンとコーネルに指導を受けてみっちりと練習した。

 そのお陰でなんとか、まともな味の紅茶を淹れられるようになった…はずだ。

 スミソニアンも一応合格を出してくれた。何か物凄い葛藤を抱えた顔で、渋々とではあるが。

 

 お菓子はクッキーやマドレーヌ、カヌレなど様々な焼き菓子を用意した。私が紅茶を淹れている間に先輩がテーブルに並べてくれている。

 どれも手でつまめる物なので、ライオスも食べやすいだろう。

 人数分の茶葉と、湯沸かしの魔導具で作ったお湯を、温めたポットに入れしばし待つ。

 砂時計の砂が落ちきるのを待ってから、丁寧にカップに紅茶を注いだ。

 

 

 6つのカップに均等に注ぎ終えてから、そのうちの1つだけ魔術を使って少し冷ます。これはライオスの分だ。

 紅茶など飲み慣れていないだろうし、あまり熱いと飲みにくいかもしれないと思っての配慮だ。ちゃんと飲んでくれるといいのだが。

 カートを押し、全員に紅茶を配っていく。カップを動かすたびにかちゃかちゃ音が鳴ってしまって少し恥ずかしい。

 スピネルは無言だったが明らかに何か言いたそうな顔だった。くそう。

 

 全ての支度が整った所で、私もまた席についた。

 軽くぱんと両手を合わせ、宣言をする。

「…では、お茶会を始めましょう!」

 

 

 

 カップにそっと唇を寄せ、紅茶を口に含む。

 …いい香りだ。口内に広がる程よい渋みと甘み。我ながら会心の出来ではないだろうか。

「うん、美味いな」

 殿下が微笑み、先輩と先生もうなずいた。

「お前にしちゃ上出来だな」

 スピネルが片眉を上げながら言う。もう少し褒め方があるだろうと思うが、正直嬉しく感じるのが悔しい。こいつは紅茶にはうるさいのだ。

 

「ライオスも飲んでみて下さい」

 私はカップを持ち上げてライオスに示して見せた。

 ライオスは眉間に皺を寄せながら、私と同じようにカップを持ち上げる。

 一口飲んでみせると、ライオスも一口飲んだ。

 

「いかがですか?」

『熱い』

「あっ、まだ熱かったでしょうか。もっと冷ましましょうか?」

『…よく分からん』

 何とも言えない顔でカップの中の赤い液体を見つめている。

 

 

「では、お菓子はどうですか。これを食べながら紅茶を飲むと美味しいんです」

 マドレーヌを一つ手に取り、またライオスに示す。ライオスも皿からマドレーヌを取ったのを見てから、カップを持ち上げる。

 一口食べて、紅茶を飲み、ゆっくりと味わう。そしてまた一口食べて、紅茶を飲む。

 

 私の一挙手一投足を、ライオスはそっくりそのまま真似しているようだ。やけに真面目な顔で慎重にカップに口を付けている。

 その様子に、何だか親鳥の後を付いて歩くアヒルのヒナを思い出してしまった。

 そう言えばミーティオも、竜人は見た目は大人でも中身は子供のようだったと評していたな。

 それは今でもあまり変わらないのかもしれない。

 

 

「美味しいですか?」

『…美味い』

「それは良かったです」

 安心し、私は思わず笑顔になった。やはり甘いものは好きなようだ。

 

「他のものも食べてみて下さい。どれも美味しいですよ」

 そう言って勧めると、ライオスは私に尋ねてきた。

『飴玉は?』

「あっ、あれは後で。お茶会が終わったらお渡しします」

『…分かった。話を始めるがいい。それが対価という約束だ』

 

 あれ、何だか「飴玉が欲しかったら話に付き合え」みたいな感じに解釈されている?

 飴玉は舐めるのに時間がかかるし、お茶会の後でお土産として渡そうと思っただけなのだが…。

 だが、それで話をしてくれるならいいか。そろそろ質問を始めてみよう。

 何しろさっきから先生が物凄くソワソワしている。口を開きたくてしょうがないのを必死で我慢している感じだ。

 スピネルの隣に座らせておいて良かった。横から睨みつけて何とか抑えてくれている。

 

 

 私が勧めたジャム入りのクッキーを咀嚼するライオスに尋ねる。

「ライオスは普段、どんなものを食べているんですか?」

『獣の肉や、木の実、魚』

「ほほうなるほど山で採れるものを食べているんだね!?じゃあやっぱり山に住んでいるのかい!?」

 我慢しきれなくなったらしい先生が身を乗り出す。しかしライオスは答えようとしないので、私が尋ね直した。

「今はどこに住んでいるんですか?」

『少し離れた山の中だ。洞窟があるから、そこで寝ている』

 

「ふむふむ!やはり雨露をしのげる場所が必要なんだね!!」

 先生はノートを広げてなにやらガリガリ書き付けている。

「肉や魚は生で食べるのかい!?それとも火を通す!??」

『……』

「…えー、肉や魚は生のままで食べるんですか?」

『だいたい焼いている。生は食べにくい』

「なぁるほどおー!!!」

 

 ふむ、ライオスは元々人間に育てられた訳だし、やはり基本的には人間と同じような感性や感覚を持っているようだ。

 今は山で暮らしているが、あの遺跡に住んでいた頃は人間に近い生活をしていたんじゃないだろうか。

 お菓子もやはり気に入ったらしい。だんだんと慣れてきたようで、手を伸ばしては口に放り込んでいる。

 

 

 それからライオスの普段の生活についてなど尋ねてみた。

 いつもは山の中にいて、たまに空を飛んで島を見て回っている事。時には獣や鳥と戯れたりもする事。魔獣はライオスを恐れてめったに襲って来ない事。ブルーベリーなどの果実類が比較的好きである事。

 まるで俗世間から離れた隠者のような生活だ。穏やかだが、やはり私には孤独に思える。

 古代の出来事については尋ねなかった。それについてはまだ触れないようにしようと事前に皆で決めていた。

 今回はまず、打ち解けるのが目的なのだ。

 

 ライオスは最初私にしか返事をしなかったが、そのうちついに他の者にも返事をするようになった。

 先生があまりにしつこくて鬱陶しかったせいで、いちいち私を通すのが面倒になったらしい。先生の粘り勝ちである。

 既に会った事がある殿下やスピネルだけでなく、先生や先輩もほとんど恐れる様子なく話しかけてくるので、ライオスは少々戸惑っているように見える。

 

 

「うん、君が食べたその黄色い果実はレモンだね!あれはそのままではとても酸っぱいんだ」

 黄色い楕円形の果実が酸っぱくてひどくまずかったという話を聞き、先輩が朗らかに笑った。

『…レモン』

「そう、レモン。僕たちは果汁を絞ってジュースにしたり、甘く煮てジャムにしたりするんだ」

「あとは焼いた肉にかけたりもするな」

「ああ。後味がさっぱりとして、美味い」

『肉に…あれをか』

 

 人の食生活というものに、ライオスは少し驚いたようだ。

『人間は果実一つ食べるのに、ずいぶん面倒な事をする』

「人間は美味しいものを食べるのが好きですからね。そのためにあれこれ手間をかけ、お互いに協力し合います。このお菓子もそうです。バターを作る人、小麦を作る人、砂糖を作る人…最後にパティシエが、こうしてクッキーの形にして焼き上げます。とても沢山の人の手を経て、これは作られているんです」

 

『……』

 ライオスはじっと手の中のクッキーを見つめている。

 その赤い瞳の奥にどんな感情があるのかは、私には読み取れなかった。

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