世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

216 / 292
第169話 未知とのお茶会(後)

「そう考えると、何か不思議な気持ちになるな。普段こうして何気なく口にしている物も、長い時間をかけ、多くの民の手を経て、俺の元に届けられている訳か…」

 深く感心したように、殿下も指でつまんだクッキーを見つめた。

 

『貴様は未来の王なのだろう。それなのに、民が作っている事を知らなかったのか?』

 ライオスの言葉には、わずかに嘲るような色が含まれている。王というものにあまり良い印象を持っていないのだろう。

 だが殿下は気にする素振りを見せず、真面目な表情で考え込んだ。

「知識としては知っていたが、ちゃんと理解していなかった…というのが正しいだろうか。恥ずかしい話だが。目の前にどれだけ沢山あっても、自ら意識を向け、考えようとしなければ、真には理解できないようだ」

 

 それから、私の方を見て微笑む。

「俺たちの暮らしが多くの民に支えられていると、決して忘れてはいけない。…リナーリアはいつも、こうして俺に大切な事を教えてくれる」

「そ、それほどでも…。殿下が、常に学ぼうとする心をお持ちだからですよ」

 私など大した事はしていない。そう思いつつ、殿下に褒められるとやっぱり嬉しい。

 ちょっぴり照れながら微笑み返す私を、ライオスがじっと見つめていた。

 

 

 

 

 そうして会話が一段落した所で、ライオスは言った。

『お前たちは、こんな話をしたくて我を呼んだのか』

「それは…」と言いかけた私を殿下が遮る。

「すまない、リナーリア。俺に話をさせてくれ」

「…はい」

 

 私は素直に殿下へと譲った。私自身、殿下がどのようにライオスと話し合うのか知りたい。

 宝玉の事は一旦置いて、まずは私の願いの対価について解決しようと、皆で相談して方針はすでに決めてある。こちらの方が時間的猶予が少ないからだ。

 だからきっと、私の事について話すつもりだと思うのだが…。

 

 殿下は真剣な表情でライオスへ語りかける。

「こちらの目的を伏せたまま近付こうとするのは卑怯だと、俺は考える。だから正直に言おう。ライオス、俺たちは君に対し、一つの願いを持っている」

『どんな願いだ』

「君とリナーリアが交わしたという契約。それを解除し、彼女を連れて行くのをやめて欲しい」

 

 

 

「っ……!」

 瞬く間に室内の空気が一変した。先程までの和やかな雰囲気は消え失せ、怒気が周囲を満たしている。

 産毛がちりちりと逆立ち、額や手のひらに脂汗が滲む。

 恐ろしくて顔が上げられない。呼吸さえままならない。今すぐここから逃げ出せと本能が訴える。

 歯を食いしばって耐えるが、指先が震えるのを止められない。

 

「…スピネル。座れ」

 ひどく長く思える数十秒の沈黙を破ったのは、殿下の声だった。

 反射的に身体が動いたのだろう、立ち上がりかけ腰に手を伸ばしていたスピネルが、ゆっくりと椅子に座り直す。

 

 

『契約は絶対だ。貴様が口を挟めるものではない』

「分かっている」

 ライオスから放たれる威圧に抗うためか、血の気が失せるほどに拳を強く握りしめ、殿下は答えた。

「それでもなお、願う。リナーリアを連れて行かないで欲しい。彼女はこの国に必要な人間であり、皆が彼女を愛している」

『我は願いを叶えた。願いには、対価が必要だ』

 

「それも分かっている」

 殿下ははっきりと、竜人の目を見据えて言った。

「彼女が何物にも代えがたい宝である事は、俺自身がよく知っている。どんな財宝を積み上げても、彼女には遠く及ばないだろう。…それでも、だからこそ、願う。彼女を契約から解放して欲しい。そのためなら俺はどんな事でもする。どんな対価でも払う。代わりに俺が…、いや」

 そこで言葉を切り、私たちの顔を見回す。

 

「俺たちが、君の願いを叶えよう」

 

『…願い?』

 ライオスはその瞬間、虚を突かれたような表情をした。

 

 

 

『…我には願いなどない。契約通りの対価さえもらえば、それで良い』

 そう言いながらも、ライオスはどこか動揺しているように見える。

「いいや、あるはずだ。君には確かに、人間の部分がある。人間とは願いや望みを持たずにはいられないものだ」

『貴様…』

「ライオス!」

 

 再び怒りを露わにしたライオスに、私は思わず呼びかけてしまった。

 ライオスがこちらを振り向く。その表情に一瞬怯んでしまいそうになるが、先程までのような身動きできないほどの恐ろしさは感じない。

「私は貴方に、私たち人間について知って欲しい。…それはきっと、貴方自身について知る事にも繋がると思うんです」

『…我自身について?』

「はい」

 

 竜人は古代の人間たちが作った、恐らくこの世で唯一人の存在だ。

 しかし、だからと言って、孤独でなければならないなんて事はないはずだ。

 今日こうして一緒にお茶を飲んで確信した。表情こそ分かりにくかったが、お菓子に喜び、辿々しく会話に応じる様子はどう見ても人間だ。

 異形の姿を持ち、その身の半分が竜であろうと、彼は間違いなく人間でもあるのだ。その事に気が付いて欲しい。

 

「今すぐ分かってくれとは言いません。ですが、きっと何かを得られます。どうか、またこうして私たちとお茶を飲んでくれませんか。…少なくとも、人間の食べ物は美味しかったでしょう?」

『……』

 ライオスは無言で私の顔を見つめ、それから目を逸らした。

 その仕草もまた人間らしいと、私は思った。

 

 

 

 その後すぐ、お茶会はお開きとなった。

 庭に出たライオスへと小さな巾着袋を差し出す。

「この飴玉はお土産です。後で食べて下さい」

 ライオスは袋を受け取ると、その中から飴玉をつまみ上げじっと見つめた。

 

『…違う。これではない』

「えっ?」

 私は戸惑ってしまった。あの時と同じ、苺味の飴のはずだ。

『包んでいる紙が違う。もっと赤かった』

「あ…」

 

 そう言えばそうだ。あの時の飴玉は確か淡紅色の紙に包まれていたが、これは縞模様が入った紙だ。

 コーネルに頼んで用意してもらったものだが、作っている工房が違うのかもしれない。

 味は同じ苺味のはずなんだが…。いや、やっぱり味も違うんだろうか?

 お菓子にはこだわりがないので、そこまで考えなかった。

 

『そなたの願いを叶える時、あの紙は持ってこられなかった』

「え?紙を?」

『そうだ。我はそなたを連れ、魂だけで時を遡った。物質まで移動させる事はできなかった』

 うぅーむ?つまり世界の時間そのものを巻き戻したのではなく、私とライオスの魂だけが時を遡って移動して来たのか?

 肉体は置いてきたから包み紙は持ってこられなかったのか。

 …って、じゃあもしかしてライオスは、私の願いを叶えたあの時まで、飴玉の包み紙を大事に持っていたのか?3年も…?

 

 何か色々衝撃を受けつつも、とりあえず謝る事にする。

「すみません、全く同じものは用意していなくて…。でも必ず用意しますので、どうかまた来てください」

『オチャカイにか』

「はい。次も、美味しいお菓子を並べて待っていますので」

『……』

 

 

「来週…7日後に、また呼びます。きっと来てくださいね!」

 再び翼を生やし、大きく広げたライオスへ呼びかける。

「僕たちも待ってるよ~!絶対来てね~!!」

「また話をしよう!」

「俺も待っている。必ず来てくれ」

「…次は別の紅茶も用意させる」

 

 ライオスはそれらの呼びかけには答えなかった。

 しかし宙に浮いた後、一瞬だけこちらを振り返り、それから飛び去っていった。

 みるみる小さくなっていくその影を黙って見送っていると、誰かが私の隣に立った。…殿下だ。

 

「彼はまた来てくれるだろうか」

「分かりません。…でも、信じます」

 そう答えると、殿下は小さく微笑んだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。