世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
「えっ!?古代のクリスマスって、子供がプレゼントをもらう日だったんですか!?」
エスメラルドの隣でミーティオの話を聞いていたリナーリアが、驚きで目を丸くした。
『ああ。一年間良い子で過ごした子供には、サンタクロースが夜中にプレゼントを届けてくれる。そういう日だ』
「初耳だな」と言うと、向かいに座っているスピネルが「俺もだ」と同意する。彼も聞いた事がないらしい。
ミーティオの語ったクリスマスは、今のこの国のものとずいぶん違う。
「そんな…サンタクロースは悪い子を攫っていく赤い服の怪人じゃないんですか…?」
「……?いや、それも聞いた事がないが」
エスメラルドは思わず首を捻ってしまう。そもそもサンタクロースとは誰だろう。
「えーと、北部のあたりに伝わる民話ですね。確か、血まみれの赤い服を纏っていて、白い仮面をつけ、手には斧を持っていて、背中には生首が入った袋を背負っているそうです」
「殺人鬼じゃねーか!!子供泣くだろそれ!!」
スピネルは引きつった顔で叫んだ。確かに彼女の言葉からは、グロテスクな想像しかできない。
「ええ、だから子供を叱る時に語る話みたいですね。悪戯ばかりしていると、クリスマスの日に怖いサンタクロースがやって来て攫われるんだぞ、と」
『それは何か色々と…別の話が混じっているようだ』
ミーティオは困惑気味のようだ。
『赤い服を着ているのは合っているが…。サンタクロースとは、トナカイが引くそりに乗ってやってきて、煙突から家の中に入り、眠っている子供の枕元にプレゼントを置いて行く善良な老人だ』
「それはそれで不審者じゃねーか!不法侵入だろ!」
「どちらかと言うと、妖精などに近い存在なのではないか?」
人間というよりは、おとぎ話に出て来るような不思議な存在に思える。そう言うと、リナーリアもうなずいて同意した。
「確かに。子供にだけプレゼントを贈るというのは、妖精っぽいですね」
『しかし、そんな形でクリスマスが伝わっているとは…』
「一部の地域だけですけどね。この国全体で言えば、クリスマスは七面鳥とクグロフ…山型をしたケーキを食べて、一年無事で過ごした事を祝う日です。サンタクロースはいません」
『食べ物だけはそのまま伝わっているんだな。謎だ』
エスメラルドから見るとぼんやりとした人影なので分かりにくいが、ミーティオは眉間を抑えているらしい。
「古代王国でも七面鳥やケーキを食べたんですか?」
『ああ。それと、クリスマスツリーというものを飾る。モミの木にさまざまな装飾をぶら下げ、てっぺんに星を付けるんだ。そうしてご馳走を食べながら、家族や恋人など、大切な相手と一緒に過ごす』
「恋人…」
「恋人ですか?」
思わず反応したエスメラルドの隣で、リナーリアも顔を上げた。
『そうだ。クリスマスは恋人同士がデートをする日でもあった』
「まあ…そうなんですか」
現在のこの国では、クリスマスは家族で過ごす日だとされている。恋人というのは初めて聞いた。
リナーリアは何故かやけに感心している。
「君も興味があるのか?」
「はい。もちろんです」
まさか彼女が「恋人」という言葉に反応するとは。少し驚きながら尋ねると、リナーリアはきっぱりとうなずいた。
「これはつまり、クリスマスという風習がその時代や文化に合わせて変化したという事ですよ!私が思うに、この国の貴族は冬の間は自領で過ごすので、恋人や友人と一緒にクリスマスは迎えられません。そういう事情から『大切な相手と過ごす日』から『家族で過ごす日』へと変化していったのではないでしょうか!?」
「…うん。そうだろうな。そんな事だろうと思った」
純粋に学術的興味から反応したらしいリナーリアに、思わずひとりごちる。
分かっている。彼女にその手の話題を求める方が間違っているのだ。
そう思いつつ、つい遠い目になってしまう。
「殿下もそう思われますか?今度改めて調べ直し、セナルモント先生にレポートで報告するつもりですが、殿下にもお見せしますね!」
「ああ…」
リナーリアは嬉しそうだ。師匠の影響なのか、彼女もまたこの手の…古代の話題が好きなのだ。
無邪気に喜ぶ笑顔は可愛らしく、少しだけ心が和む。
「お前のそういう所はセナルモントに似てるよな…」
スピネルの方は呆れ顔をしている。リナーリアは何故か得意げに胸を張った。
「それはまあ、師弟ですし?」
「褒めてねえよ!色気がねえっつってんだよ!!」
「な、なんですと…」
リナーリアはショックを受けている様子だ。セナルモントは確か40歳近かったはずで、それと一緒にされるのはさすがに不本意らしい。
そのままぎゃあぎゃあと言い合い始める二人を横目に、エスメラルドは考え込む。
彼女のこういう屈託の無さはもどかしくもあるのだが、心地良くもある。
自分自身、彼女のそんな部分に甘え、踏み込まずにいた所もあるのだ。それを少し後悔してもいる。
しかし後悔とは、未来へ活かすための反省でもあるのだ。
…つまり、自分が今やるべき事は一つ。より彼女へと踏み込む事である。
そして、クリスマス当日の夜。
「わあ…!」
城の庭の中、きらきらと飾り付けられた大きなモミの木を見上げ、リナーリアが歓声を上げた。
「ミーティオから聞いたクリスマスツリーというものを再現してみたんだ」
「すごいですね!でもこの木、一体どこから?ここにモミの木なんてありませんでしたよね?」
「庭師に頼んで植えてもらった」
「まあ」
こんな大きな木を植え替えるのは大変だろうと思ったが、彼らは案外喜んでやってくれた。冬は庭師の仕事が少ないから暇なのだそうだ。
「ぴかぴか光っている飾りは、魔導具の明かりですか?」
「ああ。ツリーはこのように光る仕掛けのものも多かったらしい」
今回使ったのは、昼の間に陽光を集めて貯め込み、夜になると発光する明かりだ。
玄関先に取り付けたりパーティーの飾りに使うためのものだが、大急ぎでたくさん取り寄せて飾ってもらった。
「それと、俺や母上の余っている宝石類も少し使っているな」
魔導具の明かりだけでは少し寂しかったので、思いつきで適当に下げてみたのだが上手くいった。
色とりどりの宝石が明かりを反射してきらめき、ずいぶん華やかになっている。
「ほ、本当だ…よく見たらネックレスや腕輪が…えっ、このツリー、物凄い金額になってませんか…?」
「宝石は明日の朝には回収するから大丈夫だ。明かりはしばらくそのままにするつもりだが」
さすがにいつまでも宝石を野ざらしで置いてはおけない。これは今夜だけの特別仕様だ。
「なるほど…。しかし、実際に見ると想像していた以上に綺麗で良いですね。こういうものがあると、クリスマスがますます楽しく感じられる気がします」
「ああ。民の間に広め、王国の風習として復活させてもいいかも知れない」
「それは素敵です!ぜひやりましょう」
リナーリアはニコニコと笑った。
その頬に、ひらりと白いものが舞い落ちる。
「…雪?」
エスメラルドは夜空を見上げた。無数の白い雪片が、ひらひらと降ってきていてる。
王都に雪が降るのは珍しい。少し驚いていると、手のひらで雪を受け止めたリナーリアが呟いた。
「これ、魔術で作った雪ですね。この周辺にだけ降らせているみたいです」
さてはスピネルの仕業だな、とエスメラルドは思う。誰か魔術師に頼んでやらせているに違いない。
「ホワイトクリスマス…と言うんだそうだ。このように、雪が降るクリスマスの事を」
「そうなんですか。よく分かりませんが…すごく、綺麗ですね。幻想的で」
ツリーに灯された明かりが、夜空から舞い落ちる雪を明るく染め、浮かび上がらせている。
きらきらと光に溢れたその美しい光景を見上げる横顔を、エスメラルドはじっと見つめた。
明かりを反射し輝く青銀の髪は、この雪に似ている。
「君には雪がよく似合うな」
「え?そうですか?」
「ああ。とても綺麗だ」
両目を見つめながら言うと、彼女の白い頬が一瞬で赤く染まった。
少し…いや、かなり嬉しく思う。
以前はこのような反応を見せてくれる事はなかった。少しずつでも確実に前に進んでいる証拠だ。
「あ、あの、ありがとうございます。…その、こんな素敵な光景を、殿下と一緒に見られて…とても嬉しいです」
「喜んでもらえて、俺も嬉しい」
「でも、晩餐までご一緒させて頂いて良いんですか?せっかくのクリスマスの家族団欒に、私はお邪魔では…」
「大丈夫だ、父と母も君が来ると聞いて喜んでいる。スピネルも同席するし、気を遣わず楽しんでいってくれ」
「…はい」
赤い頬のまま微笑む彼女に、エスメラルドもまた微笑んだ。
「実は、晩餐はこのツリーを眺められる部屋に用意して貰っているんだ」
「それは良いですね!陛下と王妃様もお喜びでしょう」
「もちろん七面鳥とケーキもある。料理長が腕によりをかけて作ったそうだ」
「ふふ、楽しみです」
「では、そろそろ行こうか」
エスメラルドが差し出した手を、リナーリアがゆっくりと取る。
城へ向かって歩きながら、静かに雪が舞い落ちる空をもう一度見上げた。
…これから先も、毎年こうしてクリスマスを一緒に過ごしたい。
そんな事を祈りながら、そっと彼女の手を握りしめた。