世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第171話 ランメルスベルグ家の少女(前)

 順調に馬車は進み、無事にランメルスベルグ侯爵領に着いた。

 ここは昨年の武芸大会のタッグ部門で、殿下たちの組と対戦した兄弟の家である。兄のウルツは剣術部門の決勝でも殿下と戦い、優勝を争った。

 弟のサフロはまだ学院在学中だが、ウルツは昨年卒業し、今は跡継ぎとして父親の補佐についているはずだ。

 

 

 侯爵の屋敷に行くと、このウルツ・ランメルスベルグが先頭に立って出迎えてくれた。

「お久し振りです、王子殿下。無事のご到着をお喜びいたします」

「ああ、出迎え感謝する。そなたも元気そうで何よりだ」

 あの大会から1年近く経つが、ウルツはどことなく落ち着き、跡継ぎとしての貫禄が出てきたように思える。

 

「皆様方も、ランメルスベルグ家へようこそ。歓迎いたします」

「ありがとうございます」

 ウルツは私たちにもにこやかに挨拶をする。

 貴族らしい洒脱さと武人らしい爽やかさを併せ持つ、その男前ぶりは相変わらずだ。さすが学園中の女子から人気を集めていただけある。

 

 

 さらにランメルスベルグ侯爵や夫人、末妹のイネスからの歓迎を受け、私たちは屋敷の中に入った。

 通された広間で、まずは皆でお茶をいただく。

「思っていたよりも早いご到着でしたね」

「ああ。雨が降りそうだったから急いだんだが、結局降らないままだったな」

 ウルツに話しかけられ、紅茶を片手に殿下が答える。

 

「なるほど。この調子だと、降るのは日が暮れてからになりそうです。…どうです、夕食までに一本勝負願えませんか」

「良いな。受けて立とう」

 剣術試合の申し出だ。殿下は即答で快諾した。

 長時間馬車に揺られていたから、身体を動かしたかったのだろう。しかもウルツならば相手にとって不足はない。

 

「スピネル殿とスフェン殿も、よろしければぜひ。我が家には腕自慢の騎士が幾人もおりますので、お相手願えれば光栄です」

「承知した」

「喜んで!」

 スピネルと先輩もそれぞれ承諾する。

 

 

「リナーリアさんはいかがですか。試合などは」

 ウルツは何故か私の事まで誘った。私が一応ちょっとは剣を使えると、武芸大会で見て知っているからだろうか。

「ええ、ぜひ、見学させて頂きたいです」

 まあ社交辞令だろうと思い、私はにっこりと笑って遠回しに試合を辞退した。

 さすがにもう剣を握る気はないぞ。今世の私は魔術師一本なのだ。

 

 しかし、私の斜め向かいから「そんなあ!」と悲鳴のような声が上がった。ウルツの妹のイネスだ。

「試合なさらないんですの!?私、リナーリア様と戦ってみたいですわ!」

「…はい?」

 私はびっくりして素っ頓狂な声を出してしまった。ウルツが苦笑を浮かべる。

「こら、イネス。リナーリアさんを困らせるんじゃない」

 

 

「だって、ウルツお兄様…」

 頬を膨らませるイネスは、確か今年で13歳のはずだ。

 すらりと背が高いものの、面立ちは年相応に幼い。少し癖のあるダークブラウンの髪が特徴的な、活発そうな少女である。

 

「あの、何故私と試合を…?」

 困惑しつつ尋ねると、イネスは私の方に向かってずいっと身を乗り出した。

「私、リナーリア様のファンなのですわ!!」

「ええ!?」

 驚く私に、イネスの隣のウルツが補足する。

「妹はあの武芸大会を見に来ていてね。それですっかり君のファンになったらしい」

 

 なるほど、ウルツはこの子のために私の事も誘ったのか。しかし、憧れるなら先輩の方じゃないのか?

 ランメルスベルグ家は剣術の名門で、侯爵夫人は元女騎士である事で有名だ。その関係で女騎士の育成にも力を入れているはずだが…。

「もしかして、イネス様は魔術師になりたいのですか?」

「はい!リナーリア様のように剣も使える魔術師になりたいですわ!」

 

 頬を紅潮させて訴えるイネスは可愛らしいが、私としては少し困ってしまう。

「でも、私もそこまで剣を使える訳では…。多少型を覚えているだけで、ろくに鍛えていませんし」

「それでいいんですの!雑魚は魔術で蹴散らして、親玉だけ華麗に剣で仕留めるんですわ!!あの時スピネル様を倒したリナーリア様のように!!」

 

 えええええ…。

 確かにそれができたらカッコいいだろうが、そんな事が可能なのはごく限られた状況だけだ。

 魔術師は基本後ろから攻撃したり支援するものだ。剣を使うのは騎士や兵士の役目である。自ら剣でとどめを刺そうと思えばその時だけでも前に出る必要があり、かなり危険だ。

 あの武芸大会決勝の時だって、私は幻影魔術を使った作戦の一部として剣を振るっただけだ。致命打を与えるためのブラフに近い。

 

 どうしようかと思わずウルツの方を見るが、かなり困った顔をしている。

 優れた剣士である彼に、イネスの言うような戦い方がどれだけ無茶か分からないはずはない。かと言って頭ごなしに否定するのも可哀想で、上手く諭せずにいる…という所だろうか。

 ちらりとスピネルの方を見ると、完全に表情を消し無の顔をしていた。

 未だにあの決勝戦の事をいじられ続けるこいつには同情してしまう。自業自得なんだが。

 

 

 

 結局私は折れてイネスと試合をする事を了承し、皆で屋敷の隣にある修練場へと向かった。

 普段ウルツたちが身体を鍛えるために使っている場所だというが、話を聞いてランメルスベルグ家の騎士や兵たちが集まってきたらしい。何やらすごい人だかりができている。

 皆が注目しているのは修練場の中に作られた簡易的な闘技場だ。

 私が着替えて準備をしている間に、既に試合が始まっていたらしい。そこの上で、殿下とウルツが斬り結んでいるのが見える。

 

「一本!そこまで!」

 殿下の剣がウルツの胸元に突きつけられ、審判の騎士が片手を上げる。

 さすが殿下、ますます腕を上げておられるようだ。

 わずかに頬を上気させた凛々しい横顔につい見とれそうになり、慌てて頭を振る。

 ボケっとしてる場合じゃない。この後は私も試合をするのだ。

 

「…やはりお強い。さすがですね」

 額に汗を浮かべたウルツが殿下へ手を差し出す。

「そなたも、1年前よりさらに強くなったようだ。特に左肩を狙った一撃は鋭く、こちらも危うかった」

「ありがとうございます」

 二人はがっちりと握手を交わし、周囲で見ていた騎士たちからわっと歓声が上がった。

 

 

 さらにスピネルがランメルスベルグ家の騎士と戦い、危なげなく勝利。

 相手はどうやら家中でも一番の猛者だったらしく、こちらもどよめき混じりの歓声が上がった。

 こいつもしっかり腕を上げているのだ。あの秘宝事件以来、暇を見ては修業に打ち込んでいるらしい。やはり思う所があったのだろう。

 殿下は「まだしばらく追いつけそうにないな」と呟いていた。

 

 先輩が対戦したのは女騎士の部隊を率いる隊長である。

 途中まで先輩が優勢だったが、一瞬の隙を突いて逆転されてしまった。聞けば、昔は白百合騎士団にも勧誘されたほどの実力者だという。

 試合後、「貴女はもっと強くなりますよ」と言われた先輩は、感激の面持ちで握手に応えていた。

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