世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第172話 ランメルスベルグ家の少女(後)

 さて、ここでいよいよ私の番である。

 動きやすく丈夫そうな上下の服を借りたが、私には少し大きかったのでしっかり袖をまくった。

 イネスの服だそうだが、彼女は13歳にして既に私より背が高いのだ。手足が長くて大きく、これからもまだ伸びそうに見える。正直羨ましい。

 

 試合は剣あり魔術ありの自由形式だが、イネスにものすごい期待に満ちた目で見られてしまったので、杖は持たずに腰に剣を下げた。

 これ、使わなきゃだめなんだろうなあ…。

 うう…やだなあ。本職の騎士が集まっている中で剣を振るなんて恥ずかしすぎる。はっきり言って拷問に近い。

 

「頑張ってね、リナーリア君!」

 闘技場の上へ進むと、後ろから声援が聞こえた。

 笑顔で励ましてくれている先輩と、真面目な顔で見ている殿下に軽く手を振る。

 スピネルは明らかに面白がっている顔だ。こいつ…。後で足を踏んでやる。

 

 

 

 開始位置についた所で、審判の手が挙がる。

「始め!」

「行きますわ!」

 イネスが片手に持った剣を掲げて集中した。魔術を使う気らしい。

 私はいつでも防御魔術を使えるよう準備をしながら腰を落とした。まずは様子見だ。

 

『炎よ!』

 まず飛んできたのは普通の火球だ。連続で2発、3発と飛んでくる。

『光の壁よ!』

 私は少し迷ったが、防御結界を張って全て防いだ。

「さすがですわ…!『風の刃よ』!」

『風の刃よ!』

 こちらも少し迷い、同じ風の刃を出して相殺する。

 

 

「すごい!完璧に防いでますわ…!」

 イネスが感心した声を上げるが、私は正直困っていた。

 …どうしよう。この子弱い。

 魔術の威力はまあまあなのだが、繰り出す速度が遅い。見てから余裕で対処できる。

 撃つ時に何やら無駄な動きをしているのはフェイントのつもりなのだろうか?しかし、魔術の発動自体が遅いのであんまり意味がない。

 

 今度はこちらから仕掛ける番だ…と思うが、隙だらけすぎて逆にどこから攻撃して良いのか分からない。困ったなあ。

『炎の壁よ!』

 とりあえず、イネスの視界を塞ぐように炎の壁を広げた。

 更に壁越しに火球を放って牽制したあと、身体強化と耐火魔術を使い、剣を抜きながら彼女へと距離を詰める。

 

「…!」

 しかし、炎の向こうから繰り出した私の剣はあっさりと躱された。

 イネスが反撃の態勢に入るのが見え、慌てて再び炎の壁を広げる。

 イネスはバックステップで素早くそれを避けた。勘が良い。

 

 

 少し彼女を甘く見すぎていたようだ。

 気を引き締め直し、今度はもっと手前、自分に近い位置へと炎の壁を展開する。

「リナーリア様!その手はもう見切りましたわ!」

 イネスが前へと踏み出す。炎の壁はそれほど厚くないと見て取り、炎の中を突っ切ってこちらへ近付くつもりのようだ。耐火魔術もなしにである。すごい度胸だ。

 

 しかし私も、ただ同じ手を繰り出すつもりはない。両手の中に大きな火球を作り出す。

『炎よ、弾けろ!』

 火球はいくつもの小さな炎へと分裂すると、私の命令と共に炎の壁の向こうへと次々に撃ち出された。

 炎に紛れた炎の散弾だ。数が多いので対処はかなり難しいはずだが、イネスはほとんどを避け、2つほど剣で弾いて防ぎきった。

 これは私も予想外で、内心で舌を巻く。

 

 

 …だが、今までの火魔術は全て、私にとっては布石だ。

 散弾を飛ばすのと同時に、より強い身体強化を足に付与して前へと踏み込んでいる。

 低い姿勢から繰り出す、左下から斜め上へ向けての一閃。

 炎の散弾に対処するために体勢を崩していたはずのイネスは、この攻撃すらも辛うじて剣で受け流した。

 本当に大したものだ。しかし、甘い。

 

「きゃあっ…!」

 バシャ!と音を立てて彼女の顔面で弾けたのは、私が剣を繰り出すと同時に放った水球だ。

 炎の魔術を扱いながら密かに召喚し、背中に張り付かせて隠していたものである。

 まともに顔に食らい目潰しをされたイネスに大きな隙ができる。

 剣を強く握りしめ、その胴を返す刀で薙ぎ払った。

 

「…一本!そこまで…!」

 審判が宣告し、私の方へと手を上げた。

 

 

 

 試合後、イネスと握手をしながら私は言った。

「とても素晴らしい試合でした。イネス様」

「いえ…!私こそ、とても良い勉強になりました…」

 濡れた顔を袖で拭ったイネスは、笑顔を浮かべてはいるがやはり悔しそうだ。きっと負けず嫌いな性格なのだろう。

 どこか安心したようにこちらを見ているウルツやランメルスベルグ侯爵夫妻の姿を視界の端に捉えながら、私は思い切って口を開く。

 

「イネス様。二兎を追うものは、一兎も得ずと申します。現時点のイネス様は、魔術師としてとても未熟だと言わざるを得ません。…それに対し、剣術に関しては非常に光るものがあると思います。私は騎士ではありませんが、支援魔術師として多くの騎士の剣技を見てきましたから」

 

 私の目から見ても、彼女は明らかに剣の方に才能があると思う。

 勘の良さ、反射神経、体幹の強さ、リーチに優れた長い手足。荒削りながら、優れた剣士の才能の片鱗が見えている。

 ウルツたちが複雑な顔で私との試合を見ていたのも、ただ彼女を心配してではなく、その才能の行く末を案じての事だったのだろう。

 魔術師になりたいという彼女の夢は、彼女の才能とはあまり噛み合っていない。

 

 

 …だがきっとそんな言葉は、今まで何度も聞かされてきたのだろう。イネスはうつむき、下唇を噛みしめている。

 私は、彼女の思いを大切にしたい。何しろ彼女は、魔術師の私に憧れてくれているのだ。

 だから私は彼女を見つめ、「ですが」と言葉を続ける。

 

「貴女の火球の魔術は見事な威力でした。まだ未熟であっても、磨いていけば必ず武器になるものです。貴女の魔術には、ちゃんと可能性がある。強さとはただ才能のみによって決まるものではありません。諦めず、倦まずに努力を続ければ、必ず実を結びます」

「…!では、魔術師を諦めなくても良いんですの!?」

 ぱっと顔を上げたイネスに、私は小さく首を振る。

「騎士だとか魔術師だとか、そんな名前にこだわる必要がありますか?貴女は剣の才能があり、魔術にも興味がある。ならその両方を活かし、貴女なりの強さを目指せば良いと、私は思いますよ」

 

「私なりの…強さ…」

 イネスは驚いた顔で呟いている。

 先輩の方を振り返ると、先輩はにっこりと笑ってうなずいてくれた。それでいいと背中を押してくれているのだろう。

 既存の形式にこだわらなくていい。もっと自由に生きても良いと、そう教えてくれたのは先輩だ。

 

 

 しかし、これだけではただ好きにしろと言ったのに等しい。ランメルスベルグ家の体面もあるし、ちゃんとフォローはしておこう。

「高みを目指すためには、自分の環境を最大限に利用しなければなりません。幸い、ランメルスベルグ家は剣の腕を磨くのに適した環境が揃っています。まず剣で強くなってから、魔術の腕も上げる…というのは、いかがでしょうか?」

 

「……!」

 今度こそ、イネスははっきりと私の言葉を理解できたようだ。ぱっと頬を紅潮させると、がっちりと私の手を握った。

「ありがとうございます、リナーリアお姉さま…!私、自分が進む道が見えた気がしますわ。必ずお姉さまみたいな美しくて強い女性になってみせます…!!」

 

「お、お姉さま…?」

 思わず戸惑ってしまう。しかし悪い気分ではない。いや、むしろ嬉しい。

 お姉さま…お姉さまかあ。ついエレクトラム様の事を思い出してしまう。

 エレクトラム様は先輩のファンクラブの一員だが、私にお姉さまと呼ばれてずいぶんと喜んでいたっけ。今になってその気持ちがちょっと分かってしまった。

 

「分かりました。強くなった貴女と再び戦える日を、待っています」

 優しく微笑みかけると、イネスは感極まった様子で「お姉さま!」と私に抱きついてきた。少しこそばゆいが、妹ができたみたいで嬉しい。

「リナーリアさん、お見事な試合でした。イネスも多くを学べたようです。本当にありがとうございました」

 ウルツやランメルスベルグ侯爵夫妻が嬉しそうに謝辞を述べ、私もそれに笑顔で返す。

「いいえ。私も楽しませていただきました」

 

 

 これで何とか丸く収められたな。剣もちゃんと効果的に使えたので、恥をかかなくて済んだ。

 内心で胸を撫で下ろしていると、殿下やスピネル、先輩が近付いてきて労いの言葉をかけてくれた。

「良い勝負だったな」

「上手くやったじゃねえか」

「やったねリナーリア君!これで君もお姉さまデビューだ!」

「えっ…あっ、そうですね…?」

 

 ミメットに対しても妹に近い気持ちでいるが、彼女はあくまで友人だしな。お姉さまと呼ばれるのは初めてだ。

 近頃は年下の相手と接する機会が増えてきたし、私も年長者らしく大人っぽくなってきたのかもしれない。

 …前世からの年齢を考えると当然な気もするが、そこは考えないでおこう…うん。

 また一つ新たな縁を得られたと、今は素直に喜ぶことにした。

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