世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
地下の宝物庫もまた、厳重な鍵がかけられていた。
こちらは保存のための魔法陣と、侵入者検知の魔法陣が併せて敷かれているようだ。鍵と連動しているタイプだろう。
侯爵が入り口近くの魔石に触れると、煌々と明かりが灯された。
きらびやかな美術品の数々が暗闇の中から現れ、目を奪う。
「これが初代スコロドの作です。運良く、ほぼ完全な状態で掘り出されたものを入手いたしまして」
「…やはり見事だな。繊細でありながら力強い」
「ええ。とても神々しいです」
精緻な彫刻が施された等身大の石像に、殿下と共に見入る。
「微笑みを浮かべた表情はこの時代ならではの表現なんですよね。これより後になると、いかめしい表情をしているものが主流で」
「おお、よくご存知だ。この後は国中で魔獣が増加傾向になっていったのが、神像の表情にも反映されているのではないかと言われております」
「なるほど…。私はこのように柔らかい表情の方が好きですね」
「それでしたら、この翡翠で作られた神像も良いですよ。小さいのですが、慈悲に溢れた表情が実に秀逸で…」
「ほう。これは美しいな」
侯爵の気を引くため、殿下と二人であれこれと話しかける。
そうしている間にミーティオが天秤を見付け、スピネルがそれを先生に教えるという手筈だ。先輩は周囲の物に見入るふりをして、侯爵やフロライアがこちらの動きに気付かないよう見張る役である。
まだかなあと思いつつ知識を総動員させて会話をしていると、後ろから「ややっ!」という声が聞こえた。
「モリブデン侯爵!もしやこれは古代神話王国時代の品ではありませんか!?」
様々な置物が収められたガラス棚の一つを指差し、先生が大声で言う。
どうにも芝居がかった台詞だが、普段から挙動がおかしいものだから、少しくらいわざとらしくても不自然に感じないのは先生の強みだよなあ。見習いたいとは一切思わないが。
しかし、その指の先にある物を見て思わず息を呑む。
ガラス越しでもどこか厳かな雰囲気を感じる、美しい紋様が刻まれた黄金色の天秤。
…何だろう。特にどこがどうという訳でもないのに、何故か目が離せない。
「…それは、我が領内で地中深くから見つかったものです。美しくて気に入ったので買い取り、所蔵いたしました。古いものなのは確かですが、古代王国の品かどうかは…」
侯爵が若干戸惑ったように言葉を濁らせる。
「ええ、ええ、一見では分かりませんとも!しかしほら、ここに竜の意匠が描かれているでしょう。実は最近翻訳に成功した古文書に、このような天秤の事が書かれていましてね。何でも、とても不思議な力を持つ未知の魔導具らしいんですよ!これはきっと、その天秤に間違いありません!!」
先生は口からでまかせを言っているようだ。そんな古文書の話など聞いた事がない。
大丈夫なのかとついハラハラしてしまう。王宮魔術師の研究は国から予算が出ているため、一般に公開されるまで表には出ない。部外者には知りようがないので、嘘がバレる事はまずないと思うが…。
「ぜひ研究してみたい!侯爵、どうかこれをお譲りいただけませんか!?」
「なっ…」
「待て、セナルモント。いきなり譲ってくれというのは、さすがに無礼だろう」
侯爵が目を剥き、スピネルが先生を諌めた。ここまでほぼ打ち合わせ通りの流れだ。
「失礼、つい興奮してしまいました。しかしこれは本当に凄い発見である可能性が高いのです!どうかお譲りを…いえ、譲ってくれとは申しません。しばらく王宮魔術師団へ貸し出してはいただけないでしょうか!?必ずお返ししますので…!」
「し…しかし…」
侯爵は困惑した顔だ。もうひと押しだと言わんばかりにスピネルが目配せをしてくる。私の出番らしい。
うう、くそ、やれば良いんだろやれば。
「…殿下、お願いします。先生の研究のために、殿下からもお口添えいただけませんか…?」
「む…!?」
そっと袖を引き、上目遣いで見上げると、殿下は目を白黒させた。
わ、わざとらしすぎたかな?こうすれば説得力が増すと演技指導されたのだが、やらない方が良かったかな…。
どうやって誤魔化そうかと慌てていると、殿下はくるりと侯爵の方を向いた。
「すまん、貸してくれ」
焦ったように、ちょっぴり早口で簡潔に言い切る。
もうちょっと色々、「大事な物だろうし気が引けるが…」とか「国への貢献と思って…」とかそれっぽい事を言う予定だったはずだが、全部すっ飛ばしてしまった。
どうやら台詞を忘れてしまったらしい。
「……」
何だか微妙な沈黙の後、侯爵は諦めたように小さく息をついた。
「分かりました。一時的な貸与という事でしたら…」
「ありがとうございます…!」
先生ともども笑顔になり、侯爵へと礼を述べる。
良かった、何とか上手く行ったようだ。内心で大きく胸を撫で下ろす。
少々強引な流れになってしまったが、怪しまれる程ではないだろう。多分。
「殿下も、ありがとうございます」
「あ、ああ…」
安堵の気持ちを込めて笑いかけると、殿下は落ち着かない様子でうんうんとうなずいてくれた。
きっと殿下も緊張していたんだろうな。
宝物庫を出てからは、少しの間侯爵やフロライアと歓談をした。
ここでも果実酒を勧められたが、わずかに嗜む程度にしておいた。あまり酒は得意ではない。
眠る前には先輩が様子を見に来てくれた。宣言通り、私の護衛的な立場を買って出てくれているらしい。
「王子殿下にお願いをするあれはなかなか良い演技だったけれど、まさか君が自分で考えたのかい?」
「いいえ。先生やスピネルにああいう感じでやれば間違いないからと言われたんですが、失敗でしたね。殿下はずいぶん驚いていたみたいですし」
「そうだねえ…驚いていたというか何と言うか…彼らも人が悪いなあ。まあ気持ちは分からなくもないんだけどねえ…」
「?」
珍しく歯切れの悪い言い方だ。先輩らしくなくて首を傾げる。
「やっぱり何かまずかったですか…?」
「いやまずいとも言い切れないというか…うう~ん…」
先輩は眉間にシワを寄せて考え込む。
「???」
私もまた考え込んだ。さっぱり分からん。
「君が何か、どうしても困った時に、またああやってお願いすると良いと思うよ」
「ええ?またやって良いんですか?」
「うん。きっと張り切って助けてくれるよ」
「そうなんですか…?そんな事しなくても、殿下はいつだって助けてくださると思いますが」
「そうだろうけどね、きっと喜ぶよ。王子殿下は素直な方だから」
「わ、分かりました…」
よく分からないが覚えておこう。あまり殿下に頼るような事はしたくないのだが。
「…でも私、困った時はきっと、一番に先輩に相談すると思います」
ポツリとそう言うと、先輩は少し目を丸くした。
前世の私は、とにかく殿下が大事だった。だけど今世で様々な人と関わり、殿下以外にも大事な物はたくさんあったのだと気付いた。
中でも特に深く関わった、その一人が先輩だ。いつでも前向きで、優しくて、ちょっとお調子者な所もあるが、皆を楽しくさせてくれる。
私が悩んだ時、いつだって道を示してくれる。
「…そうかい、そうかい。ふふ、それは嬉しいなあ!」
先輩は、本当に嬉しそうに破顔した。
そして私の身体を強く抱きしめる。
「何度でも言うよ。君は僕の大切な友人で、恩人だ。それはこれからも変わらない。ずっと、ずっとだ」
「…ええ。ずっとです」
先輩といると、性別だとか年齢だとか、そんなものは些細なことだといつも実感する。思うように、感じたように生きていいのだと。
先輩が私を応援してくれるように、私も先輩を応援したい。素直にそう思えるのだ。
そんな気持ちを込めて、私もまた先輩を抱きしめ返した。
やがて私から身体を離すと、先輩は朗らかな表情で言った。
「やっぱり、君の騎士を務めるのは僕であるべきだね!王子殿下には悪いけれど、そこは譲れないとわかったよ」
「はい?」
そんな話してたっけ?と思うが、先輩はにんまりと笑っている。
「大丈夫大丈夫。君はそのままでいいんだよ!」
「はあ…?そうですね…?」
やけに嬉しそうな、こういう時の先輩は受け流すに限るのだ。私は適当にうなずいた。
「では、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ!」
上機嫌で手を振る先輩を見送り、明かりを消してベッドに入る。
このまま無事に、王都に帰れればいい。そう思いながら、眠りについた。