世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第181話 義務と対価(前)

 翌日、私は王都の外れにある屋敷へとやって来ていた。

 今日は2週間ぶりにライオスとお茶会をする予定になっているのだ。

 参加者は私とスフェン先輩、それから私の両親とコーネル。

 スピネルとセナルモント先生は、オットレと死神の卵の件で来られない。殿下もきっと来られないだろう。

 

 卵の事が気がかりで、正直に言うとあまりお茶会という気分ではない。

 しかしライオスには尋ねたい事があるのだ。竜人である彼になら、魔獣の気配が分かるかも知れない。今は魂の存在となっているミーティオよりも、もっと詳細に。

 待ちきれず庭に出た私の隣に、先輩が無言で立った。灰色の雲が立ち込める空を二人で見上げる。

 

 やがて遠くの空に小さな影が見えた。

 みるみるうちにこちらに近付き、羽音と共に庭へと降り立った姿に少し安心する。ちゃんと今日も来てくれた。

「ライオス。お待ちしていました」

 黒い翼を畳んだライオスは、いつも通りの表情で私を見て言った。

『ここから逃げなくていいのか?』

 

 

「そ、それはどういう意味ですか!?」

 思わず勢い込んで尋ねた私に、ライオスが少し怪訝そうにして後ろを指差す。

『向こうの方に魔獣の気配が膨らんでいるだろう。気付いていないのか』

 やはりライオスには、魔獣の気配が分かるのだ。

「私たちは、魔術が届く範囲でしか気配を感じられないんです」

『そうなのか』

 

 私は更に尋ねる。

「どのように魔獣の気配を感じたのか教えてもらえませんか?膨らんでいるとは?」

『数日前、あの近辺で突然人の生気が爆発的に増えた。どうも妙な様子だったが、それに引き寄せられどんどん魔獣が集まり、今は魔獣から放たれる瘴気が周辺を覆い始めている。気配が膨らんでいると言ったのはそういう意味だ。…あれは、特に大きな魔獣が出現する前兆だ』

 ただの大群ではなく、大型も出てくるという事か。かなりまずい事態だ。

 

「特に大きいというのは、どれくらいの…」

 そう言いかけた時、後ろからのんびりとした高い声が聞こえた。

「ごめんなさいリナーリア、時間には少し早いのだけど、来ちゃっ…」

 …お母様だ。

 まずいと振り返った時には、お母様はライオスを見つめ、目と口を大きく開けて固まっていた。

 

 

「はっ、わ、ひゃぁ、ひぇ…」

「り、り、りゅう、竜人」

 意味不明な声を上げながらアワアワとするお母様の横で、お父様が腰を抜かしてへたり込んだ。その後ろでコーネルが、手に持っていたバスケットをどさりと落とす。

 

「えっ、えっ、あっ」

 私もひどく慌てた。どう誤魔化せば。そう思った瞬間、肩に何かが触れてぎょっとする。

 ライオスだ。なんと私の背中に隠れようとしている。

 いや無理だろ。そのでかい図体じゃ無理だろ。

 身体だけでも無理があるのに、更に翼がはみ出ている。無理すぎだろ。

 

「な、何してるんですか」

 思わずそう言うと、ライオスは焦ったように手を離して後ずさった。

『いや、これは、その…』

 つい咄嗟に隠れようとしてしまったが、自分でも何故そんな行動を取ったのか分からない、という感じだ。

 

 一体何だこの状況は。

 とにかく何か言い訳をしようと必死で頭を回転させるが、何も思い浮かばない。ひたすらにオロオロする。

 ど、どうしたらいいんだ?

 

 

 すると私の前に、ばっ!と先輩が飛び出た。両腕を広げ、堂々と叫ぶ。

「…大丈夫です、ジャローシス侯爵、ジャローシス夫人!!ライオス君は危険な存在じゃない!!」

「先輩!!」

 

 さすが先輩だ。どんな時でも落ち着いている。

 先輩ならこのまま上手く誤魔化してくれるのではないか。

 そう期待して見上げると、先輩は「あー…彼は…」とちょっと視線を彷徨わせた。

 

「…そう!!ただの善良な…いちごの飴が好きな竜人です!!」

 

 …先輩もまあまあ混乱していた。

 しん、と庭が静まり返る。

 

 

 

「…ら、ライオスさん、なのね?そちらの方…」

 お母様が呆然と呟き、ライオスを見る。

「…いちご味、お好きなの?」

『あ、ああ。あれは、美味い』

 こくこくとうなずくライオス。

 

「まあ…!そうなのね!」

 何が嬉しいのか、お母様は満面の笑顔になった。

「美味しいですものね、いちご味!ねえ、あなた」

「う、うむ、そう、だな。うむ」

 同意を求められ、お父様はへたり込んだままうなずいた。

 

「ごめんなさいね、私ったら、ライオスさんが竜人だなんて知らなかったものだから、驚いちゃって」

 お母様は恥ずかしそうに頭を下げている。

 …よく分からないが、混乱は止められた…らしい。

「そ、そうだな。少し…ちょっと驚いてしまったが…」

 お父様もなんとか気を取り直したらしく、立ち上がって咳払いをした。

 コーネルは無表情で落としたバスケットを拾い上げ…無表情っていうより、もう考えるのをやめた顔だな、これ。

 

 

「私もいちご味は好きなんですのよ。ねえ、リナーリア」

「あっ、はい、そうですね。わ、私も好きです。いちご味」

「いちご味が好きな人に悪い人はいないわ。うふふ」

 どういう理屈だと思いつつ、やはりお母様は凄いと深く感心する。

 以前から天然だと思っていたが、もはや天然を超えた大物だと思う。

 

 そして先輩は、腰に手を当て何やら高笑いをしていた。

「うん、うん!分かり合えたみたいだね!はっはっは!!」

 …先輩も、本当に凄いなあ…。

 きっと私もコーネルと同じ表情をしているだろうなと思いつつ、とりあえずこの場が収まった事に感謝した。

 

 

 

 

 いつまでも立ち話をしているのも何なので、いつも通りにお茶会を始める事にした。

「…ええと…じゃあライオスさんは、ずっと昔に生まれた竜人さんなのね?」

「はい。そうみたいなんです」

 頬に手を当てながら言ったお母様に、私はうなずいて答えた。

 

 お父様はまだ少しびくびくしているが、お母様の方はやけに感心した顔だ。

 お茶を運んでくれているコーネルは相変わらず無表情だった。もう反応した方が負けくらいに思っていそうだ。

 お母様からの視線を受けたライオスは、平静を装っているがどこか居心地悪げにしている。

 

「実はライオスと同じ竜の血が、少しだけ私やお母様にも流れているらしくて…。それでライオスは、私を助けてくれたんです」

「あら、まあ。じゃあ、親戚みたいなものなのね?どうりで親しみを感じると思ったわ…」

 お母様は得心がいった様子だ。やはり私と同じように、ライオスには懐かしさのようなものを感じていたらしい。さすがにいちご味だけが理由ではなかったようだ。そりゃそうだよな。

「し、親戚?そうなのか…」

 お父様も、それを聞いて少し安心したようだ。ほっとした表情になってライオスを見る。

 

「さっきはちょっとびっくりしちゃって、みっともない所をお見せしてごめんなさいね。ライオスさんはリナーリアの命の恩人だというのに」

『…別に気にしていない。人は皆、我を見れば驚く』

 ライオスはもう、隠すことなく古代語で会話をしている。

 古代語なのに何故か意味が分かるという謎の感覚に、最初は驚いていたお母様たちだが、あっという間に慣れてしまったようだ。

 

「そうでしょうねえ…。初めての人はきっとびっくりするでしょうねえ…。でも、失礼だったのには変わりないわ。本当にごめんなさい」

「私からも謝罪する。…それと、娘を助けてくれた事に改めて感謝します」

 お母様とお父様、それからコーネルにも頭を下げられ、ライオスは戸惑った様子で黙り込んだ。

 

 

 

「それで、さっきの話の続きを聞きたいんですが…」

 紅茶を一口飲んでから、私は口を開いた。

 ここで話せばお母様たちにも魔獣の事を知られてしまうが、本当にライオスが言った通りの状況ならば、いずれは二人の耳にも入る事だろう。

「もうすぐこの近くに、大型を含む魔獣の大群が発生する…そういう事ですよね?」

『ああ』

 うなずいたライオスに、お母様たちが「え!?」とぎょっとする。

 

「どんな魔獣が、どのくらいの数出て来るか分かりますか」

『恐らく、とても大きいのが1体。細かいのがどれくらい出るかは分からない』

「とても大きい…例えば、どれくらいの大きさですか?」

 ライオスは少し考え込む。

『そなたと再会した時、小城にいただろう。あれくらいの大きさだろうな』

 

「……」

 思わず言葉を失う。昨年の水霊祭で戦った巨亀どころの騒ぎではない。とんでもない大きさだ。

「…大災害級の魔獣だね。それは」

 先輩が呟く。

 

 大災害。この島の全土を蹂躙し、人口が激減するほどに魔獣が溢れ出す現象だ。

 過去に何度か起こったと言われている大災害の時には、そのような超大型の魔獣が何体も現れたらしい。

『人の身であれを倒すのには時間がかかるだろう。それにあれは、更に多くの魔獣を呼び寄せては周辺に散らす。この都でも、多くの死人が出るだろう』

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