世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第185話 キマイラ・3

「3羽まとめてそちらに行きます!」

「ああ!」

 いくつもの水球を操り、鴉魔獣の動きを封じて追い立てる。

 囲んで1箇所に集めた所で、炎の矢が次々にその翼を撃ち抜いた。王宮魔術師のテノーレンの魔術だ。

 耳障りな叫び声を上げて地に墜ちた鴉たちを、すかさず駆け寄った殿下とスピネルが切り捨てる。

 

「ありがとうございます、リナーリアさん。あなたの魔術のおかげで、とても戦いやすい。かなり力を温存できています」

 テノーレンに感謝され、私は笑顔を返した。

「これが私の本領ですから!テノーレン様こそ、狙いが正確でお見事です」

 私が牽制して鴉の動きを止め、それをテノーレンが撃ち落とし、殿下やスピネルがとどめを刺す。

 この連携はかなり上手く行っていた。近くにいる兵も似たような組み合わせで戦っている者が多い。皆安定した戦いぶりだ。

 

 

 

 前線では半円を描くように陣形を広げた多数の兵とライオスが、キマイラや眷属と激しい戦いを繰り広げている。

 そのすぐ後ろには魔術師部隊。牽制や防御、治癒などの魔術を飛ばして兵を支え助けている。

 私たちがいる司令本部は、そこから更に離れた後方だ。

 ここにも多数の魔獣が襲来しているが、今の所は鴉が中心で黒山羊はほとんど来ていない。前線の者たちが必死に戦い、眷属の数を減らしてくれているおかげだ。

 

「キマイラの火炎攻撃により、右翼で重傷者が複数発生!すぐにここに運び込まれます!!」

 右半身が黒く焦げた兵を肩に担いだ若い兵が叫んだ。近距離転移の魔法陣を使い、前線から下がってきたのだろう。彼もまた、あちこちに傷を負っている。

 軽傷ならば前線で手当てするが、重傷の者は医術師が多数控えているこちらに送られてくる。

 まだキマイラとの戦いは始まったばかりだというのに、その数は多い。負傷者用の大きな天幕には、次々に人が運び込まれている。

 

 

「南側第4軍、引き続き魔獣群と交戦中!!」

「西側では大型1体の発生を確認!第5軍が討伐に向かっています!!」

 各所の状況もまた、伝令によって次々に知らされている。

 キマイラが現れた事で、周辺地域でも魔獣の発生が更に活性化しているらしい。そこら中で激しい戦いが起こっているようだ。

 

 …王都は無事だろうか。あそこにはお父様やお母様、先輩、カーネリア様や級友たち、そして数え切れないほどたくさんの住民がいる。

 それにうちの領も。ジャローシス領は島の端にあり、海に面している。呪いが活性化した今、多くの魔獣から襲われているのではないか。

 そんな事がちらりと頭をかすめるが、すぐに思考から追い払った。

 王都には鍛え抜かれた兵たちがいる。領にはラズライトお兄様やヴォルツが駆けつけているし、我が家の騎士や魔術師たちも命がけで戦い守ってくれている。

きっと大丈夫だ。信じるしかない。

 

 

 

 前方の空には、宙を飛びながら戦うライオスの姿が見える。腕を振ると、激しい雷がキマイラの背に生えた山羊頭に降り注いだ。

 焼け焦げた肉が弾け飛び、首の一部が大きく抉られて山羊頭が一瞬動きを止める。

 ライオスはすかさず追撃しようとしたが、鞭のようにしなって飛んできた尾蛇の顎が襲いかかってきたためにできなかった。

 すんでの所で毒牙は躱したものの、その間に山羊頭の傷は塞がり始めている。

 

 先程からずっとこんな調子だ。

 山羊頭へダメージは与えているのだが、その治癒能力が想像以上に高いのと、尻尾から生えている2匹の蛇が邪魔をしてくるのとで、致命傷には至っていない。

 

 尾蛇は私たち人間で抑え込むつもりだったが、まるで上手く行っていないようだ。

 何しろ眷属の魔獣の数が多い。空から攻撃してくる鴉は厄介だし、黒山羊は身体が大きく、体当たりだけでもかなり強力だ。

 獅子頭が吐く火炎や振り下ろされる巨大な蹄を避けながらそれら眷属を倒すので精一杯で、とても尾蛇にまで攻撃できていない。

 そのため尾蛇は完全にライオスをターゲットにしていて、山羊頭へ攻撃しようとする彼にしつこく襲いかかっている。

 

 あの尾蛇は恐ろしく長く、かなり遠くまで伸びるようだ。2匹がそれぞれ違う動きをする上に素早い。しかも倒しても山羊頭によってすぐに再生され、また生えてきてしまう。

 ライオスは尾蛇が届かない所まで距離を取った上で山羊頭を攻撃したりもしていたが、避けられたり防御魔術を使われてしまうためになかなか当てられないようだ。

 さらに山羊頭は攻撃魔術も操れるらしい。風刃の魔術が中心で、威力があり範囲も広い。ライオスも避けるのに苦労している。

 

 

 

 …何か手を打たなくてはまずい。そう思っているのは皆同じだろう。

 鴉の襲来がやや落ち着いた所で、殿下はフェナスへ近付き話しかけた。

「このままでは消耗が大きい。余力があるうちに仕掛けた方が良いのではないか」

「はい。私も同じ事を考えておりました」

 そう答えたフェナスが「ビリュイ!」と声を上げた。

 王宮魔術師である彼女も、この戦場に来ている。豊富な経験と判断力を買われ、戦闘に参加している王宮魔術師や魔術師部隊を取りまとめる立場を与えられているのだ。

 

「前線の魔術師部隊の魔力の消耗はどうだ?」

「上手く抑えながら戦っているので、まだ十分余裕があります。…魔術で総攻撃を仕掛ければ、キマイラに隙を作れるでしょう」

 ビリュイはどうやら伝令の報告を聞くだけではなく、自ら使い魔を飛ばして前線の様子を大雑把に把握しているようだ。

 何を尋ねたいのかすぐに察したらしい簡潔な返答に、フェナスは「よし」とうなずいた。

 

「キマイラの足…向かって右側の前後の足を、大規模魔術で撃ってもらいたい。本体の体勢を崩せば、尻尾の蛇も地面近くに落ちてくるだろう。そこで騎士たちが蛇を一斉攻撃し、その間に竜人には山羊頭を倒してもらう」

「はい。良い作戦かと思います」

「首尾よく山羊頭が落ちれば、その直後にキマイラが激しく暴れる可能性がある。兵にはなるべく防御姿勢を取らせるが、魔術師にもできる限りの結界を頼みたい。できるか」

「承知いたしました。総攻撃後は速やかに結界の準備に移らせます」

 あの巨亀戦でも、首が一つ落ちた後は大きく暴れて被害が出た。十分気を付ける必要がある。

 

 

「よし!前線に伝えろ!」

 フェナスが顔を上げ、声を張り上げる。

「この後、魔術師部隊がキマイラの右側の足に向かって総攻撃を行う!現在右翼側にいる4部隊は、キマイラが体勢を崩したら蛇に一斉攻撃を仕掛けろ!その間に竜人が山羊頭を落とせるよう、残りの部隊はキマイラ本体に攻撃して注意を逸らせ!!」

 

 続けて、ビリュイが魔術師部隊に指示を与える。

「魔術攻撃は灼炎の魔術で行います!合図と共に一斉射撃、右翼は後足、中央は前足!!左翼側は全体へ結界を!山羊頭を失った後、キマイラの攻撃が激化するかもしれません!何があっても耐えられるよう、攻撃後は速やかに防御魔術の準備を!!」

 

「この陣地にいる者は眷属の掃討に注力しろ!前線は総攻撃準備に入るため、眷属への対処が甘くなる!こちらに多く流れてくるぞ!!」

 兵たちがバタバタと動き出す。

 ライオスは大丈夫だろうか。今も宙を飛んで戦っている彼には作戦は伝えられない。

 …いや、空からなら周りの兵の動きはよく見える。私たちが何か準備している事にもすぐ気付くはずだ。

 作戦の詳細は分からなくても、戦い慣れた彼ならキマイラが体勢を崩した絶好のチャンスを見逃したりはしないだろう。

 

 

 

 やがて、フェナスが言った通りこちらにやって来る眷属の魔獣の数が一気に増え出した。

「スピネル!後ろからも来ています!」

 私の声にスピネルが振り向きざまに剣を振るい、背後から襲おうとしていた鴉を真っ二つに切り裂いた。

「はっ…!」

 さらに、私の水球を受けて怯んだ鴉を殿下が斬り捨てる。

 

 魔術を操りながら周囲を確認する。

 この司令本部には手練の護衛騎士やベテランの魔術師が多めに配置されている。前線の兵に比べて平均年齢は高いが、経験に裏打ちされたその能力は間違いのないものだ。

 油断することなく、的確に魔獣たちを屠ってくれている。

 

 

「…黒山羊が群れで来ます!!」

 遠くから誰かの声が聞こえた。目を凝らすと、どかどかと音を立てて地を蹴りながら黒い獣の群れがこちらに走ってくるのが見える。7…いや、8匹。

 数人の騎士たちが横に並び、腰を落として身構える。

「大きい…!後ろに4匹行くぞ!!」

 

 とても全ては止められないと判断したのだろう、騎士たちは数体の黒山羊をすり抜けさせた。

「こちらで1匹引き受ける!!…リナーリア!」

 殿下が叫んで、私の方を振り返った。「はい!」とすぐさま水球を操り、黒山羊のうち1匹をこちらへと誘導する。

 近くで見ると、その黒い毛に覆われた身体はとても大きい。頭は大人の騎士くらいの高さがあるし、胴も足も太い。体当たりをされれば骨折どころでは済むまい。

 

 

「スピネル!挟み撃ちにするぞ!」

「おう!」

 二人が左右に走り込んでゆくのと同時に、黒山羊の正面に水球を集めて変形させ大きな壁を作り、逃げ道を塞ぐ。

 黒山羊が水の壁に怯んで足を止めた瞬間を狙い、テノーレンが頭と角にそれぞれ火球をぶつけた。

 すかさずスピネルが右前足へと斬りつけ、殿下がさらに追撃して左後ろ足を斬る。

 

「ヴェエエエエ!!!」

 黒山羊が恐ろしい悲鳴を上げ、半身を仰け反らせた。魔術を使おうとしているのだ。

 水壁を解除しもう一度水球に構成し直す。素早く撃ち出し、山羊が呼び出しかけた炎が形を取るよりも早くその全てを打ち消した。

「…今です!!」

 

 瞬く間に両側から剣が閃いた。

 スピネルの剣が胴を、殿下の剣が首元を切り裂く。

「ヴェエエエエエエエ…」

 ひときわ大きな断末魔を上げ、黒山羊の魔獣は絶命した。

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