世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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番外編・5 ユークレースのバレンタイン(前)

 2月のある日、ユークレースと共にランチを取っていたカーネリアがいきなりこう言った。

「ユーク!明日はバレンタインの日なんですって!」

 

「…何?」

 怪訝な顔をするユークレースに、カーネリアは何故か得意顔になる。

「バレンタインは親しい人にお菓子やプレゼントを贈る日なのよ。知らないの?」

「そんなの聞いた事ない」

「古代神話王国の時代の風習なんですって。リナーリア様から教わったの」

「知る訳ないだろ!!そんなの!!」

 ついそう叫ぶと、カーネリアは唇を尖らせた。

「何よ、この機会に私に感謝の意を示したいとか思わないの?普段いっぱいお世話になってるじゃないの」

「自分で言うな…」

「だって、本当のことじゃない」

 

 ユークレースはため息をついた。

「…要するに、僕から何かプレゼントが欲しいのか」

「あら、そんな事言ってないわよ?」

 ほとんど言ってるのと同じだ。そう突っ込めばますます色々と言われそうなので、ぐっと堪える。

 この年上の少女には口で勝てないと、ユークレースはよく知っている。

 

「…分かった。バレンタインの日だな。覚えとく」

 辛うじてそう答えた。自分も大人になったものだと内心で思う。

 逆らわない方が良いものも、この世にはあるのだ。

 

 

 ユークレースの返答に満足したのか、カーネリアはその後バレンタインの事には触れなかった。

 しかしあれは確実に、ユークレースからのプレゼントを期待している。何もしない訳にはいかない。

 だが何を贈ればいいのか。

 お菓子とも言っていたが、ただのお菓子ではつまらない。どうせなら、何か驚くようなものがいい。

 何しろカーネリアはユークレースの事を舐めている。舐め腐っている。そこらの子供と同じに扱っている。

 ここで一つ、天才魔術師である自分の凄さを思い知らせてやりたい。

 

 少し考えた後、ユークレースは放課後にリナーリアに会いに行く事にした。

 そもそもバレンタインとやらを自分はよく知らないのだ。カーネリアに吹き込んだ張本人に、詳細について尋ねるべきだろう。

 そう考えて女子寮を訪ねて話を聞くと、リナーリアは嬉しそうにバレンタインについて説明してくれた。

 

 

 

「…という訳でですね、元はヴァレンタインという名の偉大な魔術師にちなんだ行事だったらしいのです。古代王国では更に…」

「いや、いい。もういい。よく分かったから」

 ユークレースはげんなりした顔で遮った。

 最初は大人しく聞いていたが、あまりに長い。

 そう言えば彼女の師は古代王国の研究者として有名だったと思い出す。きっとその影響を受けているのだろう。だからそんな誰も知らない古代の行事にも詳しいのだ。

 

「それで、そのチョコレートってやつを贈ればいいんだな?一体どこで手に入るんだ」

「材料のカカオは貴重で、王都にはほとんど出回っていません。私が育てているものがありますけど、チョコレートに加工するには非常に手間がかかります。今からでは明日にはとても間に合いませんよ」

「何…?」

 何てことだ。せっかく我慢して長い話を聞いたというのに。

 

「じゃあ何を贈ればいいんだ」

「お菓子で良いんじゃないですか?カーネリア様、甘いものもお好きですし」

「それじゃ普通すぎる。何かないのか、あっと驚くようなやつが」

「ううーん…私そういうの疎いんですよね…」

 リナーリアは眉を寄せて考え込んだ。彼女の前に置かれたカップに、使用人のコーネルがお茶のお代わりを注いでいく。

 

 

 すると、お茶を淹れ終えたコーネルが言った。

「…お嬢様。あれはいかがですか。先日、スフェン様から分けていただいたお菓子」

「先輩から?…あっ!なるほど!」

「何だ。何かいいものがあるのか」

「アイシングクッキーというものです。クッキーに砂糖で作ったアイシングで模様を描いて飾りつけます。昔からあるものなんですが、王都のとある有名な菓子店が近頃とても鮮やかな色を使ったものを売り出しまして。華やかで可愛らしいと、ご令嬢の間で話題なんだそうですよ」

 

「ふん…それは悪くなさそうだな」

 ユークレースは王都の流行りなどには疎い。そもそも別に興味はないのだが、カーネリアは事あるごとにあれやこれやと教えてくれる。親切心のつもりらしいが若干鬱陶しい。

 流行りの菓子を贈り、自分にもこの程度の情報くらい集められると示すのも良いかもしれない。

 

 

「で、その菓子店はどこにあるんだ?」

「あっ…。それが、人気がありすぎて予約は1ヶ月待ちだとか…」

「全く間に合わないじゃないか!!」

「そ、そうですね…」

 

 困り顔になったリナーリアに、再びコーネルが言う。

「あのお菓子の作り方ならウッディンさんが分かりますよ」

「えっ!?」

「ウッディン?誰だ?」

 リナーリアは驚きの声を上げ、ユークレースは首を傾げた。知らない名前だ。

「学院の食堂の料理長です。私はいつもお嬢様の夕食を取りに行くので、顔見知りなのです」

 コーネルの説明を聞き、ユークレースは顔を思い出した。食堂で時々見かける、一番高い帽子をかぶったあの男だろう。

 

 

「ウッディンさんは、あの菓子店のパティシエとは親しいそうなのです。以前修行先で知り合ったんだとか。先日あのクッキーのレシピを教わったそうで、ここ最近ずっと練習なさっていますよ。本人はまだ納得が行っていないご様子でしたが、私の目には充分な出来栄えのように見えました」

「あの鮮やかな色も再現できるんですか?」

「はい。着色料を分けてもらったそうです」

「そうなんですか!良かったですね、ユーク!これでクッキーが作れますよ。私もお手伝いしますから頑張りましょう!」

 

「何…?ぼ、僕が作るのか?」

「当然です!バレンタインは手作りのお菓子を贈る人も多かったと文献にはありました。その方が気持ちを伝えられるからと。きっとカーネリア様もお喜びになりますよ」

「き、気持ちって」

 思わず焦るユークレースに、リナーリアはニッコリと笑った。

「私もせっかくなので殿下に贈る事にします。あとスピネルと、お父様やお兄様にも。クッキーなら日持ちするでしょうし」

 

「……」

 どうやら深い意味はない発言だったらしい。

 焦って損した、いやそもそも何故焦る必要があるのか。

「…なら僕も、ついでに姉上にも贈る事にする」

 流行りのお菓子となれば、姉のヴァレリーが存在を知らないはずがない。色々と詮索される前にこちらから渡しておいた方が面倒が少ないだろう。

 ニコニコと誰にでも愛想が良いが、頭の回転が早くすぐにこちらの内心を見透かしてくるあの姉が、ユークレースは正直苦手である。

「それは良いですね!ヴァレリー様も、甘いものや可愛いものが大好きでいらっしゃいますし」

 …そしてこの銀髪の少女こそ、その姉すら一目置く存在なのだ。

 

 

 

 食堂に向かって歩きながら、ユークレースはリナーリアに尋ねた。

「ところでお前、お菓子なんて作った事あるのか?」

 魔法薬作りなどを通じて料理に目覚め、趣味としている魔術師というのはたまにいる。様々な食材を組み合わせ調和させ、複雑な味を生み出していく、その辺りが魔術とよく似ているのだと言う者もいる。

 リナーリアもその口なのかと思ったが、彼女はあっさりと答えた。

「いえ、ほとんどありません」

「ないのか!?」

 ずいぶんと自信満々だったので、てっきり心得があるのかと思ったのに。

「大丈夫です。できないなら、できるまでやればいいだけです」

 

「……」

 絶句したユークレースを、コーネルが振り返る。

「お嬢様は何事にも、正面から挑まれる方なのです」

「それって要するにただの力押しじゃないか…」

「何を言うんですか。正面から力で破るのが正攻法というものです」

 リナーリアは憤慨しているが、とても支援魔術師とは思えない台詞だ。

 内心で呆れていると、食堂に着いたらしい。何やら香ばしい、甘い匂いが漂っている。

 

 料理長のウッディンは突然厨房を訪れたユークレースたちに驚いていたが、話を聞くと笑ってうなずいた。

「承知いたしました。私自身まだ作り慣れておらず恐縮ですが、作り方をご指導いたしましょう」

 それから、調理台の上に並べられたたくさんのクッキーを振り返る。

「丁度、練習のためにクッキーを焼き上げた所だったのです。よろしければこちらをお使いください。今から生地をこねて焼いていたのでは、夜になってしまいますから」

「助かります!」

 

 

「こちらは、私が作ったアイシングクッキーです」

「へえ…、これか。とても見事だな。いかにも女が好みそうだ」

 並べられた20枚ほどのクッキーを見下ろし、ユークレースは感心した。

 幾何学模様が描かれているものもあれば、美しい花、あるいは可愛らしいウサギや鳥が描かれているものもある。

 色とりどりに飾り付けられたクッキーは、お菓子というよりもはや芸術品だ。

「凄い、あの菓子店のものにも劣りませんよ」

「いえ、まだまだ拙いものです」

 ウッディンは苦笑すると、紙と鉛筆、それからいくつかの本を取り出した。

 

「まずは図案を決めましょう。どんな絵をクッキーに描くか、絵に描いてみるのです。こちらの私のクッキーや、この本を参考にして決めてください」

 本はレース編みの図案集と子供向けの動物図鑑、そして草花の図鑑だった。ウッディンはこれらを見ながらクッキーの柄を考えたらしい。

「贈り物でしたら、お相手のお好きなものを描くのも良いかと思います」

「なるほど!」

 リナーリアは何故かやる気満々だ。動物図鑑を手に取り、ぱらぱらとページを捲っていく。

 ユークレースはとりあえず、草花の図鑑を手に取った。

 

 

 少しの間図鑑を眺めた所で、リナーリアは紙にがりがりと絵を描き出した。やけに真剣な表情だ。

 ユークレースはさらに図鑑を捲っていたが、ふとリナーリアの絵が目に入った。

「…おい。何だそれは」

 リナーリアの肩がびくりと揺れる。

「えっと…そのお…」

「…まさか、カエルとか言わないよな?」

 彼女が開いている図鑑のページはアマガエルのものだ。

 しかし紙に描かれているのは、どう見ても凶悪な…とても凶悪そうな、何かの魔獣である。

 

「……」

 ひどく気まずそうに目を逸らすリナーリアに、ユークレースは更に突っ込む。

「それ以前にその絵は大きすぎじゃないのか?それをクッキーに描く気なのか?」

「はっ…!そ、そういえば…!」

 ショックを受けた様子の彼女に、ウッディンが苦笑する。

「今回初めて作るのですから、できるだけ簡単な図案になさった方がよろしいかと…」

 

「し、しかし、カエルは絶対に外せないのです」

「だったらこういうのにすれば良いだろ」

 ユークレースは鉛筆を手に取り、紙の端に小さなカエルの顔を描いた。子供向けの絵本に出てくるような、デフォルメされた可愛らしいカエルの顔だ。

 

「凄い!上手ですね!」

「こんなの誰でも描けるだろ」

 感心するリナーリアに、ユークレースは思わず呆れる。誰でも10秒で描けるような簡単な絵だ。

「そ、そうですね…。ユークは何を描くか決めました?」

「まあ、大体。今から描く」

 手元の本をちらりと見て、ユークレースは紙に手を伸ばした。




思ったより遥かに長くなったので二分割します。
後編は多分明日投稿します…。
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