世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

237 / 292
第186話 キマイラ・4

 私たちで更にもう一体の黒山羊を倒した所で、前線の準備が整ったようだ。

 魔術師部隊が精神を集中させ、大きな魔力を練り上げているのがここからでも分かる。

「準備完了です!いつでもいけます!!」

「よし…!」

 ビリュイの報告を受け、フェナスがバッと前方へ腕を振る。

「作戦開始!!」

 

 

『紅蓮の炎、灼熱の猛火よ!!』

 魔術師たちの詠唱が重なり、上空に巨大な炎が渦巻き始める。

 山羊頭がそれに気付き、瘴気を集め防護壁を張ろうとするが、ライオスがいくつもの光弾を手元から放った。山羊頭だけでなく獅子頭や尾蛇をも次々に打ち据え、キマイラ全体の動きを妨害する。

 

『螺旋を描き、敵を撃ち抜け…!!』

 絡み合うように螺旋を描いた炎が2つ、それぞれキマイラの前足と後ろ足に向かって放たれた。

 炎の螺旋が瘴気を貫き、轟音を立ててキマイラに直撃する。

 

 

 凄まじい衝撃が地を揺るがし、爆炎が巻き起こった。

「グウォオオオオ…!!!!」

 キマイラの苦悶の叫びが聞こえる。

 

 炎が収まった後に見えたのは、斜めに傾きうずくまったキマイラの姿だ。

 右前足は大きく傷つき、右後足は膝下が完全に吹き飛んでいる。どちらも炎が燻り黒い煙が上がっているが、それでも無理やり立ち上がろうともがいているようだ。

 

突撃(チャージ)!!」

 陣を組んだ兵たちが2匹の尾蛇へと襲いかかる。前列と後列を入れ替えながらの、息をも付かせぬ波状攻撃だ。

 翼を羽ばたかせたライオスが両手を空に掲げると、そこに光が生まれた。力が集まり、みるみるうちに大きくなっていく。

 獅子頭が吼え、尾蛇が暴れる。突撃を行っていた兵が幾人も尾蛇に弾き飛ばされるのが見える。

 山羊頭の目が光り、上空のライオスへ巨大な風の刃を放った。

 だが、ライオスはそれをすり抜けるようにして避けた。十分に力を溜めた光の塊が、両手から撃ち出される。

 

 山羊頭の額を一直線に閃光が貫き、大きく弾け飛んだ。

 

 

 

「やった…!!」

 誰かの快哉が聞こえた。

 山羊頭は首の途中から完全に消滅している。

 そして、獅子頭と尾蛇はピタリとその動きを止めていた。…やけに静かだ。

 

「…待て、様子がおかしい!皆注意しろ!!」

 キマイラの巨体がぶるぶると震え出した。低い地鳴りと共に、全身から瘴気がじわじわと滲み出てくる。

 ライオスはと空を見ると、大きく距離を取って身構えているようだ。手を出すのは危険だという事か。

 指揮官がしっかり統制を取っているのだろう、兵たちも後ろに下がりながら防御姿勢を取っている。

 

 

 瞬きもせずに見守っていると、突然ごうっと音を立ててキマイラの全身から炎が噴き出した。

「!!?」

「何だあれは…」

「も、燃えてる…?」

 

 誰もが呆然とその姿を見つめる。

 キマイラの全身が真っ赤な炎を纏い、燃えている。

 しかし苦しんでいる様子はない。あれは恐らく、自ら炎を発しているのだ。

 

「…動くぞ!!」

 キマイラが前足を動かす。灼炎の魔術によって大きく傷付いたはずのそこからは、ひときわ激しく炎が噴出している。炎で傷を塞いでいるのか?

 獅子頭が顔を上げた。その額が縦に割れ、黄金に輝く瞳が新たに現れる。

 戦場を睥睨する3つの目。

 …そこから読み取れるものは、純然たる殺意だ。

 

 

「ゥオオオオオオオ!!!!!!」

 

 

 燃えるキマイラが天に向かって大きく咆哮を上げると、ボボボボボ、とキマイラの周りに無数の鬼火が現れた。

 ゆらりと揺らめいた炎が、キマイラの挙動を見守っていた兵たちに向かう。

「……!この炎、動きがおかしいぞ!」

 剣で切り飛ばそうとした兵や、避けようとした兵が戸惑っている。鬼火の速度や軌道が妙に不規則なのだ。

 あれでは対処が難しい。魔術師たちは慌てて耐炎魔術を重ねがけしているようだ。

 

 

「…お前の水球に少し似てるな。あの炎の動き」

 目を凝らしたスピネルが言う。

「キマイラがあれを操っているのか?」

「あの数ですから全てではないでしょうが、ある程度は操っているみたいですね。ライオスが集中攻撃を受けています」

 上空では、飛び回るライオスをいくつもの鬼火が追いかけている。撃ち落としてもすぐにまた別の鬼火が追ってくるので面倒だ。

 

「今は眷属の召喚が止まっているようだ。今のうちに作戦を考えよう」

「はい」

 殿下の言う通り、今は瘴気から湧き出る鴉や黒山羊の姿が見えない。前線が踏ん張っている間にこちらで作戦を練らなければ。

 殿下とスピネルの後に続き、フェナスとビリュイの元に向かう。

 

 

「あの鬼火、動きが不規則で対処しにくい。しかも消しても追加で召喚されてしまって数が減らないようだ」

 前線の様子を確認したらしいフェナスがまず口を開いた。

「おまけに、見た目より遥かに高温で当たるとダメージが大きそうです。キマイラ本体も燃えていますし、あの近くにいては耐炎魔術は短時間しか保たないでしょう」

「魔術師部隊の消耗がさらに大きくなるな…」

 ビリュイは深刻な顔でうなずいた。

「全員魔石を持たせてはいますが、蓄えられた魔力にも限りがあります」

 

「キマイラ側の消耗はどうなんだ?あんな風に全身を燃やしていたら、いくら超大型魔獣でも長くは保たないんじゃないのか」

「確かにいつまでも続くものとは思えませんが、あれだけの巨体です。いつ力尽きるか…」

「下手をすればこちらが先に力尽きる。持久戦は得策ではないと思うが」

「尾蛇は未だに大きく暴れています。あちらを先に落とし、ダメージを蓄積させるのも一つの手かと」

「ふむ…」

 

 私もまた意見を言う。

「私はやはり一気に獅子頭を落としに行くべきかと…。山羊頭が消滅した事でキマイラの治癒力は大きく落ちているはず。畳み掛けて大きなダメージを狙うんです」

 とは言え、通常の魔術や剣ではなかなか難しいだろう。今も遠目に戦いを見守っているが、炎に遮られるせいで攻撃が届きにくいようだ。

 かなりの威力を持つ上級魔術や、数人で力を合わせて連続で斬りつける事で、ようやくダメージを与えられているように見える。

 

 

 

 様々な意見が出た。どれも一理ある気がするし、決め手に欠ける。

「…竜人殿の意見を聞けないだろうか。我々よりも魔獣に詳しいようだし、どんな作戦を取るにせよ竜人殿の協力は必須だろう」

 フェナスがそう言って私の方を見た。ビリュイは一瞬前線を睨んでから、私の方を振り返る。

「超大型も今は変態を終えたばかりで動きが鈍いようです。竜人殿をこちらへ呼べますか?」

「分かりました。やってみます」

 

 空を駆けるライオスを見つめ、呼びかける。

「ライオス!少しの間、こちらに来られますか」

 するとライオスは、手の中に渦巻く冷気を生み出した。周辺に大きく雲のように広げると、その中に取り込まれた鬼火が小さく縮んでいく。

 それからすぐに身を翻し、こちらへとすごい速さで飛んで来る。鬼火は冷気の雲に阻まれ、追ってこられないようだ。

 

『…どうした?あの雲は長くは保たん。それに奴は、すぐまた眷属を召喚しだすぞ』

 私は急いでうなずき、口を開く。

「キマイラを倒すための策を決めたいのです。貴方の意見を聞かせてください」

 今までに出た作戦案を手短にまとめ、ライオスに話し始めた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。