世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第189話 キマイラ・7

 隣を走り出したスピネルが、右手にある天幕の方を指す。

「馬に乗って行くぞ!殿下はそいつと一緒に乗れ!!」

「分かった!!」

 士官用の天幕の周りには防御結界が張られ、連絡や移動用の馬がたくさん繋がれている。あれで魔術師部隊のところまで走っていくつもりらしい。

 

「待ってください!我々も行きます!!」

 そう言って追いかけてきたのはテノーレンだ。魔術師と騎士をそれぞれ数人ずつ連れている。

「持ち場を離れて大丈夫なのか?」

「はい。ここが正念場だ、行って来いと」

 後ろを振り返ると、フェナスとビリュイが部下に指示を飛ばしている姿が見えた。彼らに心の中で感謝する。

 

 

 殿下の手を借り、大きな芦毛の馬の背に跨った。

 何も言わずとも私が乗りやすいように少し屈んでくれたので、ずいぶんと賢い馬だ。危険な戦場に連れてくるだけあって、よく訓練が行き届いている。

 手綱を握った殿下の胴に後ろから手を回す。

 私も一応馬術の心得はあるが、そんなに上手くはない。殿下の後ろに乗せてもらえるなら安心だ。

 

「そういえば、君は馬上でも魔術を使えるのか?」

「はい。大抵のものは使えます」

 自分で手綱を握りながらだとかなり難易度が上がるが、乗っているだけなら十分に魔術の行使は可能だ。かなり揺れるだろうが、多少の事では集中を乱さないよう普段から修業している。

「ただ、走っている間は視界が狭まりますし、前もよく見えません。攻撃は少し難しいかと」

 

 それを聞き、黒馬に跨ったスピネルがこちらを振り返る。

「よほどの事がない限り馬上で魔術は使わなくていい。馬に任せてればある程度は勝手に危険を避けてくれるだろうしな。殿下にしっかりしがみついとけ。それと二人共、向こうに着いても馬の近くからは絶対離れるなよ。…いざって時は、分かってるよな?」

「ああ」

 殿下が真剣な顔でうなずく。

 

 スピネルのその言葉に、彼が馬で行こうと提案したのは、ただ早く移動するためではないのだとようやく気付く。

 いざという時、すぐに戦場から離脱できるようにするためだ。

 万が一作戦が失敗しても、馬があればより早く遠くへ逃げられる。

 スピネルは必要ならば自分が盾となり、殿下や私が逃げる時間を稼ぐ事だってするだろう。彼はそういう人間だ。

 

 

 …改めて、命の重みが肩にのしかかる。

 私は殿下とスピネルも巻き込み、危険に晒そうとしている。

 もしかしたら私は、途轍もなく愚かな事をしようとしているのではないのか。ふいにそんな考えが頭をよぎる。

 

 今更ながら不安が襲ってくる。全身が冷たくなり、動悸が早くなる。

 手のひらに汗が滲むのが分かり、ぎゅっと拳を握った。

 だめだ。恐れている場合じゃない。落ち着けと自分に言い聞かせる。

 

「…大丈夫だ、リナーリア」

 すぐ近くで囁かれ、私は顔を上げた。

「君を信じている」

「殿下…」

 ローブ越しに感じる温もり。優しく力強い声。

 あっという間に、胸を押し潰す重苦しい不安が吹き飛んでいく。

 

「行くぞ」

「…はい!」

 そうだ。きっと大丈夫。

 自分の力を信じ、必ずこの国を守るのだ。

 

 

 

「俺が先頭を行く!騎士は俺の左右に付け!殿下は真ん中、魔術師たちが後ろだ!!」

「はっ!!」

 スピネルの黒馬が駆け出し、全員がそれぞれ後に続く。

 

 走り出してすぐ、馬上から空を見つめてライオスに呼びかけた。

「もう一度、さっきと同じ作戦を行います!合図をしたら雷を落としてください…!」

 こちらの声は届いているらしいが、向こうの声は私には聞こえない。しかしライオスは一瞬、確かに私の方を振り返った。

 そのままキマイラとの戦闘に戻ったので、承知したという事なのだろう。

 

 前方でまた噴石の音が轟いた。先頭のスピネルが叫ぶ。

「頭を下げて姿勢を低くしろ!このまま駆け抜ける!!」

 か、駆け抜ける?岩がどんどん落ちてくる中を?

 前傾姿勢を取った殿下が、前を見据えたまま私に言う。

「大丈夫だ、走っていればそうそう当たらない!」

「ひえぇっ…」

 その通りなんだろうけど怖い。ドカンドカンと噴石が落ちる音に、思わず情けない悲鳴が漏れてしまう。

 馬体が大きく揺れ、殿下の身体に必死でしがみついた。

 

 

「大鴉がこちらに来ます!!」

 騎士が叫び、スピネルが馬上で剣を抜くのが見えた。

「はっ…!!」

 気合と共に白刃が閃く。

 馬が駆け抜けていく横で、左右真っ二つになった大鴉が墜落していった。ま、マジか。

「お見事…!」

 騎士が感嘆の声を上げる。

 

 どうやって斬ったのか全く分からなかった。大鴉は少し上を飛んでいたのに、どうやって刃を届かせたんだ?

 感心を通り越して思考が止まりかけたが、魔術師部隊が布陣する場所へと近付いている事に気付き、慌てて気を引き締め直す。

 彼らは隊列を組み、一箇所に密集しようとしているようだ。遠話の魔導具によって既に指示が来ているのだろう。その周りを囲むようにして、部隊の護衛を担う兵たちが眷属と戦っている。

 眷属のうち大鴉はライオスを集中的に狙い始めたらしく、魔術師部隊を襲ってきているのは黒山羊がほとんどのようだ。

 私もあそこで戦うのだ。改めて体内の魔力を練り始める。

 

 

 

 

 魔術師部隊の所に到着して馬を降りると、すぐに一人の男がこちらへと近付いて来た。

「王子殿下!リナーリア殿!」

 ブロマージ。かなり実力のある王宮魔術師だ。特別親しい訳では無いが、顔見知りである。

 どうやら彼がここの魔術師部隊の隊長を任されているらしい。

 

「ここの防衛をして下さるとのことですが」

「はい」

 私はうなずき、水の弾丸を一つ作り上げると、近くまで飛んできていた大鴉を撃って見せた。胴を撃ち抜かれ、悲鳴を上げて落下する。

「…速い。しかも威力もある」

 

「この弾丸で噴石を撃ち落とせる事も実証済みです。これを16、さらに通常の水球を32まで同時に操作できます。水球は主に眷属への牽制と防御に当てますが、弾丸の補充にも使えます。全弾を撃ちきっても、水球が残っていればすぐに次の弾を撃てます」

「水と土の複合魔術に、水球…3重魔術ですが、問題なさそうですね。弾丸の方も水球がベースだから術を安定させやすく、魔力消費にも無駄がない。よく考えられた組み合わせだ」

 ブロマージがわずかに感心したように言う。

 今はセナルモント先生の元で正式に弟子として修業をしているので、私が3重魔術を使える事を王宮魔術師たちは皆知っている。水球を得意としている事もだ。

 

「魔力の残量も充分あるんですね?」

「はい」

 私は魔力量が多いし、今まで力を抑えながら戦っていたので大きな消耗はしていない。元々水球は消費魔力の少ない魔術なのだ。

 氷槍を準備している間ずっと3重魔術を行使すればかなり消耗するだろうが、そのくらいは十分保つ。

 その後の戦闘に関しては、状況に応じて行動する事になるだろう。

 ブロマージがうなずく。

「これならばお任せできます。ここの守りには貴女とあともう二人魔術師を配置し、残りは兵への支援に回します」

 

 さらに、後ろからスピネルとテノーレンや騎士たちが進み出た。

「俺たちは殿下とリナーリアを守りつつ、眷属と戦う」

「分かりました、よろしくお願いします。準備ができましたら合図をください。氷槍の準備を始めます」

 ブロマージは部隊の前の方へ戻っていった。

 こうしている間にも噴石が飛来し、眷属も襲ってきている。急がなければ。

 

 

 

 ゆっくりと呼吸をし、目を閉じて精神を集中させる。

『…大気に潜みし水よ、集いて球を成せ』

 まずは大気中の水分を集め、魔力で増幅。16個の水球を召喚する。

 

『土よ、石よ。より硬きもの、より(つよ)きもの、ここに集え』

 次に土中からなるべく硬い砂粒を選り分けて取り出し、魔力で強化した上で地表に撒いておく。

 

『水球よ。内包し、圧縮し、回転し、力を溜めよ』

 水球の中に選り分けた砂を混ぜ込み、強い圧力をかけて小さく縮め、弾丸を作り出す。

 

 

 水だけで作った水球は、柔軟で操作性に優れるが攻撃力はほとんどない。

 高圧をかけて小さくすればある程度の威力を持たせる事はできるが、硬い装甲を持つ魔獣や金属の鎧が相手になると歯が立たない。

 それを何とか解消できないかと考え、開発したのがこの魔術だ。圧縮した水球の中に細かな砂を混ぜ、高速で回転させて撃ち出す。

 水の圧力に砂の硬さが加わる事で、想像以上の破壊力を生み出すことができた。

 

 これの良い所は、召喚済みの水球があれば素早く大量に弾を補充できる所だ。

 同時に撃てるのは16発までだが、水球があれば防御や牽制をしながらでも即座に全弾を補充して次を撃てる。もちろん弾の数だけ水球は減ってしまうが、隙を見て追加で召喚すればいい。

 さっき土魔術で強化した砂を地表に撒いておいたのも、後で補充の弾に使うためだ。普通の土や砂でも弾丸の素材にできるが、より硬い砂を使えば更に破壊力を上げられる。

 

 さらに32個の水球を召喚し、周辺に散らしていく。

 宙に浮かんだ全ての水球と水の弾丸が安定したのを確認し、目を開いた。

「準備完了です!いつでもいけます!!」

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